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第四十六章その4 コアラ触りたい……(本音)

「ああ、テレビで見てたよ。お前らみんな本当によくやってくれたよ。特に小森、ナイスなキャプテンシーだったぜ」


 試合後、俺たちは医務室に運び込まれたテビタさんの元へと向かった。ベッドの脇に置かれたテレビにはスポーツ番組だろうか、さっきの試合のハイライトが映し出されている。


 狭い医務室に全員が入ることはできないので、俺と坂本さん、中尾さんの3人が代表で訪れていた。頭を包帯でぐるぐる巻きにされてベッドに寝かせられているテビタさんを見た時はぎょっとしたものの、すぐに「おめでとう!」と陽気な声が返ってきたので安心した。


 幸いにも彼の怪我は重大なものではなかったらしい。だが様子見のため、次の試合は欠場するよう医者から勧められているそうだ。仮に日本が順調に勝ち進んだ場合、テビタさんが復帰できるのはベスト4の準決勝だ。


「テビタさん、俺たちしっかり勝ち進みますんで、必ず帰ってきてくださいよ!」


 心配の色を隠せない中尾さんに、テビタさんは「あったりめぇだ」と豪語する。


「本当ならこれしきの怪我くらいどうってことねえ、今すぐにでもボール持って次の試合に備えたいところなんだが……」


 言いながらテビタさんはベッド脇に立っていた医者にちらりと目を向ける。途端、医者は分厚い眼鏡のレンズをギラリと光らせた。あのテビタさんに素直に言うことを聞かせるとは……この医者、ただ者ではない。


「小森、次の試合もお前にキャプテンを任せたい。中尾も坂本も、それでいいか?」


「もちろんです」


 ふたりは同時に頷く。俺はえっと目を開きはしたものの、何も言い返しはしなかった。


「ありがとう。というわけで小森、迷惑かけてすまんな」


 珍しく謝るテビタさんを見ているとなんだか調子が狂うので、俺は「いえいえ」と制した。


「テビタさんが帰ってくるまで、必ず勝ち残っていますよ!」




 イングランド戦から2日後。俺たちはまだシドニーに滞在していた。


「小森、こっち向けぇ!」


 デジカメを向ける西川君。その飛び出したレンズに向かって、俺は胸に本物のもふもふのコアラを抱きかかえたまま「ハイ、チーズ」と笑いかけた。シャッターが切られると、西川君はぶっと噴き出す。


「お前、顔デレッデレじゃねえかよ」


「仕方ないよ、こんなかわいいんだもん。そういう西川君だって、顔すげーことになってんぞ」


 そう話しながら俺は抱いたコアラをスタッフに戻す。ああ、あと10秒でもいいからもふもふしていたかった……。


 ここはシドニー郊外の動物園。オーストラリア国内最大級の動物園で、名物はやはり本物のコアラを抱いて写真撮影ができることだろう。


 ワールドカップ期間中にこんなにリラックスしてていいのかと思うかもしれないが、イングランドに競り勝ってプール戦を首位で突破した俺たちは、12チームの争う決勝トーナメントでベスト8から試合を行えるシード権を獲得している。


 俺たちの組も含め、プール戦は昨日の段階ですべて終了していた。その結果は以下の通りだ。


プールA

1.オーストラリア(開催国)

2.ウェールズ

3.ジョージア

4.イタリア

5.ロシア

6.ナミビア


プールB

1.南アフリカ

2.アイルランド

3.フィジー

4.トンガ

5.ルーマニア

6.韓国


プールC

1.日本

2.イングランド

3.スコットランド

4.カナダ

5.アメリカ

6.ポルトガル


プールD

1.ニュージーランド

2.アルゼンチン

3.フランス

4.サモア

5.ウルグアイ

6、ドイツ


 イングランドとの直接対決を日本が制したことにより、日本はプールC首位で決勝トーナメントに進む。次の相手はプールA2位とプールB3位の勝者、つまりウェールズかフィジーのどちらかだ。順当にいけばウェールズが高確率で上がってくるだろう。


 1試合少ない分だけ、俺たちは次の試合までおよそ2週間の休養を与えられている。1か月にわたるプール戦で疲労も溜まってきているところなので、一旦心身ともにリセットしておこうというのが目的だった。


 とまぁ色々言ってはいるものの、次の試合まではまだ時間もあるので今くらい遊ばせてくれよというのが選手たちの本音だった。


 せっかくのオーストラリアだ、ここでしか味わえないアクティビティを楽しみたい。特に明日はメルボルン近くの海岸で野生のフェアリーペンギンを見るらしいので、今からワクワクしているぞ。


「小森くーん」


 背後から聞こえるのは和久田君の声だ。


「うん?」


 コアラとの別れを惜しみながら振り返ったその時、俺はぎょっと目を剥いた。


「わ、わ、和久田君、な、なんだよそれ!?」


 声が震えてろくに話すこともできない。そりゃそうだろう、振り向いた俺の目に真っ先に飛び込んできたのは、右手、左手、そして首のそれぞれに1匹ずつヘビを巻き付け、恍惚とした顔を浮かべた和久田君の姿なのだから。


「へへへ、ボールニシキヘビだって。僕、幸せで死にそう」


 この人ならここでヘビに絞殺されても本望だとか言いそうだな。


「ねえ、写真お願いできる?」


「あ、ああ……あれ、西川君は?」


 おかしいな、ついさっきまでそこにいたのに。きょろきょろと辺りを探していると、近くにいた太ったおじさんが「ああ、日本人の連れかい?」と声をかけてきた。


「彼ならさっき足音も立てずに、すっごい速さで逃げていったよ」




 その後、各プール2、3位のチーム同士が決勝トーナメント1回戦を行った。そして12チームから一気に8チームへと絞られ、大会はいよいよ佳境を迎える。


 そして各組1位と勝ち上がってきたチームによる、ベスト8つまり準々決勝の組み合わせは以下のように確定したのだった。


・オーストラリア(A組1位)対イングランド(C組2位)

・南アフリカ(B組1位)対アルゼンチン(D組2位)

・日本(C組1位)対ウェールズ(A組2位)

・ニュージーランド(D組1位)対アイルランド(B組2位)


「やっぱりこうなったか」


 メルボルン市内のホテルのロビーで、俺と和久田君はスマホでニュース記事を眺めていた。


 各組2位と3位がぶつかり、結局すべてで2位のチームが勝利を収めている。そう考えるとイングランドの1発レッドカードがあったとはいえ、日本がプール1位で決勝トーナメントを迎えるというのは場違いも甚だしいだろう。


「次はウェールズか……」


 ウェールズは強敵ではあるが、勝てない相手ではない。しっかりとコンディションを整えて挑めば、日本史上初のベスト4も十分進出可能だ。日本がまたひとつ新たな歴史を刻む、絶好のチャンスだ。


「でもさ、準決勝が……」


 腕を組む俺の隣で、和久田君がぼそっと呟く。そして改めてトーナメント表を見た俺は、「あ……」と絶句した。


 俺たちが次のウェールズ戦に勝利した場合、準決勝で当たるのはニュージーランド対アイルランド戦の勝者だ。


 もうお気付きだろう。仮にこちらの組も順当に格上が勝ち上がるとしたら、日本はベスト4で前回大会覇者ニュージーランドとぶつかることになることを。

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