第五章その2 適性とポジションチェンジ
「コーチから抽選の結果が送られてきたぞ!」
9月のある日の練習中、キャプテンの6年生がスマホを取り出し、手書きの表を写した画像を見せつけた。横浜市内で開かれている県大会の組み合わせ抽選会の結果だ。
神奈川県内には20以上のラグビースクールがある。県大会ではそれらが5~6チームのグループに分かれて、総当たりのリーグ戦を9月から11月の週末ごとに2か月弱かけて行う。
このグループで1位に輝いたチームが、12月の関東大会出場権を得られるのだ。
俺たち金沢スクールはグループB。気になる対戦相手は……。
「うわ、よりによって武蔵小杉と同じグループかよ」
鬼頭君が頭を抱える。
「武蔵小杉って、たしか去年関東大会で6位だったね」
続いて俺も吐き捨てた。
神奈川県内でもかなりの強豪だ。過去には全国大会に出場したこともあり、実績は俺たちより上だ。
本当に勝てるのか? メンバーの間に、にわかに重苦しい空気が漂い始める。
だがそんな陰鬱さを破ったのは西川君だった。
「武蔵小杉が何だ、昔強くても今の実力とは別物だろ。菅平で地獄の特訓をしてきた俺たちならどうとでもなる!」
5年生の力強い声に、他の子たちも「そうだな」と頷いて表情を和らげる。
やはり彼は生まれながらのスポーツマンだ。天性のセンスと、それを周りに感化させるだけの影響力を備えている。
実際にリーグ戦が始まってから、俺たちは怒涛の勢いで連勝を重ねた。
やはり夏の猛特訓が効いているのだろう、あの天王寺と比べたらはるかに戦いやすい相手だった。俺たちの実力は確実に高まっていた。
そして県内各地を転戦しながら迎えた10月の後半、いよいよ県大会最終戦の日がやってきた。
最終戦の相手は武蔵小杉スクール。こちらも相手も全勝同士で、奇しくも最終戦イコール優勝決定戦になってしまった。
試合会場が近くの運動公園とあってか、金沢スクールの保護者や友達も駆けつけてまるでホームのような雰囲気に包まれる。
「おい、あれお前のクラスの子じゃね?」
試合前のパス練習をしていると、鬼頭君がコート外の観客を指差した。つられて俺はそちらに顔を向けた。
「小森くーん!」
なんと、保護者の皆さんに混じって南さんが来ていたのだ。
「おい、手振ってるぞ」
「うん、今日で関東大会出場が決まるって話したら、来てくれたんだ」
「かーっ、モテる男はつらいねえ」
鬼頭君が小突いてからかうので、俺はぼっと顔を赤らめる。しかし少し離れた場所で異常なまでの熱気を放ち始めた人物が約一名。
「よし、気合い入れていくぞ!」
突如バシバシと手を鳴らし始めたのは西川君だった。いつも以上に暑苦しいオーラが放たれている。
体育の授業の度に女子からの歓声を浴びている彼だが、まだ内心は南さん一筋のようだ。
試合前のミーティングで集まった俺たちは、コーチから本日の作戦を告げられる。
「武蔵小杉のバックスはとにかく全員が素早い。気を抜くとすぐトライを奪われるから気を付けろ!」
「それなら奪われた分だけトライを取り返せばいい。単純な話だろ」
西川君が「うしっ」と力を入れる。燃えてるなぁ。
「西川、今日のお前はフルバックだ。ゴールラインを守れ」
しかしそんな彼の意気込みを無視したコーチからの一言に、さすがの西川君も「え!?」と絶句した。他のメンバーも同様だ。
西川君はこれまでも練習試合で何度かフルバックを任されたこともあったが、県大会では俊足を活かしてウイングに置かれていた。
フルバックというのはバックスの最後方、サッカーで言うところのゴールキーパーのようなポジションだ。
こちらの守備を敵が突破した際、最後の砦として立ちはだかるのがフルバックの役目だ。他にも相手が大きくボールを蹴ってきた時にはそれをキャッチし、こちらから蹴り返す場面も多い。
そういうここ一番というところで活躍するため、どんな状況でも臨機応変に対応できる総合力の高いタイプが求められる。
しかし攻撃に参加することもあるとはいえ、どちらかと言うと守備的なポジションだ。トライを稼ぎたい西川君にとっては不服と言える決定だった。
「コーチ、俺のウイングはダメなんですか!?」
西川君は吠えるように訊いた。ウイングとしての彼の実力は、チーム内で最多トライを獲得してきた記録が物語っている。それをチェンジさせられるなど、彼のプライドが許さなかったのだ。
「いいや、西川の得点力はチームでも一番だ。だがお前のキックコントロールとここぞという爆発力を見ると、フルバックこそ最も実力を発揮できるポジションだ」
しかし怒りを隠さない西川君に対して、コーチはあくまで淡々と答えた。どれだけ言い返しても言いくるめられそうな冷静さに、誰も口をはさむことができなかった。
「フルバック、やってくれるか?」
そして改めて尋ねるコーチ。西川君は無言で頷いた。
そして試合が開催される。
さすがは県下の強豪、武蔵小杉スクールは開始早々華麗なパス回しで俺たちを翻弄する。そして俊足自慢のバックス陣がボールを持つと、金沢スクールの守りの間をかいくぐりゴールラインまで迫ってきたのだった。
まずい、先制トライを取られてしまう!
