第五章その1 夏の思い出
夏といえばプールだ。誰が何と言おうとプールだ。
うちの小学校でも夏休み期間はプールが無料開放されており、暇な子供たちが水着のバッグ片手に涼を求めて学校に集まっていた。
「いててててて」
照りつける太陽の下、海パン姿の俺はプールサイドででかい身体を振り回して準備運動を行うものの、身体を捻る度に走る痛みに、いちいち顔を歪ませていた。
「おい太一、大丈夫か?」
珍しくハルキが心配そうな声をかける。だがシュノーケルマスクなんて持ってきて、何がしたいのだろう?
菅平から帰ってきた俺の身体は、見るも無残なアザだらけだった。海パン姿になって周りの子のきれいに日焼けした肌と比べると、俺の満身創痍はより際立った。
天王寺スクールとの激闘を展開したその日の午後、俺たちはあろうことかさらに別のチームとの練習試合を行い、練習を終えて民宿に帰ってきた俺たちはほとんどゾンビのようになっていた。
それでもご飯4杯おかわりできた俺を見て、スクールの全員が目を点にしていたのは壮観だった。経営者のおばさんに至ってはまるで我が子のように可愛がってくれて、いつも以上にごはんを山盛りにしてくれたのだった。
「うん、ちょっと痛いけど、どうってことない」
キズは男の勲章だぞと、得意がっていたその時だった。誰かが俺の背中をパシンと平手ではたいたのだ。
「ぎゃああああ!」
よりによってしこたま打ちつけた患部をクリーンヒットされ、激痛に俺は悶え叫ぶ。
「何がどうってことない、よ。めっちゃ痛がってるじゃん」
背後に立っていたのはスクール水着姿の南さんだった。
一般的な男子なら眼福とか言ってありがたがるところだが、残念ながら今の俺はそんな余裕もないほどに痛い。
「無茶しないでちゃんと休みなさいって」
「わかったわかった、もう帰るよ」
俺は渋々プールから退散する。またはたかれたらたまったもんじゃないからな。
だが振り向くと、南さんも俺に続いて更衣室に向かっていたのだった。
「あれ、南さんも帰るの?」
「うん、なんか人多いし。泳ごうって気失せちゃった」
そんなに多いかな?
その後着替えて学校を出た俺と南さんは、いっしょに家まで帰ることにした。
うだるような暑さのせいか、南さんはどことなく疲れた様子だった。
「なんだか気だるげって感じだね」
「うーん、最近勇人がお姉ちゃん立ちしちゃって」
「勇人君だってもう3年生だよ。男の子はね、誰だってカッコつけたくなるものなんだよ」
「そうなのかなぁ……」
ふっと目を逸らす南さん。弟のこと、あんなに可愛がっていたもんなぁ。
だがその時、彼女は突然立ち止まる。そして何の脈絡もなく笑顔を向けて、俺に尋ねてきたのだった。
「ねえ小森君、ちょっと駅前のスーパー寄ってかない?」
「いいけど、何か買うの?」
「あー、文房具欲しいなって」
そうだ、俺もたしか黒の油性ペンがかすれてきたところだった。
そして俺たちは金沢八景駅前のショッピングセンターに向かった。さすが夏休み、お爺ちゃんからお子様まで、多くの人でごった返している。しかし外の猛暑に比べたら、冷房がガンガンに効いているここはまさに天国だった。
文房具を買うなら本屋か100均だ。エスカレーターを上った俺はまっすぐ本屋に向かう。
「はい、ちょっとこっちこっち」
だが南さんは俺の腕を後ろからつかんで制止させる。
「せっかくだし、ゲーセンでも行かない?」
「文房具買うんじゃなかったの?」
「後からでいいじゃない」
南さんに言われるがまま、俺はさらにエスカレーターを上りゲームセンターのあるフロアへ向かった。
ここのゲーセンにはガチのアーケードゲーマー向けの機種は置かれておらず、UFOキャッチャーや超有名音ゲーなどファミリー向けのラインナップがそろっている。
そんな中から体感型レースゲームを選んだ俺と南さんは、ふたりで対戦に興じていた。
「うわ、南さん強すぎ!」
「あはははは!」
小学5年生にして彼女のドラテクは凄まじいものだった。スピード狂の素質がある。将来運転免許を持った時が心配になるほどだ。
その後も俺と南さんは服屋を見たり、玩具屋でどのゲームがおもしろいか話し合ったりと思ったよりも長い時間をショッピングセンターで過ごしたのだった。
しばらくして歩き疲れた俺たちは、地下のフードコートでアイスを食べることにした。
「楽しかったね」
南さんはチョコミントアイスを舐めながら、クッキー&クリームアイスを舐めていた俺に言う。
「そうだね、俺も合宿の疲れが取れた気がするよ。ありがとう」
聞いて南さんはふふっと微笑み返す。
「ねえ、私たちって周りからどう見えるかな?」
「小学生がいっしょに遊んでるように見えると思う」
「そういう意味じゃない!」
突然の口調の変化に、俺はびくっと身体を震わせた。
「あー」
俺は返事に困り果てた。南さんが何が言いたいのか、鈍感な俺でもさすがに気付いてしまったのだ。
「そりゃまあ……付き合ってるように見えてもいいんじゃないかな?」
そして悩んだ末、彼女の願望に一番沿っているであろう回答を口にする。
「ふふ、本当ねー。私たち、そんな関係でもないのに」
否定しながらもにこにことアイスを舐める南さん。
その笑顔に俺はほっと安心しながらも、間を置いて心臓がどくどくと激しく高鳴り始めたのを感じた。
まさかこんな展開になるとは予想していなかったものの、南さんが俺に好意を持ってくれていることは素直に嬉しい。
前の人生では女の子と付き合うとか、俺にとってはフィクションの世界の出来事だった。暑苦しいデブが寄ってくるとしかめ面されそうで、ろくに異性に話しかけることもできなかったし。
ちらっと彼女の顔をもう一度見る。
白い肌、細い指、揺れるくせ毛。それらがなぜかいつもより5割増しで可愛らしく見えてきた。それも意識すれば意識するほど、どんどんそう思えてくる。
「ねえ、小森君」
尋ねてきた彼女に、俺は「は、はい?」と声を裏返して答えた。
「もうすぐ県大会なんだよね? 試合どこでやるのか教えてくれない?」
「う、うん、いいよ」
最早文房具のことなど、俺も彼女もすっかり忘れてしまっていた。




