表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
207/276

第三十九章その3 VSワラビーズ!

 4万人が詰め込まれた札幌ドームは屋内だけあって歓声が反響し、まるでその倍以上の大観衆が押し掛けているようだった。


 日本代表ブレイブブロッサムズとオーストラリア代表ワラビーズ両軍がコートに並び、互いに国歌を斉唱する。


「太一、負けないぞ!」


 握手を交わす際のこと、成長したスティーブン・ニルソンが不敵な笑いとともに強く俺の手を握り返す。初対面の時から177cmあった彼だが、今は186cm93kgとさらに大きくなっている。


「そりゃこっちのセリフだ」


 7年ぶりの再会とは思えない憎まれ口。スティーブンは輝くような白い歯を見せて笑顔を浮かべると、こちらも同じ顔で返してやった。


 試合は日本のキックオフで始まる。


 受け取ったのは相手ロック、身長200cmを超える屈強な選手だ。


 そこにまっすぐ突っ込んで、いきなりプレッシャーをかけるのは日本の猛獣フランカー進太郎さん。自分よりも10cm以上身長の高い相手を一撃で押し倒すが、ボールはラックから別の選手へと回されてしまった。


 相手スクラムハーフから放たれたボールはオーストラリア陣奥のフルバックまで回される。そしてフルバックはボールを足元に落とすと、すぐさま力強く蹴りを入れたのだった。


 俺たちのはるか頭上を悠々と飛び越えるボールは、センターラインを越えて日本陣22メートルライン手前で落下する。日本代表ウイングが走り込んで不規則に跳ねる楕円球を拾い上げるが、その頃にはオーストラリア代表選手たちがタックルを喰らわさんと全速力で駆け上がっていた。一方の日本の選手たちはやや出遅れている。


 この人数は対処しきれないと判断したのか、ウイングはキャッチしたばかりのボールをタッチラインめがけてパントキックで蹴り上げる。飛び上がったボールはセンターライン付近のタッチライン際でワンバウンドすると、そのままコートの外まで転がり出てしまった。


 これで試合はボールがタッチを割った位置から、ラインアウトでの再開となる。投入はオーストラリア代表になるが、いきなりの失点は脱することができた。


 その後、ボールを確保したオーストラリアは的確かつ素早いパス回しで日本陣内までじりじりと攻め込む。俺たちは守備ラインを形成して、その猛攻をしのぎ続けていた。


 何フェーズも幾度となく相手の身体を受け止めるのは非常に辛い。だが相手側も決まりそうでなかなか決められず、いらいらを募らせていた。攻撃がどんどん粗くワンパターンなっていくので、受け止めるこちら側も対処が容易になる。


 そしてとうとう20フェーズを数えたあたりだろうか。これまでフォワード中心にボールを回して連続攻撃を仕掛けていたのがワラビーズのスクラムハーフだが、この時は作戦を変更してちょうどゴールポストの真ん前に立つ選手にパスを送ったのだった。その相手は、センターのスティーブン・ニルソンだった。


 まさか!?


 気付いた頃にはスティーブンは足元にボールを落とし、そして足を大きく振り上げていた。


 ドロップキックだ。地面で軽く跳ね返った楕円球に、スパイクの甲の部分がぶち込まれる!


 きりもみ回転しながら高く打ち上がる楕円球。まるでキッカーが本職でないかと思えるほどの正確なコースで、ボールは2本の柱の間を通り抜けてしまったのだった。


「ドロップゴール!」


 レフェリーのコールに会場は沸き上がる。さすがはワラビーズ、世界を魅了するスーパープレーに日本応援団も盛大な拍手を贈っていた。


「くそ、もっと警戒していたら」


 大歓声の中、先制点を奪われた俺たち日本代表はゴールポストの下で悔しさに苛まれていた。


 これまでの試合を振り返ってみても、スティーブンがドロップゴールを仕掛けたことは一度も無かった。そもそもドロップゴール自体が外すリスクの高いプレーだ、アルゼンチンのリカルド・カルバハルのようなよほど自信のある選手でもない限り、前半の時間に余裕のある段階で積極的に使っていく類の作戦ではない。


「いやみんな、これでいい」


 だが選手たちが肩を落とす中、キャプテンのジェローンさんは堂々と胸を張りながら強く言い放っていた。


「相手はドロップゴールで先制点を決めたんじゃない、ドロップゴールを選択するしかなかったんだ。トライを取れると見込んで攻撃を続けたが、日本の守備が思ったよりも堅かったのでトライは無理だと諦めたからこそ飛び出たプレーなんだよ。こんなこと、今までのオーストラリアなら絶対にしてこなかった。それだけ俺たちが強くなったと思え!」


