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第四十四章その4 もう誰にも止められない!

 とうとう南アフリカ戦の日がやってきた。


 世界有数の大都市ヨハネスブルグのエリス・パーク・スタジアムには、母国の全勝優勝の瞬間を見届けようと5万以上の大観衆が押し掛けていた。その内の9割以上はスプリングボクスの緑のジャージを着ている。日本代表の紅白のジャージを着た人間は、悲しいことに数えるほどしかいない。


 そんな会場の外ではチケットは入手できなかったもののせめて臨場感だけでも楽しもうと、近くのパブやパブリックビューイングにも大勢の人々が集まっている。テレビ中継もされているこの試合、人口6000万の南アフリカ国内では一体どれほどの人数がひとつの楕円球に注目しているのだろう。


 そして昼過ぎ、6か国対抗戦最後の試合が俺たちのキックオフで始まった。


 開始早々、南アフリカは世界一と称されるそのフィジカルを活かし、ゴリゴリと日本を攻め立てる。俺たちはボールを持った相手を止めるために2人、3人がかりでタックルを入れねばならず、粘れば粘るほど数的不利に追いやられていた。


 しかしそんなこと百も承知。これをカバーするため、俺たちは倒れた後もすぐに起き上がり、とにかく走ってボールを追い続けた。これぞ世界一しつこいと他の代表チームから嫌がられる、日本代表ならではの戦い方だ。相手が世界一ならこっちだって世界一なんだ。


 日本の対応には相手選手も休みなく走らされ、ついにボールを持ったプロップの足が芝の上で軽く躓く。


 そこにフランカー進太郎さんは低く体を落として突っ込み、えぐり込むようなタックルを突き刺したのだった。うちのフィアマルですら押し倒す伝家の宝刀だ、さすがの相手も堪え切れず、手からボールを滑らせてしまった。


「ノックオン!」


 よっしゃ、日本ボールでのスクラムだ!


 無得点に抑えたまま相手からボールを奪えたことに、日本代表選手たちは小さくガッツポーズを作る。


 だが本番はこれからだ。特に俺たちフォワードにとっては。何せこの試合に勝利できるよう、スクラムには恐ろしいほどの時間をかけてきたのだから。


 位置はタッチラインから15メートルも離れていない。俺たちから見て左側は狭いブラインドサイド、右側は広大なオープンサイドだ。


 両軍の8人と8人が組み合い、互いに眼光を光らせる。相手の2列目には、世界のラグビー界でも突出した長身ロックことヘルハルト・クルーガーが身構えていた。


「クラウチ、バインド……」


 最前列同士、つまりプロップの俺やフッカーの石井君が、向かい合う選手の頭の左側に自分の頭を突っ込んだ。そして呼吸を止める。


「セット!」


 レフェリーの掛け声とともに、俺たちはぐっと前に身体を投げ出すようにして敵を押し込んだ。


 凄まじいまでのプレッシャー。スパイクが芝をめくりあげてしまいそうだが踏ん張って身体を保つ。


 俺の横で和久田君が屈み、密集にボールを転がし入れる。それをしっかりと足で受け止めた石井君は、うまく後方に蹴り転がして最後尾のナンバーエイトまで無事に送った。


 その間に後ろに回り込んだ和久田君が、ナンバーエイトのクリストファー・モリスの足元から素早くボールを拾い上げる。そして目にも止まらぬ手さばきでパスを送ったのは、やや左側に走り込んできたスタンドオフの坂本パトリック翔平さんだった。


 ボールを受け止めた坂本さんはそのまま勢いを落とさず、なんとスクラム左側の狭いスペースに突入し、タッチラインに沿って走り続けたのだった。


 右側にいくらでも広大なスペースがあるにもかかわらず、少しでもタックルを受ければ相手にラインアウトを与えてしまう危険なコースを選択するとは。この展開には相手も意表を突かれたようで、南アフリカのフランカーやナンバーエイトは急いでスクラムを離れて坂本さんを追った。だがこうなることを予期していた進太郎さんとクリストファーは相手よりも先に走り出し、坂本さんと並走しながらサポートに回っていた。


 思った通り、南アフリカはスクラムの際にブラインドサイドの守りが薄くなりがちだ。先日行われたニュージーランド戦の映像を何度も繰り返し見たコーチが、南アフリカのバックスがブラインドサイドをおろそかにしている傾向があることを見抜いたのだ。


 ゴール前のフルバックが坂本さんにタックルを入れんと突っ込む。だが坂本さんは足元にボールを落とすと、自分の斜め前方向に楕円球をうまく蹴り転がして相手をかわしてしまった。


 それを拾い上げたのは日本代表屈指のフィジカル自慢クリストファー・モリスだ。彼は持ち前の筋力から生まれる俊足を飛ばしてフルバックを抜き去ると、ついにゴールラインを越えた。


「トライ!」


 鳴り渡るコールに、俺たちは「いよっしゃああああ!」と喜びの咆哮をあげる。一瞬、スタジアムは「あぁー」と残念そうなため息に包まれるものの、直後には俺たちのプレーを称える盛大な拍手が巻き起こっていた。


 まさか南アフリカから先制トライを奪えるなんて。感激でこのまま試合が終わってくれればとさえ思ってしまう。


 読みも見事に的中したことだし、日本がかつてないほど絶好調であることを敵地のど真ん中でアピールできただろう。


 だが勝っていたのはここまでだった。


 そこから本気モードに切り替わった南アフリカはまるで選手全員がパワードスーツでも着込んでいるかのようなタックルとスピードで俺たちをぶっ飛ばし、あれよあれよという間に日本の守備ラインを後退させてしまったのだ。


 俺たちはすでに数えきれないほどの回数フォワードの体当たりを止め続け、立っているのもやっとというほどにフラフラになっていた。そんな消耗したところで敵ウイングのナレディは仲間からボールを受け取ると、とどめとばかりに日本の守りの薄いスペースに走り込んでトライをもぎ取りにきたのだった。


「させるかぁ!」


 フルバック西川君が飛び掛かり、ナレディの腰に腕を回す。だがロケットブースターのように突っ込んできていたナレディはややふらつきながらも走り続け、最後は90kg以上の西川君を引きずったままボールをゴールラインの向こうに置いたのだった。


 その後も南アフリカの得点ラッシュは続く。フォワードに力負けして、バックスにそのまま走り抜けられて、ラインアウトからモールで押し込まれて。とにかくあらゆる場面で南アフリカは日本を上回っていた。もう誰も、彼らを止めることはできなかった。


 あのニュージーランドに競り勝って世界ランキング1位に立った相手でも良い勝負ができるかも。試合前に抱いていたそんな幻想は、いとも簡単に打ち砕かれてしまった。日本が絶好調だなんて、思い上がりも良いところだ。


 そして長い長い80分が終了する。


 スコアは13‐49。トライ6本を奪われての大敗だった。

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