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第四十四章その2 始動、ブレイブブロッサムズ2035

 6か国対抗戦に向けて網走に集結した日本代表候補45名は、早速その日の午後の内には市の運営するスポーツ・トレーニングフィールドで練習に取り組んでいた。


 とは言っても移動で疲れている選手も多いので、セットプレーの確認程度の軽めのメニューだ。疲れたところで無理に身体を動かしては、身に付くものも身に付かない。


「太一、お前またでかくなったな」


 身体を温めるランパスの最中、まるで小山のような自分以上の巨漢がにっと白い歯を見せる。


「フィアマルに言われてもそんな気まったく起きないよ」


 言いながら俺はサモア出身の同じ左プロップ候補の投げるボールを受け止めた。


 そう、この日本代表合宿には、留学時代の先輩であるフィアマルも召集されていた。


 彼も日本の大学を卒業してからずっとRリーグで活躍しており、現在は日本代表メンバーの常連になっている。俺とはポジションの同じライバル関係だが、互いにスタメンと控えを交互に行うかけがえのない仲間だ。フォワード、特にフロントローは消耗が激しいので、交代要員を置く前提でスコッドが組まれている。


 左プロップは俺とフィアマル、右プロップはテビタさんと矢野君とで分担してこれからの連戦を進めていくことになるだろう。


「ほなみんな、よろしゅう頼むで」


 ランパス後のスクラム練習を前に、石井君が関西弁とともに軽く手をあげる。


 チーム全体をまとめるキャプテンがテビタさんなら、フォワードのまとめ役は石井君だ。フッカーである彼はスクラムではボールを足で受け止め、ラインアウトでは投げ入れてと常に大切な役割を任されている。ただのデブでは務まらない、器用なデブでなくてはならないのがフッカーだ。


 スクラムで全員のタイミングを合わせる練習。和久田君がボールを転がし入れ、石井君の合図で一斉にスクラムマシンを押し込む。


「こもりん、もうちょいはよぅ!」


「うん、ごめん!」


「やのっち、早過ぎや!」


「はい、すみません!」


 口調は柔らかくも容赦ない石井君の指示に、さほど年齢の変わらない俺たちも戦々恐々としていた。ラグビーに関してはとことんシビアなのが、うちのフッカーだからなぁ。




「ふう、しんどかった」


 練習が終わり辺りも夕闇に包まれ始めた頃、俺はへなへなとコート脇のベンチに腰を下ろした。昼間の気温はそれなりに高いものの、湿気が少ないので夜の風が涼しくて気持ち良い。今晩はクーラーを点けなくても快適に眠れそうだ。


 しかし軽めのメニューと言いながら、実際は海外の中堅プロクラブの選手なら戦慄してしまいそうなメニューだったじゃないか。やっぱり日本代表は練習メニューの性質が違うよ、とことんラグビーって感じで。


「こもりん」


 ぼうっと空を眺める俺に、やや弱気な声がかけられる。目を向けると両手にペットボトルのドリンクを1本ずつ持った石井君が、申し訳なさそうな表情を浮かべて立っていたのだった。。


「練習中きついこと言うてすまんかったなぁ」


 彼はそう言って俺の横にすっと冷たいドリンクを置く。慌てて俺は首を横に振った。


「ううん気にしてないよ、むしろ強くなるためにもっと言ってくれって感じ」


「ほんま、すまんなぁ」


 石井君がペットボトルの蓋を開ける。俺も「あ、これありがとう」と差し出されたドリンクを手に取った。


「それにしても、みんなすごい強くなってるなぁ。贔屓目に見ても今年の日本、すごいんじゃない?」


「せやなぁ、前回よりも前々回よりも、やばいくらい強ぅなっとるで」


 俺たちが選手として成長しただけではない。客観的に見てもメンバーの能力自体がかつてないレベルまで高まっているのは、長いことラグビーを見続けてきた人なら誰でもわかるほどだった。