慌てて振り返ったその時だった。
「でやあああああ!」
弾丸のような西川君のタックルに、相手バックスは地面に倒れた。
「やったぞ西川!」
そして駆けつけた6年生が敵からボールを奪い、金沢の攻撃に転じる。
西川君のタックルはいつも以上に鋭さが増していた。まるでウイングに選ばれなかった鬱憤を、プレーで爆発させているかのようだった。
自陣奥深くにキックを蹴り込まれても、ダッシュで追いついた西川君がキャッチし、そしてすぐさまキックでボールを送り返す。それがことごとく相手フルバックの足では届きにくい位置に落ちるので、敵チームがボールの回収に手間取っている隙に俺たちフォワードは前進してプレッシャーをかけ続けた。
「すごいぞ、あのフルバック!」
「タックルにキックも、大阪の強豪ってレベルだな」
観客席からもどよめきが起こる。保護者はもちろん、相手チームや大会関係者も小学生とは思えないテクニックに目を奪われていた。
「西川君、ナイスキック!」
南さんの声援が届いたのか、大きくボールを蹴り返した西川君はヘッドキャップをぐっと押さえて顔を隠す。
西川君の活躍は、前線で戦う俺たちにも良い影響を及ぼした。突破されても絶対に西川君が防いでくれるからと、安心して前へ前へ攻め込むことができた。
そして後半の途中、ボールを受け取った俺は相手守備が薄くなっているのを良いことにどすどすと前に進んだ。途中でタックルを喰らったもののふんばって耐え、最後は強引に敵陣ゴールラインを越えて地面にボールを叩きつけた。
「金沢スクール、トライ!」
「よっしゃあ!」
強敵相手に値千金のトライ。すぐ後ろから追ってきていた鬼頭君とも肩を叩き合って喜びを分かつ。
「小森君、すごい!」
南さんの声援が耳に届き、俺は思わず苦々しく顔を歪める。その変化に目ざとく気付いた鬼頭君は、「俺はなーんも聞いてないよ」ととぼけたのだった。
ふと自陣の方に顔を向けると、ゴールライン前の西川君がこちらに拳を突き出しているのが目に映った。
彼なりに俺のトライを祝ってくれているのだろう。そんな彼の姿に、俺も拳を突き返して応えた。
結局この日はトライをひとつも奪われること無く、試合を終えたのだった。
勝利の瞬間、久々の関東大会出場にメンバーたちは互いに抱き合って喜ぶ。6年生の中には涙ぐんでいる子もいた。
あと少しで関東大会出場を逃した相手チームは落胆していたものの、試合後の挨拶では互いに握手を交わして健闘を称え合った。これぞラグビー、試合が終わればノーサイドだ。
そして試合後のミーティングが開かれる。その途中、コーチは西川君を指名して質問を飛ばした。
「どうだ西川、フルバックやってみて」
「悪くは無いですね。俺が守りに徹すれば、点を入れられることも無くなって勝率も上がる……」
西川君は気取った様子で答えるものの、その顔からか達成感と興奮がにじみ出ていた。
「とはいえ取れる時にトライを狙うのはいいでしょう? 結局は相手より多く点を取れば済む話なんで」
「もちろんだとも。ポジションの役割に固執する必要は無い、勝てるラグビーができるなら思い切って突っ込めばいい」
コーチがうむと頷く。そして西川君も改めて頷き返した。
最後にキャプテンが皆の前に出ると、雄叫びとともに宣言した。
「よしみんな、次は関東大会だ。相手はもっと強いチームだらけだが、それでも俺たちは負けねえぞ!」
声をそろえて「おおっ!」と意気込む金沢の子供たち。このチームはかつてないほど勢いづいていた。




