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第三十七章その1 ワールドカップを目指して

「日本を熱くするスポーツバラエティ『ドリームスタジアム』、今日はラグビーワールドカップ特集です」


 テレビ画面にでっかいタイトルロゴがどーんと表示され、フェードアウトしたところで司会者のお笑いタレントが威勢よく話し出す。


「今日はゲストもお招きしています。ラグビー日本代表の皆さん!」


「こんにちは」


 スタジオのカメラが切り替わる。画面に映し出されたのは、ひな壇に並ぶ桜のジャージの男たちだ。


 にこやかに応じるのはキャプテンのジェローンさんに進太郎さん、中尾さん、そして……ガッチガチに緊張した面持ちの俺だった。


「はい、太一君映りましたぁー!」


 途端、コックコート姿のハルキの声が中華料理屋に響く。同時に店内を埋め尽くしていたお客さんが一斉に拍手を巻き起こした。


「やめろって恥ずかしい」


 そんな大喝采に囲まれながら、俺は頭を抱えて机に突っ伏していた。


「おいおい、地上波出るのももう3回目だろ? 何不貞腐れてんだよ」


 ハルキがにたにたといやらしい笑い顔を近づける。中華街の老舗料理店で修業を終えて一皮むけて帰ってきたと思ったのに、やっぱり何も変わってないヤツだ。


 2031年7月のはじめ、21歳になった俺は2度目のスーパーラグビーシーズンを終え、またも日本に一時帰国していた。


 今年はワールドカップイヤーということで代表候補である俺はすでに何度も日本に呼ばれ、暇さえあれば短期間の合宿を繰り返していた。もう日本とニュージーランドを何往復しているのか、数えることすらやめている。


「日本代表の武器は強靭なスクラムです。このメンバーならオールブラックスにもスプリングボクスにも負けない自信があります」


 テレビの中の俺がドヤ顔で話す。撮影中は何とも思っていなかったが、後で見返すと死ぬほど恥ずかしいな。


「小森、勝ってきてくれよ!」


「期待してるからな、ワールドカップ!」


「もう初戦のチケット買っちまったんだよぉ、勝ってくれないと俺泣くぞー」


 だが金沢スクール時代の友人や常連客のおじさんから直接声をかけてもらうと、そんな羞恥心などどうでもいっかと思えるくらいに嬉しくなるものだ。俺は顔を上げ、ひとりひとりに「はい、頑張ります!」と威勢よく返した。




 番組が終わり、俺はハルキの店を出る。時間は夕方6時過ぎだ。


 さすが金曜日だけあって、駅前の飲み屋さんの前には仕事終わりのサラリーマンや大学生くらいの若者たちが空席ができるのを待ちながら並んでいた。


「太一!」


 その時、背後から声をかけられたので振り返る。そこに立っていたのは、白シャツに紺色のフレアスカートと、すっかり夏ファッションの南さんだった。


「やあ!」


 大学3回生になってさらに美人になった南さんに、俺は足取り軽く駆け寄った。


 あっちこっち動き回って日本にいる間もなかなか時間の作れないのが今の俺だが、何かと暇を見つけては頻繁に彼女と会うようにしている。


 今の俺にとって、南さんの存在は何物にも代えがたいほど大きい。しんどい遠征の最中でも、半日でも彼女と一緒にいられれば疲れもすべて吹き飛んでしまう。


「じゃ、いこっか」


「うん」


 もうこんな人通りの多い場所にいる必要はない。俺と彼女は並んで歩き始めた。


 目指すは店の近くにある有料駐車場、俺はそこに親父から借りたアルファードを止めている。デブにも優しいビッグサイズの車種だ。


「今日はどこ連れてってくれるの?」


「うん、みなとみらいのホテルだよ。パリで修業したシェフがいるフレンチレストランなんだって。ミシェランでも3つ星取ってる」


 本番はこれから、待ちに待った南さんとのディナーだ。


 俺たちの住む地区は横浜市の端っこで、もう少し歩けば横須賀市という位置にある。横浜の中心街までは車でも30分ほどかかるので、その間に腹も空くだろう。ハルキの店のサンマーメンなんて、俺にとっては間食にすらならない。


 いやいや、それにしても日本とニュージーランド両国で運転免許取って正解だったよ。電車の運行状況を気にせず、好きな時間に好きなように移動できるからね!


