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第四十五章その2 再びの大舞台

「スリー! ツー! ワン!」


 夜闇に包まれたスタジアムの、スクリーンに表示される数字に合わせ、数万人が声をそろえてカウントダウンを刻む。


「Yeah!」


 やがて花火が打ち上り、パッと場内に明かりが灯される。普段ならばボールを持った選手たちが走りまわっているコートには巨大なエアーズロックを象ったオブジェが置かれ、さらにその上にはこれまた巨大な楕円球がのっかっていた。


 いよいよ始まったワールドカップ2035オーストラリア大会。2000年のシドニー五輪に合わせて建造されたここスタジアム・オーストラリアでは、8万以上の人々を集めて盛大な開会式が行われていた。


 オープニングセレモニーではオーストラリア先住民アボリジニのダンスが演じられ、やがてヨーロッパから様々なスポーツとともにラグビーが持ち込まれた歴史を端的に表すパフォーマンスが披露される。最後はオーストラリアはじめ出場24か国の往年の名選手が集い、開会宣言を迎えたのだった。


 開会式が単独で開催されるオリンピックとは違い、ラグビーやサッカーのワールドカップでは開会式の直後、同じ会場にて開幕戦が行われる。


 その記念すべき第一戦、対戦するのは開催国オーストラリアと、ヨーロッパの実力者ジョージアだ。


「お、アレクサンドルいるぞ!」


 ホテルの一室でこの様子を見ていた俺は、テレビに映ったよく知る顔にぐっと身体を前に出した。


 ニュージーランドのMitre10で経験を積んだ彼は、現在フランスのプロチームに所属している。故郷ジョージアともつながりの深いそこで、ニュージーランド仕込みのダイナミックなプレーを見せつけているそうだ。


 そして両国の国歌斉唱を終えた後、オーストラリア選手のボールでキックオフ。長い長いワールドカップが、ついに始まった。


 予選プールCの俺たちの初戦は3日後、相手はアメリカだ。


 現在の世界ランキングは11位と、あと少しでティア1という位置。実力は日本の方が上だが、決して安心はできない。


 目標であるプール戦1位を達成するためには、消化試合などひとつも作ることはできない。目の前の敵を確実に倒してボーナスポイントも稼ぐ必要がある。


 そのためには同じ予選プールの相手がどういったコンディションであるかをしっかりと見極める必要がある。特に決勝トーナメント進出を争うことになるチームの動向には、逐一アンテナを張り巡らせておくべきだ。


 そんなプールC最大の障壁は優勝候補イングランド。彼らは俺たちの試合の1日前に、同じくホームネイションのスコットランドと対戦する。


 1871年にエディンバラで開催された世界最古の国際試合以来、幾度となくぶつかってきたライバル同士のこの試合はプール初戦最大の好カードであり、しかも開始時刻は夕方のゴールデンタイム。今大会の行方を占うこの一戦に、英国だけでなく世界のラグビーファンが注目していた。




 2日後の夜、ホテルの進太郎さんの部屋には日本代表10人ばかりが集まっていた。


 普段ならば酒を片手にワイワイと楽しく過ごしたいところだが、明日は俺たちも大事な試合とあって誰もアルコールなど持ち込んでいなかった。代わりにその手には、ノートとペンが握られている。


「いよいよだぞ」


 点けっぱなしのテレビにワールドラグビーのロゴが表示され、スタジアム・オーストラリアからの生中継に切り替わる。途端、部屋にいた全員が会話を中断して画面に目を向けた。


「世界ランキング3位のイングランドと、開催前にアイルランドを倒して8位に躍り出たスコットランド。強豪同士のこの試合、スタジアムには7万8000人が訪れています」


 アナウンサーも興奮を抑えきれない様子だ。平静を保つ声にも、時折熱い息が漏れ聞こえている。


「日本でも盛り上がってるみたいだよ。SNS、すごいことになってる」


 スマホを覗いていた和久田君が目を丸めた。リアルタイムで試合の興奮を投稿している人数は日本国内だけでも数十万、いや、100万以上いるそうだ。


 日本とオーストラリアの時差はほんの1時間前後。土日はもちろん、平日でも夕方からの試合ならば驚異的な視聴率を記録する。それが強豪国同士の対戦ならば、日本の試合でなくとも高い数字をたたき出すようになったあたり、日本でもすっかりラグビーが根付いたと言えるだろう。


