第四十二章その2 日本の挑戦
2031年も終わりに近づいた12月のある日。
ランチタイムを過ぎたハルキの中華料理店にて、俺はただひとり壁にかけられたテレビにじっと目を向けていた。
「皆様、本日はお集まりいただきましてありがとうございます」
画面に映し出されていたのはラグビー協会の記者会見、そのネット中継の映像だった。元選手やスポーツ庁の役人ら日本ラグビー界の錚々たるメンバーが一堂に会し、ひとつの長机に並んでいる。
これほどの役員がそろうなんて滅多にない一大事。とんでもない不祥事か? 気になるところだが、会場の空気は深刻なものではない。
一呼吸置き、協会役員が話を続ける。その時、隣に座っていた役員が手に持っていた布をばっと広げる。
「一部ではすでに報じられているところでございますが、2033年シーズンより日本のクラブチームもスーパーラグビーに再び参戦することが正式に決定いたしました」
カメラのフラッシュで画面が点滅する。広げられたのは新たに発足するチームの、紫色を基調とした応援旗だった。
とうとうこの日が来たか。嬉しくて、俺は叫びたいのを我慢しながらもぐっと拳を振り上げる。
ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンの南半球強豪国にまたがるプロリーグ、それがスーパーラグビーだ。この世界最強リーグに、13年ぶりに日本のチームが参戦するというニュースは、日本のラグビーファンを狂うほど沸かせるには十分すぎた。
2020年を最後に脱退して以降、スーパーラグビーに再び日本のクラブチームを加入させたいという話は度々挙がっていた。しかし選手の負担が大きすぎる、戦力や興業収入で期待ができないといった理由でなかなか実現せず、前の人生でも結局スーパーラグビー参戦が叶うことはなかった。
しかし近年の日本代表チームの好成績を受けて、日本国内だけでなく他国でも日本チームの参戦を認めようといった声が高まり、此度の発表に至ったのだった。
「……ぃよっしゃあああ!」
叫ぶほど喜びたいのを耐えながら、声をひねり出す。以前から選手やファンの間でも噂になっていたのでなんとなくはわかっていたものの、やはり正式発表となると思いは格別だ。
「良かったな太一、日本もっともっと強くなれるぞ!」
厨房から顔を出したハルキも参戦のニュースに興奮気味だ。
これからは日本も選手の強化のため、普段から南半球各国の現役トップクラスの強敵たちと戦えるようになる。Rリーグとも開催時期がずれているので、うまく調整すれば両方を掛け持ちすることも可能だ。
高いレベルやサラリーを求めて海外のクラブに在籍している選手にとっても代表合宿への参加が困難になっていたが、同じチームで活動できればその点も心配も不要だ。例としてアルゼンチンのアーミーズもリカルド・カルバハルはじめメンバーのほとんどがアルゼンチン代表選手で占められており、実質的にアルゼンチン代表チームと同じものとしてみなされている。
「チーム名はパープルバタフライズ。日本を象徴する蝶であり、飛翔力の強いオオムラサキをモチーフにしています」
応答する役員が、ジャージを広げながら解説する。チームカラーは青紫で、なんだかキキョウの花にも似ている。そこに翅を広げた蝶の絵柄が、パープルバタフライズのエンブレムだった。
「オオムラサキって、あのチョウチョの? あんまし強そうじゃないなぁ」
ぼそっと本音が漏れ出る。どうせならもっと強そうな名前にすればいいのに。
だがそんな俺の呟きを聞き漏らさなかったハルキは、そのぎょろっとした目玉でぎろりと俺をにらみつけたのだった。
「お前、オオムラサキ舐めんじゃねえぞ。はばたいて翅を打ち付けるだけで、樹液を吸いに来たカブトムシやスズメバチも追い返すんだぞ!?」
「マジで?」
めちゃ強いじゃん、オオムラサキ。てかハルキよ、勉強はできなかったのに昆虫にはやけに詳しいんだな、おい。
メンバーについては参戦までの1年ちょっとの間に集めていくらしい。2035年のワールドカップでより結束できるよう、期待の若手選手に声がかけられていきそうだ。
「太一はオファー来たらどうするよ?」
「うーん、おいしい話だけど断るかな。実は2032年から2034年シーズンまでユニオンズとは複数年契約結んでるから。期間満了までは離れられないよ」
俺は苦笑を浮かべる。契約を途中で反故にすれば、目ん玉飛び出るくらいの違約金払うことになるからな。貧乏性の俺にそんな勇気は無いよ。
「それにしても……」
俺はテレビから目を離し、ぼうっと天井を見上げた。
ワールドカップで決勝トーナメント1勝、そしてスーパーラグビーへの再参戦。いずれも前の人生では叶わなかった夢だ。
だが幼少の俺がラグビーを始めた結果、日本のラグビーの歴史はここまで変わってしまった。自分はただ目の前の勝利のために我武者羅に頑張ってきただけだったのに、それがどれだけの影響を及ぼしてきたのかをようやく突き付けられた気分だ。
「おい太一、感極まって涙出てんぞ」
ハルキがそっとおしぼりを机の上に置く。俺は「え?」と慌てて目に人差し指をあてると、たしかに指先が濡れていた。
「ラグビーばっかやってきたお前にとっちゃ朗報も朗報だもんな。お前みたいなラグビー馬鹿の幼馴染やれて、俺も鼻が高いぜ」
けっけっけと下品に笑うハルキ。だがそんな元クラス1番のお調子者の姿を見ていると、自分が周りの人々とチャンスとにいかに恵まれていたかを実感し、言い返しもせずふっと微笑みが浮かんできたのだった。
「俺もそう思ってるよ、お前の幼馴染で良かったよ。ありがとな、ハルキ」
予想外の返答に困惑したのか、ハルキはきょとんと眼を丸める。そして「何だよ気持ち悪ぃデブだな。鳥肌立ってきたぞ」と悪態をつきながら、俺の手元の空っぽになったコップに水を注いだのだった。
これにて第七部は終了します。ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございました。
初めてのワールドカップはベスト8で終わりましたが、太一たちの挑戦はまだまだ続きます。
勤務形態が変わったので平日の更新頻度やがやや落ちると思いますが、今後とも更新を続けて参りますので、どうかこれからもお楽しみください。