 これもスーパーラグビーで各国代表クラスと戦えていること、そして日本代表メンバー同士が普段からいっしょにプレーできているのが大きな要因だろう。傍目には今日集まったばかりとは思えないくらいに、チームが完成されているように思えたのだった。


 前の人生と比べても、日本は確実に強くなっている。それも段違いに。


「西川とかクリストファーとか、前のワールドカップにはいぃひんたメンバーもおるからなぁ。俺らも安心できひんで」


「だよな、これは試合が楽しみ……ん?」


 ふと俺は目を凝らした。練習を終えて誰もいないはずの練習場に、ふたつの人影が歩いている。


 上半身を前に突き出し、さらに目を細める。


「あれって……」


 西川君だった。ラグビーボールを両手にいくつか抱え、普段あまり見せないにこやかな笑みを浮かべている。そんな彼と一緒に歩いているのは……。


「坂本さんだ!」


 スタンドオフにしてブレイブブロッサムズの正キッカー、坂本パトリック翔平さんだった。


 日本人の父とベルギー人の母を持つ彼は現在、Rリーグの大分ウインドシトラスに所属しており、ワールドカップでもスタンドオフ候補の筆頭に数えられている。


 スマートながらロックも務まるほどの高身長に加え、正確無比なキックの精度はリーグでもダントツだ。もし彼がラグビーではなくサッカーに打ち込んでいたら、日本屈指のストライカーになれただろう。


 ……いや、高身長を活かして普段はディフェンダーに置き、ここぞという時にミドル弾をぶち込むようなプレーも期待できそうだ。ともかく幅広い競技で活躍できるだけのポテンシャルを秘めていることは確実だった。


「ふたりとも、何してるの?」


 俺と石井君は立ち上がり、声をかけながら近付いた。


 振り向いた西川君は、まるで子供のように目を輝かせている。


「ああ、キックの練習だよ。坂本さんに教えてもらうんだ」


 なるほどなぁ。屈託のない彼の笑顔に、俺は納得させられてしまった。現在の西川君と坂本さんなら、プレースキックに関しては坂本さんの方に一日の長があるだろう。


 向上心の強い西川君だ。自分よりも強い選手には対抗心とともに敬意を払う、昔からそんな性格だった。


 特に大学時代にA代表でいっしょだった坂本さんについては自らキックの教えを乞うほどで、日本のトップスターとなった今もその関係は変わらない。


 しかしキッカーというのはコートに立っている選手の中で、最もキックの上手い選手がその場その場で選ばれる。ポジションの異なるふたりが同時にコートに立っている場合、どっちがキックを蹴るのかを争うことになる。


 だから坂本さんにとって西川君の台頭は、手放しで喜べることではないのだが……。


 本当にいいのですか?


 俺がそんな視線を送ったのが伝わったのだろう、坂本さんは「ああ」と頷いてその鮮やかな茶髪を夕陽に照り返した。


「日本の勝利のためには西川君のキックの上達は不可欠だからね。場面に応じて、俺と西川君とでキッカーを分担できるようにしておきたい」




 そして2週間後、ついに6か国対抗戦が始まった。開催地である静岡に移動した俺たちは、会場である静岡エコパスタジアムのロッカールームで試合前最後のミーティングを行う。


 初戦の相手はアルゼンチンだ。強敵ではあるが、今の日本の実力なら十分に勝てる相手である。本当、少し前まではこんなの想像もできなかったよ。


「さあ、仕上がりはバッチリだ!」


 野獣のようなテビタさんの声に、金属製のロッカーがビリビリと震える。円陣を組む本日の出場メンバーは、しんと押し黙ってキャプテンの声に耳を傾けていた。


「今年の俺たちは一味違うぞ! 今こそ日本代表の実力を、世界に見せつけてやろう!」


 猛り狂うようなキャプテンの咆哮。その言葉が切れると同時に、俺たちは「おう!」と掛け声をあげて再びロッカールームを揺らしたのだった。

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