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第三十六章その1 勝ってからが本番だ

 日本が初めてアウェーでウェールズに勝利した。この出来事が世界のラグビー関係者に衝撃を与えるまで、時間はさほどかからなかった。


「作戦がうまく機能しました。ウェールズの猛攻をしのぎ続けて連携を成功させた選手たちを、私は誇りに思います」


 試合後の記者会見で、ケイン・アルバート日本代表ヘッドコーチがほくほく笑顔で答える。就任から2年弱、初めて歴史を作ったと言える功績を残せたことに対する喜びにマイクを持つ手も震えていた。


 会見場には大勢の報道関係者が詰めかける。地元英国の新聞社やテレビ局はもちろん、日本やフランス、ニュージーランドに南アフリカとウインドウマンスの取材に訪れたラグビー強豪国の記者も多数見られた。


「では質問のある方、挙手をどうぞ」


 司会進行が質問を求めると、ひとりの女性記者が「はい」と真っ先に手を挙げる。なんと、帝王スポーツの山倉さんだった。


 どうやら先週のイングランド戦で日本代表の戦いぶりが良かったのを見て、駐在先のニュージーランドから飛んできたらしい。ちょうどウインドウマンスでニュージーランド国内の主力選手の多くが海外に出払っている事情もあったのだろう、是非とも自分が取材したいと上司に頼み込んで、彼女は急遽英国への渡航を許されたそうだ。


「小森さん、トライ直前のキックパスですが、あの時どのようなことを考えていらっしゃいましたか?」


 山倉さんは眼鏡に光を反射させながら尋ねる。マイクを回された俺は、「えっとですね」とはにかみながら口を開いた。


「もうキック決めなきゃってことに必死で、失敗したらどうしようなんて考える暇もありませんでした。なので今さらになって、あそこでもし蹴り飛ばしすぎていたらヤバかったなって震えています」


 直後、記者たちから笑い声が上がる。




 11月の欧州遠征も次で最終戦。ウェールズ戦の翌日、日本代表は最後の戦地に赴くべくカーディフ空港へと向かった。


 目的地はアイルランドの首都ダブリン。グレートブリテン島からアイリッシュ海を越え、アイルランド島へ上陸する。


 そして手荷物検査を済ませた後のターミナル。搭乗時間まではまだ余裕があるので、俺たちは搭乗ゲート付近のベンチに座って時間を潰していた。


「ああ、A390が着陸してる! 日本じゃまだ持ってる会社が無い、最新の機体だ!」


「お前、本当に乗り物好きだな」


 滑走路を見渡せる大きなガラス壁に張り付いて子供のようにはしゃぐ和久田君。その人目をはばからない様子には、さすがの中尾さんも呆れていた。


「おい、スポーツニュースやってるぜ! 昨日の試合!」


 その時、備え付けのテレビを眺めていた選手のひとりが声をあげた。つられて俺含め暇していた数人が「どれどれ?」と目を向ける。

 

 大きなテレビ画面に映っていたのは、激しく体をぶつけ合う赤のシャツのウェールズ代表と、青と紺の縞模様の日本代表。赤毛のフィリップ・ヒューズが難しい位置からでも落ち着いてペナルティキックを蹴り込む姿は、ベテランならではの安心感を見る者に与える。


 そして後半、日本ボールのラインアウトから俺のキックがつながり、ウイングがトライを決める。


 うーん、流れるようなこのプレー、何度見返しても気分が良いものだな。


 そして映像が切り替わり、試合後の記者会見に応じるウェールズ代表の姿が映し出された。まさかの敗戦に相当なショックを受けたのだろう、どの選手たちも今は口を開きたくないといった表情だった。


「たしかに今回の私たちはサブ中心のメンバーだった。だが敗北は敗北だ、ランキングポイントは公平に加減される」


 だが他のメンバーが消沈する中、フィリップ・ヒューズは激しいフラッシュを浴びながらも丁寧に答えていた。


「結局は日本代表が私たちの実力を上回っただけだ。次の南アフリカ戦、私たちは持てる力のすべてを出し尽くす」


 そして強く口にしたところで、画面はスタジオのカメラに戻される。キャスターとゲストが昨日の試合について、あれこれとコメントを繰り広げていた。


「もしウェールズが次も負けたら、ランキングがた落ちだろうな」


 スタジオのやり取りを聞きながら、俺は自分の膝に肘を当てて頬杖をついた。


 実はこの欧州遠征第2戦の結果により、世界ランキングに変動があったのだ。


世界ランキングTOP10(2029年11月第2戦終了時点。カッコ内は10月の順位)

1.ニュージーランド(1)

2.南アフリカ(2)

3.オーストラリア(5)

4.イングランド(3)

5.アイルランド(6)

6.ウェールズ(4)

7.日本(10)

8.アルゼンチン(7)

