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第四十六章その5 延長戦の、さらにその先

「これは世界のラグビー史に刻まれるべき歴史的快挙です。日本代表、初のワールドカップベスト4入りを決めました!」


 テレビの中で唾をまき散らすのも気にせず、興奮した様子のアナウンサーがまくしたてる。画面が切り替わって映し出されたのは、桜のジャージを着た西川君やクリストファー、そして俺がボールを持ってコートを駆ける姿だった。


「アジアの国として史上初のベスト4です。いつかこうなる日が来るであろうことは我々も期待と不安を抱いて予感はしていましたが、これは世界のラグビー界に強烈なインパクトを与えたことでしょう」


「すっごい大々的に報じられてる……」


 ホテルに帰るなりテレビを点けた俺はアメニティとして用意されていたカモミールティーを沸かし、カップ片手にベッドに腰を下ろす。スプリングの利いたマットがずしんと沈み込むも、俺のケツが重すぎるせいか反動で跳ね返ってくることはない。


 今日、俺たち日本代表は18‐10でウェールズを倒し、日本史上初のワールドカップベスト4に勝ち進んだのだった。


 手強い相手ではあったが、2週間の休みは大きかった。力強いウェールズフォワード相手にセットプレーで一歩も譲らず、パスをつないで2本のトライと2本のペナルティゴールで勝負を決めることができた。


 試合後、俺たちは2019年のベスト8をようやく塗り替えられたことに感涙し、抱き合って泣いて喜んだ。会場を去った後もアフターマッチファンクションや夕食で何度も同じ試合の話題を繰り返し、喜びまくって喜びまくって、もう笑うのも疲れたほどだ。


 目についたニュース番組は、どこも一発目に日本のベスト4進出を報じていた。さすがスポーツに関心の高いオーストラリア、他国の成したことであってもまるで自分の身に起こったかのように話題に取り上げている。


 これまでのプール戦も振り返りながら、なぜ日本は躍進したのかと話し合うコメンテーターたち。そんな彼らのやり取りを眺めながら、俺はスマホを手に取って電話をかけ始めた。相手はもちろん、この試合を日本から応援してくれていたあの人だ。


「日本でも同じだよ。どこのチャンネル回してもラグビー一色だし、見ようと思っていたバラエティ番組も放送休止して日本代表特番になったくらいだよ」


 スマホから聞こえる亜希奈さんの声。日本もお祭り騒ぎのようで、全国各地のパブリックビューイングはどこも人で溢れかえったそうだ。そして毎度恒例大阪では、まぁた道頓堀川に飛び込んだ人がいたそうだ。


「それに今日のキャプテン代理、お見事だったよ。『あっぱれ!』あげたいくらい」


「ウソ? 『喝!』3つくらいもらうと思ってた」


 テビタさん不在でキャプテンを任された俺は、判定についてレフェリーと話し合いながら試合を進めていた。相手のキャプテンもフェアに重きを置くタイプだったおかげで、両軍1枚もカードを出されずに、これといった問題もなく試合を終えることができたのだった。


 とりあえずキャプテンとしては及第点をいただけただろう。何より勝てたという結果は、何物にも代えがたい成果だ。


 だが『優』評価をつけるには不満が多すぎる。連携が甘かったために惜しくも決めきれなかったトライが2本あるのだ。あそこさえうまくいけば、もっと大差で勝てていたかもしれないのに……。


 俺はまだまだ、チームの理解が必要なようだ。その点においては中尾さんや坂本さんのように、パープルバタフライズやRリーグで主力メンバーの多くと長い間いっしょにいるキャプテンには遠く及ばない。


「そんなん次の試合でなおしていきゃいいじゃん、まだ経験浅いんだから。じゃ、今日は遅いからもう切るね。お休み!」


 気が付けば日付もすでに変わっていた。俺は静かになったスマホを充電器に挿し込む。


 テレビでは日本の話題も終わったようで、画面には楕円球を持ってゴールに飛び込む黒一色のジャージを着たハミッシュ・マクラーセンの姿が映し出されていた。


「ニュージーランド対アイルランドの一戦は、ニュージーランドが実力を発揮して大勝を収めました」


 同日行われた別の試合では、ニュージーランドがアイルランドに大勝して余裕でベスト4を決めていた。さすがは前回覇者ニュージーランド、王者の貫禄を世界に見せつけることができただろう。


 昨日、一昨日で準々決勝はすべての試合を終えていた。その結果、勝ち残った4強は地元オーストラリア、南アフリカ、ニュージーランド、そして日本と、南半球6か国対抗戦参加国で占められたのだった。


 そして次はいよいよ準決勝。対戦相手はニュージーランドだ!


 現在は南アフリカに次いで世界ランキング2位に甘んじているものの、長らく世界の王者に立ち続けてきた言わずと知れたラグビー王国だ。日本が勝てる可能性は極めて低い。


 だがここまできたからには、あとはやれるだけやるしかない。横綱相撲を取る相手に、恥も外聞も気にせず足掻けるだけ足掻けるのも挑戦者ならではの特権だ。


「……やるか」


 トライを決めたハミッシュがボールを高く放り投げてアピールする。その姿を見ていた俺は、無意識に拳を強く握りしめながら呟いていたのだった。


 そして15人制ラグビーユニオンのニュースが終わった途端に、13人制ラグビーリーグの話題にさっと切り替わるのはさすがオーストラリアといったところか。




 いよいよ明日はニュージーランド戦だ!