 やがて大歓声に包まれて、選手がコートに入場する。


「ベンジャミン・ホワイト……やっぱり強そうだな」


 和久田君がごくりと喉を鳴らし、俺たちも無言で頷いた。


 かつてU20世界選手権で激闘を演じたベンジャミン・ホワイト。彼も今では2度目のワールドカップ出場となり、イングランド代表、そして北半球最強ナンバーエイトの座を欲しいがままにしていた。


 試合開始とともにイングランドはその巨体を生かした前進とパスを繰り返し、じりじりと自陣を広げる。


「うへ、なんちゅうパワーや」


 2人の選手に絡みつかれながらも倒されずに足を進め、駆け付けた仲間にパスをつないでしまうイングランドのフォワードには石井君も唖然としていた。力自慢のフォワードをそろえたイングランドの戦い方は、先日の南アフリカにもよく似ている。


 対するスコットランドはボールを手に持てばすぐさまキックやロングパスに移り、その隙に味方を走らせる戦術で守備ラインを回復させていた。こちらはスキルとスピードに長けたバックス陣がいるからこそ可能な戦術だ。


 タイプの異なるチーム同士の攻防戦は、互いにトライを奪えないまま前半が終了した。


 しかし後半からは地力の差が表れてきたのか、イングランドのボール保持率が格段に上がり、一向に衰えぬ攻撃の激しさにスコットランドはどんどん自陣を後退させられていた。


 そしてついに、ラックから取り出されたボールがナンバーエイトのベンジャミンに回されると、彼は守りの薄いタッチライン際めがけてウイングにも引けを取らないスピードで走り込んだのだった。


 だが相手もこう来ることはある程度予想していたのだろう、ゴール前のフルバックとウイングが素早く反応し、2人がかりでベンジャミンの行く手を阻む。


 このままではトライを決めることは難しい。フィジカルに自信のある彼のことだから、あえてタックルを受けた後にモールを形成して押し込むのが常道だろうか。


 ところがベンジャミンの取った行動は、予想だにしなかったものだった。彼は楕円球を足元に落とすと、その丸太のような脚で大きく蹴り上げたのだ。


「え!?」


 テレビの前の日本代表はもちろん、向かい合っていた2人のスコットランド選手も8万近い観客たちも、全員が目を点にして声をあげた。


 ベンジャミンは世界でも1、2を争うフィジカルモンスターとして有名だ。たとえ自分よりも大柄な相手でも、まっすぐぶつかって撃破してしまう強靭な肉体を持つ。彼にとってはリスクの高いキックを選択するよりも、自身の身体で勝負した方が確実なのだ。


 そんなベンジャミンのキックは相手の頭上を越え、ゴールラインを越えてインゴールに落下する。


 相手バックスがくるりと身体の向きを変えるが、勢いを落とさず全力で走り抜けたベンジャミンは彼らを追い越すと、跳ね回るボールをしっかりとキャッチし、そのままグラウンディングを決めてしまったのだった。


「すご……」


 俺たちはただただ言葉を失っていた。


 規格外のフィジカルに頼りすぎるきらいのあったベンジャミンが、技術の面でも磨きをかけている。ナンバーエイトとしての技量は、オールブラックスのハミッシュに匹敵するかもしれない。


 その後もイングランドはスコットランドを力でねじ伏せ、25‐9で勝利を収めたのだった。


 強豪同士の戦いで圧巻の勝利。この1戦目だけでイングランドはプール戦突破を確実にしたも同然だった。


「俺たち、これと戦うのか……」


 あまりのワンサイドゲームっぷりにメンバーたちが絶句する中、西川君がへへっと笑う。


 プール戦1位突破が簡単なものではないとは重々承知していたが、これは想像以上かもしれない。

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