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第三十二章その2 今はただ信じて待て!

「おいスクラム、なんか揃ってないぞ?」


 翌日の練習で、スクラムマシンを押し込む俺たちフォワード8人を見てコーチが首を傾げる。


「本番はこれからだ、ちゃんと踏み込むタイミング揃えないと押し返されるぞ!」


 コーチの叱責を受け、俺たちはより一層力を入れる。しかしメンバーの息はどうも合わず、反発するマシンをなかなか押し込めないでいた。


 ようやく巡ってきた休憩時間のこと。進太郎さんが「ちょっとこっち来てくれ」と、練習場の隅に俺を呼んだのだ。


 そして他のメンバーの目を気にしながら、小さく俺に尋ねたのだった。


「小森、お前身体の調子大丈夫か?」


 うっと一瞬、言葉に詰まる。


 今日のスクラムが乱れている原因が俺にあることは、俺自身も気付いていた。昨日の件がどうしても頭をちらつき、朝から練習に身が入らないでいたのだ。


「はい、全然平気です」


 俺はわざと明るく答えるが、進太郎さんはじっとこちらに疑り深い視線を向けるばかりだ。


「もしかしてU20のことか?」


「それは……」


 いきなり核心を突かれ、否定も肯定もできず答えに詰まる。やがて進太郎さんはふうと小さくため息を吐き、閉ざしていた口を開いた。


「お前、案外周りのこと気にしちまうタイプだからな。それに同い年のメンバーのことだ、気になるだろ?」


「なぜ気付かれたんですか?」


「フランカーはスクラム組むときもすぐ飛び出せるように、常に周りを見ていなければならないポジションだ。誰が何を考えているのか、いつもアンテナを立てている。まあ一種の職業病みたいなもんだよ」


 そして得意げにガッハッハと笑う。その声はいつもより控えめだ。


「俺も弟のことが気になる。あいつが辛い思いしてるのは確実だ、本音を言えば今すぐにでも飛行機に飛び乗ってイタリアまで駆けつけてやりたい」


 そういえば進太郎さんの弟の亮二も、U20日本代表に選ばれていた。U20のことを心配しているのは、俺だけではなかったのだ。


「だがな、あえて気にしないというのも優しさだ。さしずめ大会終わるまで互いに話しはしないように、とでも約束したんだろう?」


 俺は驚きに言葉を失う。進太郎さんには俺の考えなど、最初から見透かされていた。


「それでいいんだぞ。あいつらを最後まで信じてやるのもお前の役割だ。その代わり、もしあいつらから連絡があったら、その時は思い切り話を聞いてやればいい。泣き言言ってきたら、そのでっかい身体で全部受け止めてやれ」


 俺はただ「ありがとうございます」と返すことしかできなかった。進太郎さんも俺と同じように、いや、俺以上にショックを受けているはずだ。それでも己の領分を区別して物事を割り切る姿に、俺は強さを垣間見た気がした。


 そして同時にU20のみんなならきっとこの逆境を乗り越えてくれると、ようやく本心からそう思えるようになっていた。俺の知っている和久田君や西川君が、連敗しただけでしょげてしまうほど弱いはずがない。今頃これ以上負けていられるかと言って熱の入った練習に打ち込んでいるはずだ。


「さあ、お前の役割はそれだけじゃない。お前がU20を信じてやるのと同じで、あいつらもお前を信じているんだ。まずはジョージアを叩きのめしてやろうぜ!」


 そう言い残して我らがフランカーは歩き出す。そしてすれちがいざまに、俺の背中をバシンと叩いたのだった。




 数日後、俺たちは優勝決定トーナメント初戦、準決勝の日を迎えた。ここからは各プール首位の4か国で、最終的な優勝を争うことになる。


 準決勝の相手はアレクサンドル・ガブニア擁するジョージア代表、通称レロスだ。


「やあ太一」


 試合前、デオドロ競技場のコートに出て準備運動をしていると、黒を基調としながら赤のラインの入ったジョージアのユニフォームを着たアレクサンドルが俺に声をかけてきた。相変わらずの分厚い胸板、筋肉のカタマリといった風貌だ。


 胸には風車かざぐるまを思わせる渦巻き模様が施されている。これはボージーガーレイと呼ばれる太陽を表すシンボルで、ジョージア代表のエンブレムでもある。


「太一とは決勝戦で会いたかったけど、うちとしては負けられないよ」


「もちろんうちだって」


 俺とアレクサンドルは穏やかながらも闘争心を燃やした笑顔を交わす。だがその時、ジョージア陣側からもうひとり、巨大な人影がずんずんとこちらに走ってくるのが見えた。遠目からでもわかるほど、かなりの巨漢だ。


 そして近付いてきた大男はアレクサンドルの隣に立つと、開戦前とは思えぬほどにこにこと笑顔を向けていた。


「えっと、もしかして君、小森太一君?」


 でかい。ラグビー選手と言うより、重量級のプロレスラーみたいだ。身長は190cmを超えているし、体重も140kg以上あるんじゃないか?


「うん、そうだけど。君は?」


「覚えてないかなぁ、アレクサンドルたちとワールドツアーに来た時、フランスで対戦した」


「あ!」


 言われて思い出した。オークランド地区のU15選抜メンバーで世界遠征に出た時のことか。あの時ジョージアにひとり、やたらとでっかい右プロップがいたな。


 たしかフランカーのキムとロックのサイモンふたりの連続タックルを受けてなお立ち続けていた巨漢だ。俺自身もスクラムで頭をぶつけ合っており、押し込まれまいと必死で耐えていた。そんな彼がまさかジョージア代表にまで選ばれていて、ここで再会するなんて。


「覚えててくれたんだね。ギオルギ・ルスタヴェリだよ」


 そう言って自己紹介しながらギオルギはグローブのように大きく逞しい手を伸ばしたので、俺は「よろしく!」と握手で返した。


「ギオルギは今、フランスのTOP14で活躍してるんだよ。今年の冬にはヨーロピアンラグビーチャンピオンズカップにも出場するんだ」


 隣でアレクサンドルが解説する。


 フランスのTOP14はヨーロッパで最も集客力のあるプロリーグだ。当然プレーのレベルも高く、中途半端な選手は即座に切られてしまう。


 そしてヨーロピアンラグビーチャンピオンズカップとはヨーロッパ各地のリーグで前年度上位になったチームだけが参加できるヨーロッパ最強クラブ決定戦、サッカーで言うところのUEFAチャンピオンズリーグに当たる。これに出場できることは欧州でプレーする選手にとって最高峰の名誉と呼んでよい。


「君の話はジョージアまで聞こえてるよ、日本人で初めてオールブラックスから誘いが来たんだって。それもプロップで!」


 嬉しそうに話すギオルギは、つかんだ俺の手を離すまいと何度も何度も上下に振っていた。


「あ、ありがとう」


「君みたいに世界で活躍できる人が現れて、同じプロップとしてすごく嬉しいよ。君に追いつけるように、僕も頑張るよ!」


 試合前の敵相手に、よくもまあここまで喜びをストレートに表現できるものだ。


「ほらそろそろ練習だ、戻ろう」


 しっかりと俺の手を握りしめているギオルギの手を、アレクサンドルが無理矢理ほどく。


「応援してるからねー!」


 そう言ってギオルギは手を振りながら走り去っていった。俺は小さく手を振って「ど、どうも」と苦笑いを返す。


 ジョージアにもなかなか強烈なキャラがいたもんだな。

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