 はるか格上相手に日本は総力戦で挑む気満々で、スターティングメンバーは左プロップにフィアマル、右にテビタさん、俺はベンチスタートで後半途中からの出場になる。また交代と同時にテビタさんからキャプテンを引き継ぐ予定で、攻撃の展開も状況に応じて途中からがらりと変えることも念頭に置いている。


 だがその前に、我々は今日の試合の結果にも注目しなくてはならない。もう片方の山の準決勝、オーストラリアと南アフリカの一戦が今日行われるのだ。


 ホテルの会議室に用意された大型のスクリーン、そこに映される試合のライブ映像を、ミーティングを終えたばかりの日本代表選手たちはじっと見つめていた。


 ベスト8までは負ければ即敗退だったが、ここから先は少し違う。準決勝、つまりこの試合で勝ったチームは決勝戦に、そして敗れたチームは3位決定戦へと進むのだ。つまり俺たちも次のニュージーランドに勝とうが負けようが、このどちらかとは戦わねばならない。


 試合は南アフリカが押し気味だが、地元の声援を受けてド根性を発揮したオーストラリアの強固な守備に、なかなか得点に至らないでいた。


 そして10-10の同点のまま、80分のホーンが鳴り響く。その直後、攻め込んでいた南アフリカがゴールまで35メートルといった位置からドロップゴールを狙った。


 だが蹴りを入れる位置がずれてしまったのか、ボールは横へと大きく逸れてしまったのだった。


 ここで一旦、試合が中断される。決着は前後半10分ずつの延長戦にもつれ込むようだ。


「すげえな、拮抗してる」


 西川君は画面を食い入るように見つめていた。


 その後、試合再開から5分で南アフリカがトライを奪いリード。しかし3分も経たないうちに、オーストラリアも奪い返して同点に追いつくのだった。


「おいおい、いつ終わるんだこれ?」


 日本代表も動揺を隠せなかった。


 延長戦後半も南アフリカがキックを決めたと思えば、次のプレーであっさりとオーストラリアに取り返される。まるで決着がつかない。


 そして互いに20-20の同点で延長戦を終え、さらに10分間のサドンデス方式の再延長戦も行われる。


 だがそれでも両軍ともに得点を入れることはできず、勝負はキッキングコンペティションで白黒をつけることになったのだった。


「ワールドカップじゃ初めてじゃね?」


 中尾さんが汗に濡れた拳を握りしめながら言った。ワールドカップどころか、リアルタイムで見るのは人生でも初めてだよ。


 キッキングコンペティションとは、サッカーで言うところのPK戦だ。22メートルライン上からゴールポストに向かって両軍交互に5人がプレースキックを蹴り込み、成功した回数を競う。決着がつかない場合、得点差がつくまでのサドンデス方式でひとりずつ試技を行う点もサッカーと似ているだろう。


 しかしこれに参加できるのはこの時点でコートに立っていた選手だ。途中で退場した選手、ずっとベンチにいた選手は見守ることしかできない。


 ラグビーでは試合中、ほとんどキックを使わない選手も珍しくない。俺は普段隠し球的にキックを使うことはあるものの、プロップやロックのような身体ぶつけてこそなんぼなポジションの選手にはキックの苦手な者、そもそも普段ボールを蹴らない者もごまんといるのだ。そんな選手にとって、プレースキックを成功させるのは至難の技である。


 そしてオーストラリアを先攻にして始まったキッキングコンペティションは、なんと両国ともに5人全員成功させてしまった。さらに6人目も見事に成功し、会場も会議室もボルテージは最高潮まで高まる。


「どっちでもいいから早く決めてくれよ」


 俺たちの試合じゃないのに、心臓が止まりそうだ。


 そして7人目。


 先攻のオーストラリアが成功させた直後、南アフリカの選手がコースを誤り外してしまったのだ。


 がくんと崩れるスプリングボクス。一方のワラビーズは全員で円陣になって狂ったように歓声をあげていた。


 現世界ランキング1位、ニュージーランドと並ぶ優勝候補と評された南アフリカが、ウェブ・エリス・カップを逃した瞬間だった。


「これ、明日ニュージーランドに負けたらさ……3位で南アフリカに当たるってことだよな」


 感涙する観客や選手たちの映り込む画面を眺めながら、秦亮二が顔をひきつらせて笑う。


「そういう話、今はやめよう」


 しかし和久田君がいつもより重めの声で咎めると、亮二はすぐに「すまん」と返したのだった。


 だがたしかに、準決勝での南アフリカの敗戦は、俺たちにとっては辛いものだった。


 もし3位決定戦に回っても、まだ相手がオーストラリアならワンチャンあったかもしれないのに……。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは…まさか… 栄光への階段なのか…
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