第三十三章その3 巨漢Vs巨漢
試合開始とともに、ジュニアジャパンとジョージアは激しいぶつかり合いを繰り広げていた。
楕円球を抱えたウイングがゴールめがけて芝の上を走り抜ける。だが飛び出した相手フランカーによるタックルの直撃を受け、なすすべもなく押し倒されてしまった。
その際にウイングの手からボールがこぼれ、駆けつけた仲間が慌てて拾い上げるものの、審判はそれを見逃さなかった。
「ノックオン!」
日本に反則が言い渡される。試合はジョージアボールのスクラムからの再開だ。
せっかくいけると思ったのに。俺たちは全員、苦虫を潰したような表情を浮かべた。
ジョージアは世界でも有数のフォワード大国だ。
民族的に元々大柄な人が多く、そんな人々がラグビーのために鍛えればたちまち鋼のように強靱な巨体を誇る重戦士へと変貌する。格闘技の世界でもジョージア人は活躍しておりレスリング、柔道、さらには日本の大相撲と幅広く進出しているのは有名だろう。
「セット!」
俺たちはスクラムを組み、合図とともに力比べを始めた。両軍互いにすさまじいパワーで押し合うその真ん中に、相手スクラムハーフがボールを転がし入れると、全力で押し合っている最中にも関わらずフッカーのアレクサンドル・ガブニアは器用に片足でボールを受け止めた。
直後、ジョージアの8人のプレッシャーが一段階、いや、二段階も三段階も急激に増した。日本のスクラムを潰しに来ている!
まずい、このままでは。俺は踏ん張って押し返すものの、隣の味方フッカーがついに膝を地面に着けてしまった。
「コラプシング!」
宣告と同時にジョージアフォワードが大歓声をあげる。一方の日本は反則を取られ、地面に膝をついたままぜえぜえと肩で呼吸を繰り返していた。
重量級フォワード8人で組まれるジョージアのスクラムは、総重量910kgを超えている。俺たちジュニアジャパンとは30kgほどの差があった。普段なら左プロップの俺が押し込んで無理矢理崩していけるものの、今回は右プロップに俺を上回る巨漢であるギオルギ・ルスタヴェリが入っているため、俺のプッシュを相殺してしまう。
ここまでスクラムの強い相手、初めてかもしれない。
その後、ラインアウトからモールを押し込まれて先制トライを許した俺たちはその後も得点を奪い返せず、前半25分時点で0-7でジョージアの後塵を拝していた。
しばらくの後、センターライン付近で俺にボールが回ってきた。前を見ると屈強なフォワードふたりが行手を塞いでいる。
ここはまっすぐ突っ込んでも止められるのは目に見えている。かといって後ろに回していては、いつまでもこの分厚い壁は突破できない。
ならばキックで裏をかこう!
俺はすっと前に手を伸ばし、足元にボールを落とした。
「だめだ!」
同時に、後ろから誰かの声が聞こえる。しかしここまできたらもうキックを止めることはできない。俺は右足を振り抜き、楕円球を地面に転がした。
不規則にバウンドする楕円球がフォワードの隙間を抜ける。キックは成功だ!
たが喜ぶのも束の間、方向転換するジョージアフォワードの向こう側で、まるで最初からこの位置にボールが来ることをわかっていたかのように相手バックスが走り込んできたのだ。
日本選手も全力で駆け上がるが、この距離では追いつけない。ボールは相手バックスによって、容易く拾い上げられてしまった。
「あれ!?」
「小森君、動きを読まれている!」
後ろから声を出していたのはパトリックさんだった。長身にしてスタンドオフの彼は、司令塔として視野の広さにも優れていた。
「小森君がボールを持った時から、ジョージアのセンターが後ろに下がっていたんだ! ここぞって時に君がキックを使ってくるだろうってことを、相手は読んでいたんだよ!」
パトリックさんの推測に、俺はさっと血の気が引いてしまった。
これはまずい。俺、徹底的に研究されてね?
