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第四十四章その5 ヨハネスブルグの夜

「南アフリカ、強すぎだろ……」


 試合を終えたその日、ホテルでバイキング形式の夕食を楽しんでいた俺たちは仲間同士で談笑しながらも、本日の敗戦の悔しさを吐露し合っていた。


 もう少しくらいは粘れるかと思っていたのに。あそこまで完全に負かされてしまっては乾いた笑いさえも浮かんでこない。


「よくもまあちょうど20年前の日本代表は、あんなアホみたいに強いヤツらに勝っちまったもんだ」


 秦兄弟の弟の亮二が、パイのような見た目の料理を自分の取り皿に盛りながら自虐的に笑う。ちなみにこれ、ボボディーという南アフリカの伝統料理らしい。


 そうか、言われてみればもうそんなに経つのか。あれがきっかけでラグビーを始めたのだから、俺にとっても楕円球を蹴り始めて今年でちょうど20年なんだよな。2015年のワールドカップで起きたブライトンの奇跡がいかに空前絶後の出来事であったか、それを再度実感させられてしまったよ。


 この日、南半球各地で6か国対抗戦の最後の試合が行われていた。そしてすべての試合が終了した今、6か国の最終順位は以下のように決まったのだった。


1.南アフリカ(5勝)

2.ニュージーランド(4勝1敗)

3.日本(3勝2敗)

4.オーストラリア(2勝3敗)

5.フィジー(1勝4敗)

6.アルゼンチン(5敗)


 やはり注目すべきは南アフリカの全勝優勝だろう。ニュージーランドやオーストラリアといった世界最高レベルの相手をことごとく打ち倒し、ワールドカップ制覇に弾みをつけていた。スプリングボクスがオールブラックスの連覇を阻むのか、オールブラックスが貫録を見せるのか、優勝予想は真っ二つに割れていた。


 また選手のポテンシャルの割にナショナルチームで今一力を出し切れないでいたフィジーも、アルゼンチンとの接戦を制するという快挙を成し遂げた。ワールドカップに照準を合わせて世界中に散らばった代表選手を頻繁に召集し、かつてないほど代表強化に力を入れてきた努力が実ったのだろう。


 さて、6か国対抗戦はこのような結果になったものの、国際試合を行っていたのは南半球だけではない。ヨーロッパやアメリカでも激闘が繰り広げられ、世界ランキングも以下のように更新されていた。


世界ランキング2035年8月時点(カッコ内は6月時点の順位)

1.南アフリカ(2)

2.ニュージーランド(1)

3.イングランド(3)

4.ウェールズ(4)

5.日本(6)

6.オーストラリア(5)

7.フランス(8)

8.スコットランド(10)

9.アイルランド(7)

10.フィジー(12)


 オーストラリアに勝ち星を挙げた日本代表は、過去最高タイの5位まで上がってワールドカップ本番を迎えることになった。最後は敗れてしまったものの、全体として見れば日本代表始まって以来の好成績で終えることができたのは喜んでもよいだろう。


 アルゼンチンから金星を挙げたフィジーも、久しぶりにトップ10に名を連ねている。またヨーロッパでもスコットランドがアイルランドを倒し、一気に順位を上げていた。


 各国がチームの練度を高めているこの時期に、ここまで順位が変動するのも最近では珍しい。今年のワールドカップは、確実に荒れるぞ。


 あれやこれやと仲間と話しながら食べていると、気付けばいつの間にか俺の取り皿の料理がきれいさっぱり消えている。


 せっかくのバイキングだ、食えるだけ食っておかないと。俺は席を立ち、足取り軽くおかわりをもらいに向かった。


 その時、ちょうど料理をよそって戻ってきた矢野君とすれ違い、ふと彼の手に持った皿が目に入った。


「あれ?」


 俺はつい声を漏らしてしまった。普段ならもっと山盛りにして何往復もしているのに、今日の矢野君の皿にはいつもの半分くらいの量しか盛られていなかったのだ。


 ……まあ、半分と言っても普通の人の基準では食べきれないくらいの量だって点は置いといて。


「矢野君、具合悪いの?」


 すれ違いざまに、声をかける。


「小森さん……」


 振り返った矢野君は、どんよりと表情を曇らせていた。


 俺は飲み物だけを注ぎ、矢野君の隣の席に座る。矢野君はおいしそうな料理を目の前にしながら、ほとんど手を付けないでいた。


「すみません、僕、自分が情けないです。交替で入ったのに、ずっとプレーしてた相手にも押し負けて、ラインアウトでもボール取られましたし」


 矢野君はぼそぼそと話す。


 控えスタートの彼は、試合の流れ次第ではコートに立たないまま終わることも少なくない。今日はせっかくのアピールチャンスだったのに、思ったようにプレーできなかったのは辛かっただろう


「まあ今日は相手が悪すぎるよ、前の試合じゃオールブラックスだって押されてたじゃないか。だから気にするなって」


 俺は努めて明るく返した。


 スタメン出場していた俺とテビタさんは序盤こそ南アフリカにもセットプレーで対抗できていたものの、後半に入った頃にはすっかり相手の圧倒的なフィジカルに押さえ込まれてしまっていた。途中でフィアマル、矢野君とフレッシュなメンバーに交替したものの、波に乗った相手を止めることはできず、日本は失点を重ねたのだ。


「それに今日の試合だけですべてが決まるわけじゃない。矢野君は今までずっと活躍してきただろ? 普段の実力を発揮できればワールドカップの31人に選ばれるのは確実だよ、俺がコーチなら絶対に選ぶ!」


 俺の言葉に嘘偽りは一切無い。矢野君の右プロップとしての安定感は国内でもトップクラスだし、体格も日本人選手では群を抜いている。これまでもスクラムでは何度も相手のプレッシャーを耐えしのぎ、得点につなげてきたのだ。


「ありがとうございます……」


 だが当の矢野君は、どうも自信を喪失しているようだった。初めてのワールドカップということで知らず知らず緊張が高まっているところに、南アフリカという超強豪の本気を味わったことで一気に落ち込んでしまったのだろう。


 おいおい、こんなところで戦意を失ってもらっては困るぞ。すぐに立ち直ってくれれば問題は無いのだが……。




 夕食の料理を腹に掻き込み、食堂に残った面々もデザートや飲み物ばかり持ってくるようになった頃のことだった。


「みんな、聞いてくれ」


 何皿分平らげたのだろう、自慢のお腹をさらにでっぷりと突き出したキャプテンテビタさんが、パンパンと手を叩いて皆の注目を集める。


「1月以上にわたる6か国対抗戦、お疲れ様だ。まあ最後は負けちまったが、勝ち越しで終われたのはみんなのおかげだ。だから……」


 厨房から配膳用の大きなワゴンを押したボーイが現れる。その上には瓶だの缶だの、とにかく大量のビールが山のように置かれていた。


「今日は無礼講だ、飲んで飲んで飲みまくれ!」


 いよっしゃあああ、とブレイブブロッサムズのメンバーから歓声があがる。ラグビーと言えばビール、観客も選手もビールが大好きなのだ。


 意外に思うかもしれないが、南アフリカはワインだけでなくビールも美味い。国民も日常的にビールを飲んでいるようで、近年は全国各地のクラフトビールの飲み比べも流行っているらしい。そんなビール天国の逸品を浴びるように飲めるのだから、喜ぶなと言われても我慢できるわけがない。


 え、もう夕食を詰め込んでるから飲めないだろって?


 ノンノン、俺たちとってビールは別腹というか、ビールだけを吸収するブラックホールを腹の中に飼っているのがラガーマンという生き物なのだ。

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