「ワールドカップ前にこんなことしてて、なんだか悪いね」


「いいんだよ、まだ2か月あるし。こうしないと俺、ストレスで激痩せしちゃう」


 そう楽し気に会話を弾ませながら、俺たちは大通りから一本入った路地へと向かった。


 9月上旬から始まるワールドカップ2031アイルランド大会。その出場国とプール戦の組み合わせは、以下のようになっていた。


ラグビーワールドカップ2031大会プール分け(カッコ内は現時点での世界ランキング順位)


プールA

アイルランド(7,開催国) ニュージーランド(1) イタリア(12) トンガ(16) カナダ(17) 香港(23)

プールB

ウェールズ(5) アルゼンチン(9) スコットランド(10) サモア(15) ルーマニア(19) ナミビア(20)

プールC

イングランド(3) オーストラリア(4) ジョージア(13) アメリカ(14) ロシア(22) ドイツ(26)

プールD

南アフリカ(2) フランス(6) 日本(8) フィジー(11) ウルグアイ(18) スペイン(24)


 日本はプールD。頭一つ抜けている南アフリカの1位抜けは堅いとして、2位、3位の予想は非常に難しいグループだ。


 フランスと日本は実力としては五分五分といったところだが、現状のランキングではフランスの方が上だ。そもそもフランスは試合ごとの好不調の波が激しく、ニュージーランドさえ倒してしまう時もあれば、格下にあっさりと敗れてしまう時もある。実際に戦ってみるまで、勝敗の予想はまったくできない。


 またフィジーもここ数年は日本の方が大きく勝ち越しているものの、実力の差はそこまでない。気を抜けば思わぬ痛手を見る相手だ。日本が勝利を重ねて2位でプール戦を突破するかに、はたまたあっけなく敗退してしまうかは判断の難しいところだ。


 だが今考えるべきはそこではない。ワールドカップよりも先に、俺はひとつの関門を乗り越えねばならないのだ。


 現在、日本代表候補として合宿に参加しているのは45名。しかしワールドカップの代表メンバーとして登録できるのは31人。プロップは多くて5名ほどになる。


 それが決定するのは8月の中旬。ここに選ばれなくてはそもそもワールドカップに出場できないのだ。ワールドカップメンバーに選ばれるには、まずは日本代表候補同士の椅子取りゲームに勝ち残らくてはならない。


 では、これからどうやって代表メンバーが絞られるのか?


 実はもうひとつ、日本代表には南半球6か国対抗戦という大きなイベントが控えている。


 かつてニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンの南半球強豪4か国で開催されていたザ・ラグビーチャンピオンシップに、2024年から日本とフィジーを加えて6か国で総当たり戦を行うようになったのがこの大会だ。


 今年は7月から8月にかけて開催され、その後9月にアイルランドでワールドカップ開催となる。なかなかのハードスケジュールだが、どの国もワールドカップの前哨戦として対抗戦にかける意気込みは熱い。


「去年と同じにはなりたくない」


 そんな対抗戦のことを思い出してしまった俺は、駐車場に止めた車のドアを開ける際につい呟いてしまった。


 昨年の日本代表はフィジー以外すべてに敗れ、不覚にも1勝4敗の5位で終わってしまっていた。おまけにアルゼンチンに対しては最後の最後に逆転されての敗北だ。この時出場していた俺は悔しくて悔しくて、何度もコートの芝をこぶしで殴りつけていた。


 今年はフィジーとアルゼンチンを倒し、最強3か国からも1勝を挙げて3位以内に入りたい。この大会でしっかりと活躍できれば、ワールドカップメンバーにも文句なしで選ばれるだろう。


「大丈夫だよ、太一なら!」


 そんな俺の心情を察してか、南さんがにこりと微笑みかける。夏のこの時間、まだ太陽が西の空で顔を出してくれているおかげで、彼女の立ち姿は夕焼けに染まっていた。


「ありがとう」


 俺は南さんを助手席に座らせ、やがて自分も運転席に腰を下ろす。そしてシートベルトをくくりつけ、エンジンをかけた。


「太一、実はね……」


 発進しようとハンドルを握ったその時だった。助手席に座った南さんが俯き加減に言うので、俺は左右を確認しながら「うん?」と返す。


「今日ね、外泊の許可もらってるの」


「ふんふん……どぇ!?」


 あ、あっぶねー! 思わずアクセル全開で踏み込んじまうところだったぞ!


 俺は口を開いたまま、唖然とした顔を南さんに向ける。顔を上げた彼女は、いたずらっぽく笑っていた。


「だから今日はずっといっしょにいようよ!」


「あ、うん」


 しどろもどろに返事をしながら、俺は慎重に車を発進させる。そしていつもよりだいぶ神経を尖らせながらも、車の流れが途切れぬ国道16号線に無事に合流したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] た、太一が大人の階段を登る時が…
[良い点] 当時小学生だった子達がこんな話をするようになるとはなんか感慨深い
[一言] ワールドカップは国のメンツがかかってますからどこも必死ですよねね。 でも頑張って欲しいものです。
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