そこからジョージア代表はボールを回しながら時にぶつかりながら前進を続け、いつの間にかジュニアジャパンはゴールライン手前で横一列の守備ラインを形成するまで押し込まれていた。
ボールを持ったアレクサンドルが身を屈めて守備ラインにまっすぐ突っ込む。ジュニアジャパンの選手は身を挺して突進を防ぎ、残りほんの1メートルといったところでラックを形成してゴールを死守していた。
無限に続くかのような肉体と肉体のぶつかり合い。疲弊した両軍の攻防は力比べと言うよりも、ほとんど根性比べの様相に陥っていた。
大柄なジョージア選手たちが集まって壁を作り、芝の上のボールを守る。その最後方で中腰になって左右をちらちらと見遣る相手スクラムハーフの動きを、ジュニアジャパンの選手たちはじっと観察していた。
ついにスクラムハーフがボールを拾い上げ、瞬きの暇さえ与えずボールをタッチライン近くまで投げ飛ばす。それを受け取ったのは今大会最重量のギオルギだった。
キャッチするや否や、ゴールラインめがけて走り込むギオルギ。近くの日本選手が飛びつくものの、圧倒的対格差を前にひきずられてしまう。これはもう強引にでも勝負をかけてくるつもりだ。
そして2人のジュニアジャパン選手に絡められながらも、ついにギオルギはゴールラインを越えた。そしてそのままボールを突き出し、前方向へと身を傾けたのだった。
ボールが地面に触れた瞬間、ジョージアの追加点が決定する。その場にいた誰もがジョージアの得点を確信した、まさにその時だった。
「ぐあ!」
ギオルギが倒れ込むとともに、悲痛な叫び声がスタジアムにこだまする。
なんと、ギオルギが手にしたボールは地面に着いていなかった。ギオルギの140キロの巨体と地面との間に、赤白縞模様のジャージの背番号6……フランカー進太郎さんがその身をねじ込ませ、自身の身体でグラウンディングを防いでいたのだ。
着地の直前、駆けつけた進太郎さんは咄嗟の判断でギオルギの前に身体を割り込ませた。進太郎さんの身体がクッションになったおかげでボールは地面に触れることができず、またその際に弾かれたことによってギオルギの手からも離れてしまった。
これはジョージア側のノックオンだ。インゴールで起こった反則なのでゴールライン手前5メートルでの、日本のスクラムから試合が再開される。
「進太郎さん!」
「おい、無事か!?」
日本もジョージアも、選手たちが駆けつける。ギオルギも急いで立ち上がり、芝の上で痛みに顔を歪める進太郎さんを心配そうに見下ろした。
140kgのボディ・プレスを受けたも同然の衝撃だ。しかもここはリングの上ではなく、80分間走り回るコートの上だ。
「進太郎、立てるか!?」
キャプテン中尾さんが顔を青ざめさせながら尋ねる。
「はは、ヘビーだぜ」
汗まみれで苦しそうな顔を浮かべる進太郎さんは、仰向けに倒れたまま口角をほんの少し上げて笑って返した。
「こりゃだめだ、フランカーを交代しないと」
中尾さんがレフェリーを呼び、選手交代の交渉に入る。進太郎さんがこの状態なので、おそらくは交代も認められるだろう。
「おい、小森」
その時、脇に立っていた俺に進太郎さんが声をかけた。見ると彼は呼吸を荒げながら、なおも鋭い眼光をこちらに向けていた。
「もしU20から連絡があっても、このことは絶対に伝えるなよ。弟にいらん心配、かけさせてしまうからな」
「わかりました」
少し間を置いてから頷く俺に、進太郎さんは「頼んだぞ」と手を伸ばす。俺はその手を強く握り返した。
やがて担架を持ったスタッフが駆けつけ、進太郎さんは医務室へと運ばれる。
「あいつのことだ、アフターマッチファンクションの時間になったら何事も無かったように立ち上がって、ガバガバビール飲んでるよ」
中尾さんはそう言うが、その声は震えており、不安を隠し切れないでいた。