9.フランス(9)

10.スコットランド(8)


 ランキングポイントで大きく優るウェールズを打倒したことにより、なんと日本は10位から7位まで順位をぐんと高めたのだ。これは日本ラグビーが最も勢いづいていた2023年以来の高順位だという。


 ラグビーのランキング算出方法はそれぞれの国が所持するポイントに基づいており、対戦国同士でそのポイントを奪い合うことになる。計算方法については割愛するが、ランキングポイントの差があるチーム同士が戦って、格下が格上を倒した場合はポイントも大きく変動し、一方で格上が格下を倒してもほとんど変動しないのが特徴だ。


 日本が大きくポイントを稼いだ反面、敗れたウェールズは同じ量のポイントをごっそり失っている。順位も4位から6位まで下落し、次の結果次第では日本がウェールズを追い越すこともあり得る。


 もし本当にそうなったら……世界の強豪国を次々と打ち倒す自分の姿を思い描きながら、俺はついにやっと笑ってしまった。


「お前らテストマッチで1回勝てたからって油断するなよ。もしこれがワールドカップだったら、こうはならんからな」


 そんな俺の邪念を感じ取ったのか、いつの間にやらすぐ近くで立ったままテレビを見ていたキャプテンのジェローンさんが強く言い放つ。


「俺たちは昨日の試合で日本が強くなったことを世界に証明した。だがそれは同時にホームだろうとアウェーだろうと、これから日本代表を相手にするチームは100%本気のメンバーでぶつかってくるってことだ」


 キャプテンの言葉に、周りの日本代表選手たちはしんと静まり返っていた。


 勝利の余韻で忘れてしまいそうだが、俺たちが勝ったのは若手主体のメンバー。それでギリギリ辛勝できた程度なのだから、最強メンバーをぶつけられれば勝てる可能性はがくんと落ちるだろう。


「俺たちはようやくティア1と対等の土俵に立てるようになったに過ぎない。次のアイルランド戦、今日以上の激戦になるぞ」


 そう言うとジェローンさんは俺の隣の空いていたベンチにどかっと腰掛け、再びテレビ画面にじっと目を向けたのだった。


「日本代表では、どの選手が印象に残っていますか?」


 ちょうど画面の中ではキャスターがゲストに質問を投げかけていた。


 そしてアップでゲストの男性が映されたときだった。キャプテンは「あ、このゲスト!」と驚いたように漏らしたのだ。


「ご存知なのですか?」


「ああ、元ウェールズ代表の選手だよ。今はどこかのクラブでコーチしてるって聞いたことある。すっごい強かったんだぞ、現役時代」


 話すキャプテンは嬉しそうだ。子供の頃、彼のプレーを見て憧れを抱いていたのだろうか。


 質問された元ラガーマンの男性は、眉間にしわを寄せて腕を組む。


「どの選手も大変印象深かったですが、強いてひとり挙げるというなら……プロップの小森君」


 瞬間、他の選手たちがババッと俺に顔を向けた。しかも全員が全員、異様なプレッシャーを与える真顔だったので俺は「え!?」と恐怖にも似た感情に震えあがってしまった。


「130kg台の体重はもちろん、キックを活かせるプロップというのは世界でも唯一無二だろう。彼が将来バーバリアンズに選ばれても、私はちっとも驚かないよ」


「え、バーバリアン……ぐえ!」


「小森、やったな!」


 突如、キャプテンが俺の肩に腕を回して強く引き寄せた。同時に他の選手からも拍手が上がる。


「お前の実力は世界でも認められたな!」


「最高の誉め言葉だよ、あれ!」


「羨ましいぜこのクソ野郎!」


 口々に手向けられる称賛に、キャプテンに締め上げられながらも俺は「あ、ありがとうございます」と苦笑いを浮かべた。


 バーバリアンズとは世界各国から選出されたメンバーで編成される、歴史あるクラブである。ホームグラウンドは持たずキャップ対象試合にもならないものの、各地に遠征してチャリティイベントやラグビー普及のため試合をすることが多い。


 いわば世界選抜のオールスター。ここに選ばれるのは世界でも一流と認められた選手だけだ。


「小森ぃ、そんなことしたら日本代表のプロップに穴が開くじゃねぇか、行かないでおくれよー」


「心配しないでください、まだ選ばれてすらいないんですから!」


 ぐいぐいと顔を頬を押し付けるキャプテンを、俺は必死で振りほどく。


 だがもし本当に自分がバーバリアンズに選ばれたら……伝統の白黒ストライプ模様のジャージを着た自分の姿を想像すると、にやけ顔が止まらないな。


 ちなみに和久田君は飛行機に夢中で、こちらの騒ぎのことなどまったく耳に入っていなかったようだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ウェールズがベストメンバーではないとはいえ勝利できたのは自信につながりますね。
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