第三十章その1 思わぬ報せ
U20チャンピオンシップを終えて、俺は無事にニュージーランドのMitre10オークランド州代表に合流した。
そこからはローレンス・リドリーやエリオット・パルマーらクラブの仲間たちとともにプレーし、プロ生活最初のシーズンを過ごしたのだった。
そして2028年10月。
「オークランド州代表の皆様、優勝おめでとうございます!」
記者会見場で大勢のフラッシュが焚かれる。ジャージ姿の俺たちチームメンバー30人ほどはそれに応え、ぐっと肩を突き出すポーズを決めていた。
今季Mitre10でリーグ3位になったオークランド州代表は、その後の優勝決定プレーオフで見事連勝し、その年のチャンピオンに輝いたのだった。
チームの一員としてニュージーランド国内リーグの最高峰に立てた喜びを、俺は深く噛み締める。涙も出てきそうだ。
「特に今年はフォワードが強かったですね」
「はい、ロックのローレンス・リドリーやプロップの小森など、若く勢いのある選手が活躍してくれましたから」
記者からの質問にキャプテンがはきはきと答える。司会進行役も「はい次の人」と指名して、スムーズに会見を進めていた。
「では小森さんについて質問です」
そう言ってマイクを握ったのは山倉さんだ。日本の講読者のため、彼女はシーズン中ほとんど俺の専属記者になっていた。
「スーパーラグビーの複数のクラブが小森さんに興味を示しているそうです。そこで小森さんの今後の起用と来季のチームの構想について、コメントお願いします」
会場が色めき立つ。記者にとって移籍の話題は、最も気になる部分だ。
スーパーラグビーはニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンの南半球4か国にまたがるプロリーグであり、今俺の所属するMitre10から見れば実質的にひとつ上のディビジョンのリーグに当たる。
そして同時に、各国代表クラスの選手が集う世界最高レベルのプロリーグでもある。ここでプレーできることはラガーマンにとって一流の証なのだ。
キャプテンは「そうですね」と喉の調子を整え、続けた。
「チームとして彼が流出するのは辛いですが、こればかりは本人が決めることですので。それにうちのクラブから有望な若者が巣立ってくれることは、育ててきた甲斐があったなと思い嬉しいものです」
カメラのストロボがより一層パシャパシャと点滅する。その時キャプテンは目頭を押さえ、「ほら、お前も何か話せよ」とこちらにマイクを回してきたのだった。
「はい、正式にオファーが来たら是非受けたいです」
俺がにこやかにコメントすると、他のメンバーが「ずるいぞ抜け駆け」と囃し立てる。その様子に会場はどっと笑いに包まれた。
数日後のことだった。クラブハウスのトレーニングルームでベンチプレスを上げていた俺を、監督が呼び出したのだ。
急いで着替えを済ませ、監督の私室に向かう。
まさかスーパーラグビーの移籍についてだろうか。それにしては時期が早すぎる気もするな。
部屋の中には歴代監督の顔写真がずらりと並び、革張りのソファとオーク材の執務机が鎮座している。この空間はいつも妙な緊張感が漂っているので、何度入っても慣れない。
「小森これを見ろ、日本からの召集だ。日本A代表として君を呼び入れたいらしい」
監督が見せたのは、桜のエンブレムが描かれた封筒だった。
「おお!」
嬉しさに花を飛ばした。日本A代表、通称ジュニア・ジャパンとは日本代表の予備チームと言ったところだ。
サッカーならばA代表に対するB代表と表現するところだが、ラグビーでは最強メンバーによるナショナルチーム(フル代表)のことを単に代表と呼び、その控えチームをA代表と呼ぶのでややこしい。
ジュニア・ジャパンに選ばれるのは、主に近い将来日本のフル代表に選ばれる見込みのある選手たちだ。年齢制限はなく、若手有望選手や経験を積ませたい選手が集められる。
遠征などで日本代表が試合を組めない時や、日本代表が相手すれば大差で勝ちが見込めるような格下のナショナルチームと対戦する際に、代わりに出場するチームと言える。
しかし……そうなると妙だな。
「でも変ですね、U20じゃなくてジュニアジャパンだなんて」
俺は受け取った通知をしげしげと眺めながら首を傾けた。
所属はプロクラブと言えど俺もまだ18歳、あと2年はU20の出場資格を残している。経験を積ませるにしても、そちらに召集した方が良いような気がするのだが。
そんな俺の疑問を、コーチは何も言わず俯いて聞いていた。
「小森、実はだな……」
そして数秒間の間を置いたところで、ようやくコーチが口を開く。
「もう一通、君宛てに通知が来ているんだ」
「へ、どんな内容ですか?」
今度こそスーパーラグビーかな?
期待を抱き、わくわくと胸を高鳴らせる。
「それがな」
ゆっくりと椅子を引き、机の引き出しを開けるコーチ。そして隙間に手を突っ込むと、すっと一枚の封筒を取り出したのだった。
そこに描かれていたのは白いシダの紋章。シルバーファーンのエンブレムだった。
「ニュージーランドA代表……ジュニア・オールブラックスからなんだよ」
あれ、そんな名前のクラブ、スーパーラグビーにあったっけなぁ?
しばらくの間、俺は沈黙していた。
オーストラリアか? もしかしてヨーロッパかも?
頭の中でああでもないこうでもないと検索エンジンがフル稼働する。
「……は、はい!?」
そしてようやく事の重大性に気が付いて、俺は声を裏返して叫んだのだった。




