第三十八章その2 コートの上に実際に立った感想
「なんだ、小森も休日か」
俺と南さんはアルゼンチンメンバーの集う海の家に誘われ、そこでかき氷を食べていた。そんな俺たちと向かい合う形で、リカルドらアーミーズのメンバーが座る。
「うん、そうなんだ。アルゼンチンのみんなも仲良いんだね」
「そりゃオフなんだからパーっと遊ばねえと。試合は試合、遊びは遊びだ」
そう脳天気に言ってのけるリカルド。多少酒が入っているのか、つい数年前のU20大会の頃とはえらい違いだな。
昨夜日本に到着したアルゼンチン代表ロス・プーマスだが、この日は移動の疲れを取るためにオフになっているらしい。横浜市からも近い三浦市のホテルと練習場を借りているそうで、せっかくだからとチーム全員で海に遊びに来たそうだ。
「それに俺たち、メンバーの半分以上は同じアーミーズだからな。シーズン中とあんまし変わらないよ」
ビールをがぶ飲みしていた他の選手も陽気に話す。
世界的な強豪であるアルゼンチンだが、アルゼンチンは国内にプロリーグを持っていない。これはティア1の国としてはかなり珍しい。
そんな中で唯一のプロクラブが、ブエノスアイレスに本拠地を置くスーパーラグビーのアーミーズだ。アルゼンチンの数少ないプロチーム、それも世界を股にかけたスーパーラグビーに参加できるとあって、国内の有力選手は必然的にここに集まる。そのためアルゼンチンのフル代表は、アーミーズの面々にヨーロッパで戦う少数が加わったような顔ぶれになる。
つまり国際大会でもよく知ったメンバーが結集するために、他国よりも卓越したチームワークを発揮することができるのが彼らの強みだ。長期間かけて培った結束は、生半可なものではない。
「ワールドカップもこのメンバーで?」
「たぶんほとんど変わらん。今回はプール戦の組み合わせも恵まれているから、ベスト4以上を狙ってるぜ」
アルゼンチンと同組の強敵はウェールズやスコットランドで、彼らの実力なら1位での突破も十分有り得る。プール戦1位のチームはいきなりベスト8のシードに組み込まれるので、連戦を有利に進められる。
ちなみに俺が覚えている限り、前の人生において2031年大会で優勝したチームはオーストラリアだった。具体的なスコアは忘れたが、決勝戦でニュージーランドを激闘の末に下したのをテレビで見ていた。
一方の日本はプール戦3勝2敗の3位で決勝トーナメントに進出したものの、1回戦のイングランドになすすべなく敗れ2大会連続のベスト12で終わったと記憶している。アルゼンチンは……どうだったかな?
リカルドと話しながらかつての記憶をたどっている時のことだった。
「これまで戦ったチームはどんな感じでした?」
流れに乗っかって、南さんがアルゼンチン代表選手らの顔を覗き込むようにして尋ねた。
その可愛らしさに選手たちは気をよくしたのか、「そうだなー」とノリノリで返す。
「オーストラリアはヤバかったぞ。特にスティーブン・ニルソンってセンターが」
「スティーブン?」
その名前に反応して、俺のかき氷を掬う手がピタリと止まる。
スティーブン・ニルソン。かつてオークランドU15選抜でワールドツアーに出た時に戦った、ニューサウスウェールズ州選抜メンバーのひとりだ。
彼も現在オーストラリアのスーパーラグビークラブに所属しているが、スタメンの関係で俺とコートの上で戦ったことはまだ無い。
「あいつはフランカー並みに身体が強い上に、足も速いしキックもできる。状況に応じてフォワードにもバックスにもなれる器用なヤツだよ」
「それと南アフリカも、やっぱりアホみたいに強かった」
他の選手がさらに割り込む。彼らのあまりにもあっけらかんとした様子に、俺は「やっぱりか」と呟いてしまった。
南アフリカは現在世界ランキング2位だが、フィジカルの強さは世界最強とも評されている。過去100年以上の歴史においてニュージーランド以外のすべての国に勝ち越している超強豪だ。
日本が南アフリカに勝てたのは、2015年のワールドカップの1度のみ。アルゼンチンですら10回戦って1回勝てるかどうかといった強さだ。
「あそこのロックがとんでもねえんだ、身長210㎝はあったぞ。NBAにいてもおかしくない」
「ウイングもヤバかった。ウサイン・ボルトがボール持って走ってるかと思ったぞ」
「何それ怖い」
俺はつい震え上がる。テレビの映像だけではわからない、実際にコートに立って対峙した者だからこその実感だろう。
その後、どういうわけかジャパニーズ・スモウのルールをアルゼンチン代表選手たちに教えると、即席で市民海水浴場場所が開催された。砂の上は踏ん張りが利きにくいので足腰のトレーニングに最適ながら転んでも安全で、おまけに相撲の動きがタックルの練習にちょうど良いとフォワードには大好評だった。
その別れ際、リカルドが「次の試合ではお前らをぶっ潰す!」と言ってきたので、俺は「返り討ちにしてやる!」と受けて立っておいた。
帰り道、夕日に染まる海岸道路を、俺と南さんを乗せた車が走り抜ける。海岸のサーファーたちも夏の波を満喫したのか、あちこちでボードを抱えて各々の車に運んでいた。
「ごめん、今日はとんだ邪魔を呼び込んじゃって」
「いいんだよ、私も楽しかったし」
にししと笑う南さん。公とも私ともつかない俺の一面を見られて、今さらになってなんだか恥ずかしくなってきた。
「それよりも太一が他のプレーヤー、しかもこれから戦う敵とも仲良くしてるとこ見て、私安心した。太一が世界で活躍できてる理由、見ただけでわかったよ」
「ありがとう、南さん」
「うん、だからちゃんと勝ってね! アルゼンチン戦、見に行くから!」
そして週末、ついにアルゼンチン戦当日。
試合会場の日産スタジアムには7万人を超える観客が押し寄せていた。夏休みも入ったばかりのゴールデンタイムとあって、テレビ視聴率も25%は堅いだろう。
「この試合は絶対に勝たないと、後がない」
試合前、日本代表がロッカールームで円陣を作る中、キャプテンのジェローンさんが粛々と言う。選手たちはぐっと口を硬く閉ざし、その声に聞き入っていた。
3位以上を目指す俺たちにとって、残る試合で最も勝ちが見込めるのはこの試合だ。ここを落とすと目標実現はまず不可能だ。スプリングボクスとワラビーズに連勝するとか、まだポーカーでロイヤルストレートフラッシュを狙う方が可能性がある。
だからこそ、この一戦にかける意気込みは大きい。
「お前ら、絶対に勝つぞ!」
「おお!」




