第四十四章その1 今一番強いヤツら
6月末、オークランド国際空港から飛行機に搭乗した俺は、赤道を越えて日本へと帰国していた。
「2か月半ぶりの日本だぁ!」
羽田空港国際線ロビーにて、俺は特大サイズのキャリーバッグを転がしながらうーんと腕と背中を伸ばす。
「小森さん!」
そこに自身も大きなキャリーバッグを引っ張りながら、こちらに走り寄る大きな人影がひとつ。まぁるい体格の、まだ若い男だった。
「おう矢野君、久しぶり。去年の11月以来かな?」
「はい、お久しぶりです!」
俺と同じようなごっつい体格に小さな眼鏡をかけた青年が、嬉しそうな顔をこちらに向ける。
矢野侑大君は南さんの大学の後輩にして日本代表期待の新星右プロップだ。183cm128kgとかなりの巨漢で、年齢的に今回が最後のワールドカップになるであろうテビタさんの後継者と目されている。
「先輩からお聞きしました、ご婚約おめでとうございます!」
「おう、ありがとう」
茨城県出身の矢野君がラグビーを始めたきっかけは、なんと俺らしい。留学先のニュージーランドでプロップとしてプレーする俺をテレビで見て、自分もラグビーを始めたいと決心したそうだ。
ラグビーを始めたのは高校からだが、入学時点で175cm115kgの体格を備えていたおかげで、瞬く間に頭角を現してスクラムの要になったそうだ。元々そこまで強い学校ではなかったが過去最高の県ベスト4まで勝ち進めたことで、大学進学後もラグビーを続けようと決心したらしい。そして大学でも不動の右プロップとして活躍し続けたのを評価され、下部リーグ校ながら卒業後は静岡マウンテンズに入団を果たしたのだった。
本当、俺がラグビー始めたことで影響された子が日本代表候補になるなんて……人生どこで何がつながっているのかわかったもんじゃないな。
さあ久々の日本だ、横浜の実家でのほほんと……という暇は無く、俺たちはそのまままっすぐ国内線ターミナルへと移動する。目指すは女満別空港、網走で開かれる日本代表合宿だ。
9月から始まるワールドカップ2035オーストラリア大会を前に、7月から8月は毎年恒例の南半球6か国対抗戦が開催される。そのため今の時期から日本代表メンバーを呼び集め、チーム仕上げのトレーニングとメンバー選考をを行うのがこの合宿の目的だ。
ワールドカップ出場となった場合、ここから最後の試合を終えるまで家に帰ることはできない。長い長い戦いはすでに始まっているのだ。
それにしてもスーパーラグビーが終了してすぐに6か国対抗戦って、驚くほどハードな日程だよなぁ。強豪国のトップスタークラスになると、1年中どこかでラグビーをプレーしているようなものだし。
さて、搭乗手続きを済ませた俺たちは、滞りなく女満別空港行きの飛行機へと乗り込んだ。
だが国内線で旅客もそこまで多くないためか、座席数100にも満たない小さな飛行機だ。座席も2人がけのものが両脇にずらりと並ぶのみで、国際線の大型機と比べると空間自体がかなり狭く感じられる。
そんな機内の2人がけの座席に左右のプロップが並んで座っているのを見ると、何も知らない人にとっては怪しいペアにしか思えないだろう。
「『不思議の国のアリス』にこういうの出てきたよな……何てったっけ、ハンプティ・ダンプティ?」
「それはタマゴの人ですね。たしかトウィードルディーとトウィードルダムだった気がします」
ぎゅうぎゅうと狭い座席に押し込まれながら話すデブ二人。押し寿司にされるサーモンの気持ちが、少しわかった気がする。
いつもより多めに重量過多な客を乗せながらも、飛行機は過剰積載とはならず無事に飛び立った。北海道まではすぐなので、俺たちは話しながら時間を潰す。
「今年の6か国対抗戦はだいぶ荒れそうだね」
「はい、南アフリカが強すぎます。予選プールでいっしょにならなくて本当に幸いでしたね」
決勝戦まで勝ち上がったスーパーラグビーのプレーオフ、最後の相手は今年絶好調の南アフリカのサンダースだった。彼らはシーズン全18試合を17勝1敗という圧倒的な成績で終えると、プレーオフでも大差で連勝を重ね絶好調のまま決戦を迎えていた。
