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第三十一章その8 キッカーは迷わない

 韓国代表との試合は、想像以上にタフな展開になっていた。


「ほいよ!」


 前半、日本ボールでのスクラムの後、スタンドオフのパトリックさんが回されたボールを味方ウイングに送る。


 だがそのボールがパトリックさんの手を離れるのとほぼ同じタイミングで、韓国バックス陣はウイングの行く手を塞ぐように動いていた。


「くそ、またか!」


 ウイングは別の選手にボールを回さざるを得ず、せっかくのマイボールスクラムなのに攻めるに攻めきれない。


 技術や連携の面ではジュニアジャパンが上回っているものの、Rリーグ所属選手が大半というチーム編成のおかげか、韓国選手たちは俺たちのクセを本当によく把握していた。誰にボールを回すのか、まるでこちらの思考を先読みしているかのように素早く対応してくるのだ。


 そしてアジア離れした大柄な選手たちで組まれるスクラム。相手フロントローは全員が体重115kg以上を誇る巨漢集団で、他にもフランカーのキム・シノやナンバーエイトのパク・ミョンホはじめ当たりが強く、フィジカルの優れたフォワードをそろえている。


 彼らにとって予選プール最大の障壁はジュニアジャパン。この試合に照準を合わせて調整を重ねてきたことは明白だった。


「小森!」


 流れの中で俺にボールが回される。このままボールを回し続けても埒が明かない、多少強引にでも突っ込んでいこうかと前を向いたその時、姿勢を低くしたキムが自分のすぐ目の前まで全力で走り込んできていることに、俺はようやく気付いたのだった。


「あ!」


 腰の高さに身体を落としたキムのタックルをまともに受ける。彼の体重は100kgに届いていないはずなのに、まるでトラックにでも跳ねられたような衝撃。


 なすすべもなく、俺はひっくり返されてしまった。


 直後、相手ナンバーエイトのパク・ミョンホが駆けつけ、その太い腕を伸ばして俺の持っていたボールをもぎ取ってしまった。


 そこからはあっと言う間だった。ボールを持ったミョンホは一気に芝を駆け抜け、ゴール前のバックスも突き飛ばすとそのままトライを奪ってしまったのだった。


 沸き立つ韓国代表。続くコンバージョンキックも見事に決め、これで14-14。まだ前半とはいえ、同点に追いつかれてしまった。


「これまでとはフォワードの強さが一段違うよ」


 さっき喰らったタックルがまだ響いている。俺は腰をさすりながら吐き捨てた。


 しかし中尾さんは表情ひとつ変えず、喜ぶ相手選手たちを見つめながらぼそっと言った。


「今は耐えよう、相手はあんなにハードワークしてるんだ。それだけ後から勢いも落ちる」


 キャプテンの読みは当たっていた。同点で迎えた後半、相手は途中から明らかに足が動かなくなっていた。スクラムも前半ほどの一体感は失われ、ジュニアジャパンが一方的に押し込めていた。


 しかしキム・シノとパク・ミョンホの肉体派コンビは、相変わらずのスタミナだった。いくら時間が経てどもタックルの威力と精度は落ちず、こちらの疲労がたまってきている分より強くなっているようにさえ思えた。


 俺がボールを持ってセンターライン付近を走る最中。またもキムが俺にタックルをしかける。


 来るとわかっていれば対応は可能だ。飛びかかってきたキムに向けて、俺は相撲の張り手のように腕をぐいっと突き出した。


 押し退けられ、タックルを決めきれないでいるキム。だが直後、俺の身体は反対方向からすさまじい衝撃を受けてぐらついた。キムに気をとられていたところで、パク・ミョンホがタックルをぶちかましていたのだ。


 俺の巨体が傾く。


「小森!」


 背後から聞こえるのは進太郎さんの声だ。視界の端に、全速力でこちらに走ってくる我らがフランカーの姿が見える。


 思考など挟む余地も無かった。俺は反射的に身体を捻らせ、そして無茶苦茶なフォームで楕円球を後方に放り投げていた。


 ダブルタックル直後の、オフロードパスだ。


 おおっという歓声。芝の上に倒れ込みながら俺が見たものは、弱々しく弧を描くボールをしっかり受け止める進太郎さん。


「パスがつながった!」


 スタジアムから大喝采が響くと同時に、俺の身体は芝の上に打ち付けられる。両軍の選手は急いで進太郎さんを追う。俺を倒したパク・ミョンホもキム・シノもすぐに俺から手を離し、方向転換して全力でボールを追った。


 進太郎さんはタッチライン近くをまっすぐに走り抜ける。そこにゴール前を守っていた相手フルバックが飛びかかった。だがそこで気持ちが急いてしまったのか、伸ばした腕が進太郎さんの首の高さに入ってしまった。


 急所への衝撃に倒される進太郎さん。同時に相手選手も「やっちまった」と苦々しい表情を浮かべていた。


「ハイタックル!」


 すぐさまレフェリーにより反則が言い渡される。故意ではなく進太郎さんもすぐに立ち上がったのでシンビンにはならなかったもの、俺たちはペナルティキックのチャンスを獲得したのだった。


 しかしここはゴールポストまでの距離はさほどでないが、タッチラインも近く角度が際どい。ゴールポストを狙うかラインアウトを選択するか、判断の難しいところだ。


「中尾さん」


 その時、キッカーのパトリックさんがキャプテンに声をかけた。そして一言二言告げると、中尾さんは「いいのか?」と目を丸めて尋ね返した。


「はい、まずはチームが勝つためですから」


 そう言うとパトリックさんはボールを両手に持ち、呼吸を整えた。ゴールは狙わず、ラインアウト目当てのパントキックだ。


 パトリックさんは丁寧に、ゴールラインギリギリ手前でタッチラインの外にボールを蹴り出した。


 さあ、日本ボールでのラインアウトだ。パトリックさんの作ってくれたチャンス。絶対に無駄にはしない!


 ラインアウトでフッカーのボールを獲得したのは中尾さんだった。


 そこから何をするのか、ジュニアジャパンの選手たちは何も言わずともわかっていた。すぐに一塊になってモールを形成し、止めに入る相手選手ごと有無を言わさず押し込んだのだった。


「トライ!」


 後半に入って初めての、相手と差をつけるトライに俺たちは「よっしゃ」とガッツポーズを決めた。


 さらにパトリックさんによるコンバージョンゴールも入り、7点差。韓国チームに落胆が走った。


 この得点で勢いづいた日本は、スタミナ切れの目立つ韓国を一気に突き放す。


 俺のキックで敵守備ラインの後ろにボールを回したところで、飛び出したバックスが裏をかいてのトライを決めた。


 また、相手ゴールライン目前でのスクラムを力づくで押し込み、そのままトライにも持ち込んだ。


 終わってみればスコアは41―14と、トライ5本を奪っての日本の勝利だった。


「やったぞ!」


「お前ら大好きだぁー!」


 全勝したことで俺たちのプール首位が確定する。これはつまり優勝決定トーナメントへの進出を意味する。


「パトリック、今日のMVPはお前だな!」


 そしてメンバー全員に讃えられ、パトリックさんは照れ臭そうに頬を赤らめる。この試合、彼はコンバージョンゴール5本とペナルティゴール2本で14点を稼いでいた。


「小森君」


 ロッカールームに戻る途中、俺はパトリックさんに呼び止められる。


「ありがとう、君のおかげで迷うこと無かったよ」


「どういたしまして。このままトーナメントでもお願いしますよぉ」


 冗談ぽく答える俺を、パトリックさんは「当たり前だろ」と小突き返した。

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