「確かにオーストラリアのパス回しは厄介だ。今はなんとか食らいついているが、ああも展開が早いと対応しきれない」


 キャプテンの力強い声に、地面に座り込んでいた右プロップのテビタさんもゆっくり立ち上がる。


「だがフォワード勝負なら勝てる。俺たちには血反吐出すほど鍛えたスクラムと、80分間走り続けられるスタミナがある!」




 その後、試合はオーストラリアやや優勢ながら両軍ともにトライを決めることはできなかった。代わりに1本ずつペナルティゴールを決め、前半終了時点でスコアは3-6。格下の日本も1トライで逆転可能な範囲に抑えられていた。


 そして後半20分のことだった。


 日本陣内までボールを抱えて走り込んできた相手選手に、進太郎さんがタックルを決める。だがすぐに他の選手も加勢して、オーストラリアボールでのモールが形成された。


 日本のフォワードは俺や石井君、キャプテンも密集に参加し、ここから先は一歩も進ませるものかと力を振り絞る。


「せーのっで!」


 スクラムの司令塔である石井君の掛け声に合わせ、俺たちはタイミングを合わせて力を前に送る。その急激なプレッシャーの変化に耐えられなかったのか、オーストラリアの選手ひとりの足がもつれると、そこを起点にオーストラリアの密集が瓦解してしまったのだった。


「コラプシング!」


 俺たちは「いよっしゃあああ!」と雄たけびをあげる。観客も今日一番の拍手で反則を誘った俺たちのプレーを称賛した。


 一方、点数でリードしているはずのオーストラリア陣営では、選手たちはまるで血の気が引いたように顔を青ざめさせていた。まさか日本に押し負けるなんて、これっぽっちも考えたことが無かったようだ。


 彼らのそんな顔を見て、俺はぐっと拳に力を込めた。今なら勝てるぞ!


 反則があった位置からのペナルティキックにより、日本は相手ゴールのおよそ10メートル手前という絶好の位置でラインアウトを獲得する。


 この良いムードを壊すまいと、選手たちは早足でボールの出た位置まで移動し、すぐさまラインを形成する。得点を願う観客の声援も後押しになり、俺たちは後半のこの時間にもかかわらず身体の疲労はまるで感じていなかった。


「いくで!」


 フッカーの石井君の素早いスローイン。それに反応したロックの中尾さんは、高く跳び上がってキャッチした。


 当然ながら相対するオーストラリア選手は、ボールを奪い返さんとすぐさま中尾さんにつかみかかる。だがここまでは大方の予想通り、ラインに参加していたフォワードはたちまち全員が群がり、中尾さんを先頭に再びモールを形成したのだった。


 必死で踏ん張るオーストラリア。だが念願のトライを目の前にした日本代表は全員が目に炎を宿しており、普段の120%以上の力を発揮していた。


「もっと、もっといける!」


 最後方でボールを確保しながら前の選手の背中を押すスクラムハーフ和久田君が、仲間たちにエールを送る。そんな彼の思いを受け止めて、俺たちは黄色のシャツのワラビーズをじりじりと押し込み始めたのだった。


 ゴールまで8メートル、6メートル……5メートルを切った!


 そこでとうとういけると確信したのか、和久田君は密集からばっと飛び出した。忍者にも例えられる彼のすばしっこい動きはこのような混戦でも大いに力を発揮した。加えて179cmというスクラムハーフとしては大きな身体も、ここぞという場面では肉体ごと相手にぶつかっていけるだけの突破力を秘めている。


「待て!」


 ゴールまであと少しというところで、スティーブン・ニルソンが和久田君めがけて飛び掛かる。まるでこの後どう動くかを予測していたように的確にタックルを決め、和久田君の腰に腕を絡めていた。


 だがそんな強烈なタックルでも、すでにスピードに乗っていた和久田君を止めるまでには至らなかった。和久田君はタックルを受けてふらつきながらも2歩だけ前進し、前のめりに倒れ込む。その際、まっすぐに伸ばした腕の先で、楕円球は白線の上にしっかりとグラウンディングされていた。


「やったぞみんな!」


「いよっしゃあ!」


 本日最初のトライを決め、俺たちは抱き合って喜びを分かち合った。


 日本が超強豪オーストラリア相手に8-6で逆転する。この衝撃の展開を目の前で見せられ、札幌ドームは大喝采に揺れた。それこそ天井がいつか落ちてくるじゃないかと思うほどに。


 その後さらにタッチライン付近という難しい角度ながらコンバージョンゴールも決め、俺たちは10-6とさらに差を広げる。


 わずか1トライで返されるほどの小さな差だ。しかし日本がこの20年足らずの間に世界のラグビー界を脅かす存在にまで成長したとを証明するには十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