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第三章その5 サンマーメンに秋刀魚は入っていません

「みんな、もりもり食べろよ」


 ごうごうと燃え盛る炎の上で、豪快に中華鍋をかき混ぜるおじさん。


 そんなおじさんに見守られながら、俺たち3年1組の面々は美味しそうに湯気を上げる炒飯やラーメンを腹に掻き込んでいた。


 ここはハルキの自宅の中華料理店だ。そしてこのおじさんはハルキのお父さんで、駅近くの店を継いだ3代目店長だ。


「やっぱりおじさんのサンマーメンは最高です!」


 俺はどんぶりから麺をすすりながら言う。息子はあんなんだが、料理の腕は中華街の有名店にも負けない。


「嬉しいこと言ってくれるなぁ」


 おじさんは炒めたばかりの野菜餡かけをラーメンの上にどろっと落とした。


 サンマーメンというのは横浜を中心に神奈川県東部で根付いているご当地麺料理だ。ラーメンに野菜炒めの餡かけをのせたような料理で、比較的安価で多くの野菜を食べられるために健康志向の人に人気がある。あっさりした飽きのこない味付けで、俺もよく注文している。


 ただ間違ってもサンマを具材に使っているラーメンではないので、グロテスクな想像はしないように。


「当り前だろ、俺ん秘伝の醤油スープだからよ」


 おじさんが作ったばかりの料理をてきぱきと運びながらハルキが豪語する。その手さばきは日常的に大量の食器を運んでいなければ不可能な、無駄の無いものだった。


 なぜ俺たちがここにいるかと言うと、それは数十分前のこと。公園での一連の出来事の後、ラグビーを教えてくれたお礼にラーメンでも振る舞えないかと、ハルキがおじさんに電話で相談したのだ。


 だがおじさんは「そこにいる友達全員連れてこい」と気前よく返した。おかげで本日のラグビー教室に参加した全員、おじさんの中華料理を一品ずついただけることになったのだった。


 当然この中には南さんと弟の勇人君、そして西川君も混じっている。かなり大勢で押しかけたのに、おじさんは嫌な顔ひとつせず全員を笑顔で迎えた。


 南さんは弟といっしょに注文した天津飯と焼餃子をふたりでシェアしている。きっと家でも弟の面倒をよく見るお姉さんなのだろう。


 しかしみんなが軒並み麺やご飯の一品料理を頼む中、天才スポーツマンの西川君が注文したのはあまりにも意外過ぎるものだった。


「杏仁……豆腐……?」


 ガラス容器に盛られた真っ白なそれを嬉しそうにスプーンでつつく西川君の姿を見て、その場にいた全員が箸を止めた。


「悪いか? 好きなんだよ」


 即座に俺たちは「似合わねー」と声をそろえた。


 西川君はかなりの甘党のようだ。そういえば給食で余ったデザートの争奪戦じゃんけんには、毎回出場しているような……。


 年相応の無邪気な笑顔で杏仁豆腐を食べる西川君。そんな彼がラグビーを始めると宣言して、一番驚いたのは俺だった。


 西川君はこのままでも、日本を代表するプロ野球選手になれる。そんな彼の約束された成功の人生を、俺は狂わせてしまったのではないか?


 取り返しのつかないことをしてしまった気もしたが、彼の「俺はラグビーをやりたい」と真剣に話す顔を見て、きっと西川君ならラグビーでもプロ選手になってくれるだろうと確信した。むしろラグビーに挑んだ彼が、どれほど強くなれるかを見てみたいとも思ったほどだ。


「西川君はラグビーでどこのポジションをやりたいって思ってるの?」


「やっぱりやるならトライを狙う。バックスがいいな」


 俺が尋ねると、西川君は迷うことなく答えた。たしかに万能タイプの彼なら、バックスが適任かもしれない。


 フォワードがボールを相手から奪い敵陣に攻め込むのが役割なら、バックスはトライを取るのが仕事だ。俊足で敵陣を抜けるため、フォワードと比べてバックスには細身で身軽な選手が多い。


 しかしバックスはフォワード以上にボールを扱う技術やキックのコントロールが求められる。小学校に入る前からラグビー経験を積んできたライバルに、西川君の才能がどれほど通用するかは未知数だ。


「まあ強くなるにはまず食べろ。たくさん食って大きくなるのが子供の仕事だ」


 ハルキのおじさんはとかした卵とご飯を中華鍋の上で絡めながら言った。


「ただし、おかわりは有料だからな」


 そして最後に付け加えると、子供たちから「えー」と落胆の声が漏れる。まあこれ以上タダメシもらってると、店が潰れちゃうもんね。

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