第三十章その4 俺の夢
「それでは6月のインターナショナルネイションズカップに出場する日本A代表、ジュニアジャパンの選手の皆さんの入場です!」
2029年2月上旬、都内のホテルの会議室に押し掛けた大勢の記者の前に、赤と白のボーダー模様のジャージを着た30人ほどの男たちがずらずらと姿を見せる。
その中には21歳になった秦進太郎さん、そしてニュージーランドから戻ってきた俺も混じっていた。
「歴代最強のメンバーがそろいました。この大会、絶対に勝ちます!」
A代表のロックにしてキャプテンの中尾仁さんが前に出ると、壇上のマイクに向かって強く意気込む。直後、そこら中でカメラがパシャパシャとフラッシュを光らせ、記者たちも拍手喝采でジュニアジャパンの結成を祝った。
会見を終え、俺たちは別室に移動する。これから食堂でお待ちかねのディナーが控えているので、ユニフォームからスーツに着替えるのだ。
「小森、よく日本を選んでくれたなぁ!」
シャツを脱ごうと裾をつかんだ瞬間、後ろから進太郎さんがタックルの要領でとびかかり、俺にしがみついた。
俺は知る由も無かったが、俺が日本とニュージーランドのどちらを選ぶのか、一部の選手の間では以前から噂になっていたそうだ。
「はい、正直なところすっごく迷いました。ですが色々考えて気付いたんです、自分はこのジャージを着て、全員でいっしょに世界の強豪を倒したいんだって。それが俺がずっと思い描いていた本当の夢なんだって」
「そうか、ともかくお前が日本を選んでくれて、俺は嬉しいぞ!」
進太郎さんがバシバシと俺の背中を乱暴に叩き、そして「今日は飲みまくって祝うぞ!」と浮かれる。
「進太郎、未成年に飲酒の強要はやめとけー」
そこで声をあげるのはキャプテンの中尾さんだ。身長199cmの超大型ロックである彼が手に提げた着替えを入れた紙袋には、でかでかと美少女キャラの萌え絵がプリントされていた。
さて、これから俺たちが出場するのはインターナショナルネイションズカップという大会だ。別名『ティア2のワールドカップ』とも呼ばれ、中堅国の強化を目的にワールドラグビー主催で開催されている。
かつて開かれていたパシフィック・ネイションズカップとワールドラグビーネイションズカップを統合し、2024年から毎年行われている新しい大会だ。ティア1の超強豪は参戦しないもののラグビー普及に取り組む国にとっては絶好の強化機会であり、今年は過去最多の16か国が参加する。
参加国とグループ分けは以下の通りだ。
プールA
ブラジル(開催地) 日本A ポルトガル 韓国
プールB
フィジーA トンガ ウルグアイ ロシア
プールC
ジョージア アメリカ スペイン ナミビア
プールD
サモア カナダ ルーマニア 香港
日本、フィジーの2か国はフル代表だと他国と力の差があり過ぎるので、それぞれA代表であるジュニアジャパンとフィジー・ウォリアーズが代わりに参戦する。つまり俺たちはこれから、一国の本気の最強メンバーと戦うことになるのだ。
なお前回大会優勝は日本A。俺たちはディフェンディングチャンピオンとして2連覇目指して大会を迎えるものの、競技人気の高まりとともにティア2諸国でも強化が進む近年、決して油断はできない。
またこの大会については、各国強豪クラブのスカウト陣も目を光らせているそうだ。結局あれだけ期待させておきながらスーパーラグビーからのオファーが無かった俺にとっても、この大会で活躍することは至上命題。左プロップとして、他の出場選手には絶対に負けられなかった。
「それと小森、もう気付いていると思うが」
進太郎さんが思い出したように話し出し、俺は着替えていた手を止めた。
「この大会、うちのキムが韓国代表として出場する。お前と戦えるのを楽しみにしていたぞ」
日本が予選プールで戦う韓国。そのフル代表メンバーに、なんとかつてオークランドでいっしょにラグビーをしていたあのキム・シノも選ばれているのだった。彼は現在も進太郎さんと同じ大阪ファイアボールズにフランカーとして所属しており、日本での活躍が評価されて10代で韓国代表に選出されていた。
「はい、この前連絡入りました。すぐ返してやりましたよ、100点取って勝ってやるぞって」
「ははは、あいつなら『じゃあこっちは200点取り返す』とでも返しそうだな」
「ええ、まんまそうでした」
さすが進太郎さん、キムの生態をよくわかっていらっしゃる。俺と進太郎さんはそろって笑い声をあげるが、同時に俺はこれからのことをつい考えていた。
ニュージーランドでの生活を通して、今まで会ってきた世界の仲間たち。同じチームで協力し合ったり別のチームで争ったりしていた彼らが、これからはそれぞれの国を背負って戦うことになる。
ある意味で俺の戦いは、今ようやくスタートラインに立ったと言えるのかもしれない。
「みんな、ちょっと集まってくれ」
既にメンバーの大半がスーツに着替え終えたところで、キャプテンの中尾さんが手をパンパンと叩いて皆の注目を集めた。
「この大会、日本に課された目標は優勝だ。がだがそれだけじゃ足りない、みんなが目指すのはここよりもっと上だろう。2031年ワールドカップアイルランド大会、それまでのフル代表メンバー入り、ここにいる全員で成し遂げるぞ!」
中尾さんが拳を振り上げる。それに合わせて室内にいた30人ほどは「おお!」と声をそろえて答えたのだった。
これにて第五部は終了します。
ここまで続けてお読みになられている皆様、いつも応援ありがとうございます。
次回からは振り返り登場人物紹介をはさんで、第六部が始まります。
各国ナショナルチームとの戦いが本格化して参ります。
さて、本作に関して、これほどの応援をいただけるとは連載当初思ってもいませんでした。
一方で読者の皆様が拙作についてどのように感じていられるのか、作者として非常に気になるところです。
そこで作者からの質問で申し訳ないのですが、皆様にとってこの小説で「好きな登場人物」と「印象に残った試合、ベストマッチ」は何でしょうか?
感想、活動報告、メッセージ等どこでもかまいませんので、教えていただけると大変嬉しく思います。
今後ともどうかよろしくお願いします。




