第四十三章その6 無限の才能
後半が始まるや否や、俺たちユニオンズはエンジン全開で相手陣へと攻め入り続けた。
今日の試合、堅実にパスをつないでいてはこちらがジリ貧に追いやられてしまう。そのことを悟った15人は、オフロードパスにタッチキックと思い切ったプレーを多用するパープルバタフライズに対抗すべく、チップキックやゴロパンでとにかく縦方向に素早く切り込むラグビーを展開する。
俺たちのスピードにはさすがのパープルバタフライズも対応しきれないようで、ユニオンズは何度も相手守備ラインを突破してゴールを脅かした。
だが毎回、あと少しというところでフルバック西川君に追いつかれてしまう。彼の鋭いタックルを受けた選手は前進を止められ、その間に仲間のバックスが駆け寄ってボールを奪われてしまうのだ。また彼自身が自陣深くでボールを持った場合も、すぐさま持ち前のキックコントロールを発揮してセンターライン付近でタッチラインを割るように外へと大きく蹴り出してしまう。このダイレクトタッチで陣地を取り戻されてしまうといった展開が、何度も何度も繰り返されていた。
「あのフルバックは相当厄介だ、あいつとはひとりで勝負するな!」
ラインアウトのため移動する最中、ハミッシュが他のメンバーに怒鳴るように呼び掛けた。世界のスーパースターにここまで言わせるのだから、西川君の才能がどれほど飛び抜けているのか思い知らされる。
その後、ユニオンズが再び相手陣に攻め込んでいた時のことだ。
流れの中でボールを渡されたローレンス・リドリーが相手守備の綻びを見つけ、その薄くなったスペースに走り込んで防衛ラインを突破する。だが素早く反応したセンター秦亮二とフランカー秦進太郎の兄弟によるダブルタックルを喰らい、その205cmの身体が大きく傾いた。
「ローレンス!」
彼の後ろを追いかけ、走り込んでいた俺が声をあげる。追いついてモールを形成するにも、距離が足りない。
そしてローレンスの身体が芝に倒れ込むまさにその直前、彼は半ばやけくそといった具合で後方の地面めがけてボールを叩きつけるように落としたのだ。
もつれあって地面に伏せる3人。同時にぼよよんと高くバウンドする楕円球は、背丈よりもだいぶ高い位置まで跳ね上がって上昇を止めた後、なんと狙いすましたかのように駆け寄った俺の手元にすっぽりと落下してきたのだった。
超絶ラッキーなミラクルプレー。こんなオフロードパス、アリか!?
だが反則には当たらない以上、プレーは続行される。ボールをしっかりと抱え込んだ俺は足をさらに速め、起き上がろうとしている秦兄弟の脇をどすどすと駆け抜けたのだった。
もうゴールまでは10メートルを切っている。
このままいけるぞ、と懸命に走る俺の視界の端に、すさまじいスピードでとびかかる影が割り込んだ。ちらりと見えたその顔、相手フルバックの西川君だ!
ハミッシュが忠告したように、彼のプレーは何もかもがレベルが高い。自分よりもはるかに体格が上の相手が全速力で駆け込んできた時でも、単身のタックルで沈めている。
俺は走りながらもぐっと腰を落とした。直後、低く屈んだ西川君の強烈な一撃を腰に受ける。
本当に体重差が40キロもあるのだろうか。まるで重量級のロックやプロップのタックルを食らった時のように、骨の髄までへし折られたような衝撃が全身を駆け巡る。
同時に俺の視界もぐらりと傾いた。くそ、せっかくここまで来たのに……。
「太一!」
その時、俺の身体を背中から誰かが受け止めて支えた。ハミッシュが駆け付けてくれたのだ。
「まだだぞ、あとほんの少しだ!」
そして倒れんとしていた俺の身体をぐぐっと押し返し、俺を再び芝の上に立ち上がらせる。その間にも他の選手たちも集まり、相手ゴール目の前という絶好の位置でモールが形成されたのだった。俺は所持していたボールを後方に回し、キープを確実なものにする。
急いでモールに参加したユニオンズは相手に数で勝り、ぐいぐいと西川君たちを後退させる。パープルバタフライズのメンバーも急いで西川君の背中を支えるが、勢いに乗ったユニオンズの圧力には抗えなかった。
最後は耐え切れなくなった相手選手がばらばらに崩れて背中から地面に倒れ込み、その上を俺たちが勢いそのまま走り抜けて白線を越えたところでトライを決めたのだった。
ようやく巡ってきたトライ、コンバージョンゴールも決めてこれで10‐13だ。地元のファンも日本から来た応援団に負けまいと、ここぞとばかりに声をあげてユニオンズの得点を称賛する。
しかし後半25分、俺たちはまたしても苦境に立たされていた。先ほどのトライで差を詰められてからというもの、相手チームは堅実なフォワード勝負へと戦術を切り替えていたのだ。
石井君や中尾さんといった歴代日本代表でも最重量レベルの選手が揃うパープルバタフライズは、フォワードの繰り出すアタッキングラグビーにも定評がある。加えて日本伝統の地獄の合宿のおかげでスタミナも抜群なので、後半になるほど力を発揮する。
アタック、ラック、アタック、ラックの繰り返しにより、じりじりと自陣まで守備ラインを下げられるユニオンズ。しかも常にフォワード一本勝負というわけではなく時折フルバックやウイングにボールを回して守りの薄いサイドから突破を図るのが、守備をより困難なものにした。だがそれでもゴール前22メートルラインの位置でこの猛攻をしのぎ続けられているのは、メンバーたちの実力あってのものだろう。
そして30ほどフェーズを重ねたのではないか、もうどれくらい相手にボールをキープされているのかカウントするのも諦めた場面で、ラック後方の西川君にボールがパスされたのだった。
これは俊足でトライを狙ってくるのか!?
チーム全員がバックス攻撃に備え、守備ラインを形成する選手同士の間隔がふわっと広がる。
だが直後、西川君は思いがけないプレーに移ったのだった。受け止めたボールを前に突き出し、そのまま地面に落下させる。そしてボールが小さくバウンドしたところで……。
そう、ドロップゴールだ!
彼の逞しい右足から蹴り放たれた楕円球は、くるくると回転しながら俺たちの頭上を飛び越える。そしてゴールポストのクロスバーよりも10メートル近く上の高さを、そのまま横切っていったのだった。
「いよっしゃああああ!」
吼えるように西川君が歓喜の声をあげる。ずっと攻め続けながら得点を決められなかった仲間たちも駆け寄り、「西川、ナイスプレー!」と彼の判断とキック力を褒めたたえた。
一方の俺たちユニオンズは唖然と固まっていた。せっかく詰めた差が、またしても10‐16まで開いてしまった。これを覆すにはペナルティゴールを3本か、またもう一度トライを決めるしかない。
「あの西川っていうフルバック、オールブラックスにも欲しいくらいだよ。どうしてあいつは日本人なんだろうな?」
いつも強気なエリオット・パルマーの口からも、自嘲気味のジョークしか出てこなかった。それほどまでに今日の西川君は絶好調だった。
前の人生では野球で地元プロ球団で活躍していた西川君が、今度は日本ラグビーのスターに君臨している。彼のスポーツに関する才能の奥深さと懐の広さに、俺は改めて驚かされるばかりだった。