俺たちユニオンズも意気揚々と敵の本拠地ヨハネスブルグに乗り込んだものの、ナレディやヘルハルト・クルーガーといった南アフリカの誇るフィジカル軍団に後半から一気に差をつけられ、15‐31で敗れてしまったのだった。
サンダースには南アフリカ代表候補の有力選手が数多く在籍している。このスーパーラグビーでの優勝により、ファンの間では今年のワールドカップの優勝予想でにわかにスプリングボクスを推す声が急増した。
王者ニュージーランドに今最も勢いに乗る南アフリカ、そしてワールドカップ開催国オーストラリア。これから行われる6か国対抗戦の結果によっては、世界ランキングにも大きな変動が見られるかもしれない。
やがて俺たちは女満別空港に到着し、網走のホテルへと向かった。ここで今後の日程確認と練習についてのミーティングが行われるのだ。
通されたホテルの会議室には、既に到着した選手たちが椅子に座って互いに談笑している。そんな彼らも俺たちが入室した途端こちらに気付き、「よう!」と声をかけてきてくれたのだった。
「おっす小森」
「ユニオンズ、カッコ良かったぞ!」
久しぶりの再会を喜ぶメンバーたち。俺も懐かしい顔との再会に「お久しぶりです!」と挨拶を交わす。
そんな俺たちを見下ろすように、一際でかいふたつの影がずんずんとこちらに迫る。
「小森ー、良く帰ってきたなー」
ひとりは金髪に筋肉ごつごつのボディビルダー顔負けのガタイ。そして何とも力の抜けてしまいそうな、ぬぼーっとした話し方が特徴の大男だった。
「またお前とラグビーができて嬉しいよ」
もうひとりは200cmを超える長身に、丸太のような四肢。周りの日本人選手たちとは体のつくりそのものが違った。
「クリストファー、サイモン、久しぶり!」
「おうー、久しぶりだなー」
そう、オークランドゼネラルハイスクールのひとつ年上の先輩クリストファー・モリスと、地区U15選抜で一緒に海外遠征にも参加したサイモン・ローゼベルトだ。ふたりともニュージーランド出身ではあるが、今となっては歴とした日本代表選手だ。
6年前、ニュージーランドのMitre10から日本のRリーグに移籍したふたりは、それぞれのチームで活躍を続けた。定住5年の条件もクリアしてからは日本代表にも呼ばれ、クリストファーはナンバーエイトとして、サイモンはロックとしてブレイブブロッサムズに欠かせない逸材に成長を遂げている。
特にクリストファーは前回大会で代表を引退したジェローン・ファン・ダイクと同じポジションということで注目度も高かった。ジェローンさんがいなくなった後のナンバーエイト候補は多数現れたものの、最終的にクリストファーが頭一つ抜けた強さを発揮して選出されたようだ。
サイモンも15歳の頃は身長不足に悩まされていたものの、現在では203cm108kgと中尾さんを上回る長身に変貌し、日本国内では並ぶ者がいない。このふたりに関してはワールドカップ出場はほぼ確実と見てよいだろう。
俺もまた彼らと同じチームでプレーできるのは心底楽しみだ。11年前のワールドツアーのメンバーがまた同じチームに入るなんて、どれほどの奇跡だろう。
「よう小森!」
感激してはにかむ俺の背後から、誰かが声をかける。南洋特有の浅黒い肌に、俺以上にがっしりとした巨体。日本の誇る右プロップが、ふふっときざっぽく微笑みながら手をあげていた。
「あ、テビタさ……いや、キャプテン」
「ははは、お前にそう言われるとなんだか寒イボが立って仕方ないな」
そしてキャプテンことテビタ・カペリさんはよく響く声で豪快に笑い飛ばしたのだった。
ジェローンさん引退後、キャプテンの役割を引き継いだのはなんとテビタさんだった。日本代表としては珍しいプロップからの就任に当初は驚きの声も寄せられたものの、現在ではすっかり定着し、トンガ出身のストイックな大男の主将がいなくては日本代表には締まりがない、とさえファンから評されるほどになっていた。




