第三十一章その1 ふたりの日本代表
2029年3月下旬。関東地方では桜の開花宣言も発表され、穏やかな春の日が続いていた。
その頃、俺は日本A代表ことジュニアジャパンの合宿に参加するため、日本に一時帰国していた。そして合宿が無事終わった後すぐにはニュージーランドに戻らず、横浜の実家へと顔を見せに行ったのだった。
「えーそれでは小森太一選手、西川俊介選手、両名とも前へ」
いつもの中華料理店、コックコートを着たハルキに呼ばれ、俺と西川君は立ち上がる。
店内にいるのはこの春高校を卒業し、進学や就職などで新生活を送る18歳の仲間たち。多くは小中学校の同級生だが、一部は金沢ラグビースクールのメンバーも混じっていた。
「頑張れ、世界と戦って来い!」
「まさかうちの町内からふたりも日本代表が、それも同い年で出てくるなんてな」
声援に俺と西川君は手を振りながら応え、店内をよく見渡せる一角に移動する。
西川君は1月の全国大会にも出場し、2連覇を達成した。神奈川県勢の連覇は、1994年大会以来の34年ぶりの快挙だという。これまでの大活躍のおかげでラグビー推薦による大学入学も決まっており、4月から昔からの強豪私大の法学部に進学する。
それだけではない。西川君はなんと、今年のU20日本代表にも選ばれていたのだ。去年俺が出場したU20チャンピオンシップに、フルバックとして出場する。
A代表とは大会の時期が被るので両方に出場できないのは残念だが、俺たちはともに桜のジャージを着ることになったのだった。
「インターナショナルネイションズカップ、今年も優勝杯を持ち帰って来るぞ!」
俺が腕を振り上げると、店内の皆が「おおっ」と掛け声を返す。
「去年は5位だったからな。となれば今年はベスト4以上が最低目標だな!」
西川君が豪語すると、仲間たちは一斉に笑いながら拍手した。すぐに俺が「言ったなー」と西川君を小突くが、彼は「何なら優勝でもいいぜ」と強気に返した。
「小森も西川も、頑張れよ」
拍手しながら声をかけるのは浜崎だ。
彼も高校でラグビーを続けたものの推薦入学は果たせなかった。しかし一般入試で強豪私大の経営経済学部に合格しており、これからもラグビーを続けるつもりらしい。かなりの難関大であるはずなのに、よくやるよ。
ちなみに金沢スクールのメンバーも概ね進学先か就職先が決まっているが、一番驚かされたのはスクラムハーフの安藤だった。元々成績の良い方だとは思っていたが、なんと彼は京都大学の工学部に合格していたのだ。下宿準備のためこの場に来られないのが寂しいが、テレビ電話で互いに頑張ろうとすでに声を交わしている。
「ところでお前ら、次の試合いつだったっけ?」
友人のひとりが訊いてきたので、俺は「5月末だよ。静岡でやるから暇なら来いよ」とすかさず答えた。
なんと今年はそれぞれの大会を前に、練習試合としてジュニアジャパンとU20日本代表の試合が組まれていた。つまり俺と西川君は5年前の日本中学選抜ニュージーランド遠征以来、また敵同士として戦うことになる。
そのU20メンバーも豪華だ。西川君はもちろん、去年に続いてウイング馬原さんとスクラムハーフ和久田君、フッカーには大阪の石井君、センターには進太郎さんの弟の秦亮二と、俺と同年代の全国大会経験者が勢ぞろいしている。
ちなみにこれらの中では西川君以外、全員がプロ選手だ。石井君は神戸ミリオンダラーズ、秦君は京都バーミリオンズに高校卒業と同時に入団する。一昔前の大卒がほとんどだった頃に比べると、選手のプロ入り年齢もぐっと下がっているそうだ。
一方のA代表は俺以外ほぼ全員が20歳を過ぎたメンバーで、進太郎さんや中尾さんが主力となる。その多くは若手プロ選手か、大学3、4年生だ。
「小森も西川も負けるなよ! どっちも応援してやるから。さ、席に戻って戻って」
ハルキの声に押され、俺たちは元いた席に戻される。そして俺たちが座ったのを見届けると、ハルキはおほんと咳払いした。
「さて、それではラグビー馬鹿どもの話は置いといて」
俺が「置いとくなよ」とツッコむが、ハルキは耳に届いていないようにスルーした。
「我らが世代のMVPの紹介です! アルティメットクイズ世界大会初代チャンピオンの、あぁ登・場・です~!」
たちまち店内で轟く「すげー!」の大喝采。立ち上がったのはひょろっと細長い眼鏡をかけたシルエット……我らが『先生』だった!
「みんな、『先生』はすげーんだぞ! 1月の日本大会で優勝して、先週アメリカであった世界大会でも優勝しちまったんだぞ!」
興奮したハルキは顔を真っ赤にしてまくしたてる。一方の先生はすっと眼鏡のずれを直し、小さく頷いていた。
たまげたことに『先生』は入試の勉強と並行してクイズの世界王者に輝いてしまったらしい。当然、東京大学文科一類にもしっかり合格している。もうこの人のレベルなら、日本だけではもったいないんじゃ?
鳴り止まぬ拍手、大歓声。
分野は違うとはいえ、世界一の男が目の前にいる。ただ日本代表に選ばれた程度の俺たちとは、比べるのもおこがましい偉業だった。
「俺たち、世界一にならないとここまで祝ってもらえないのかな?」
西川君は両手を拍手させて小学校時代の同級生を祝う。しかしその横顔は少し寂しそうだった。




