第二十九章その5 ジャパンが残したインパクト
「若き日本代表が、今帰国しました!」
成田空港の到着ロビーにどっと押し掛ける人だかり。テレビ局、新聞社、ラグビーファン、ただの野次馬。1か月にわたる戦いから帰ってきた俺たちを、多くの人々が歓迎する。
「過去最高の5位、おめでとうございます!」
「家に帰ったらまず何をしますか?」
「馬原さん、笑ってください!」
返事が無いことはわかっているにもかかわらず、最前列で質問を投げかける取材陣。てか最後のはもうお決まりのネタになってるな。
アルゼンチンとの5位決定戦は実力の拮抗したチーム同士、押しつ押されつの攻防戦となった。特にリカルドは隙あらばドロップゴールを狙う、と見せかけてパントキックで仲間につなぐなど日本選手を翻弄し、試合巧者ぶりを世界に見せつけた。
だが直前にイングランドを倒した日本の方が、勢いは上だった。
後半途中でフォワード戦を展開した日本代表は、体格で勝る相手にも果敢に突っ込んでじりじりと前進を繰り返す。そして最後にゴールポスト正面でボールを回された俺は持てるすべての力を込めて突撃し、トライをねじこんだのだ。
試合は18―13で日本の勝ち。俺たちは5~8位決定トーナメントを全勝で終えることができたのだった。
その後、他のチームも順位決定戦を終えて、最終的な結果は以下の通りとなった。
ワールドラグビーU20チャンピオンシップ2028
1.ニュージーランド
2.南アフリカ
3.オーストラリア
4.フランス
5.日本
6.アルゼンチン
7.イングランド
8.ウェールズ
9.イタリア
10.アイルランド
11.スコットランド
12.ジョージア
優勝は開催国ニュージーランド。決勝トーナメントでも2戦続けて4トライを奪うなど、ラグビー王国の底力を見せつけた圧巻の勝利だった。
残念ながら最下位となったジョージアは次回大会には参加できない。代わりにこれから開催されるワールドラグビーU20トロフィーの優勝国が、2029年大会に出場することになる。
来るとしたら南太平洋の強豪フィジーかサモアか、最近力を伸ばしているアメリカ、欧州で力を見せるスペイン、ポルトガル、ルーマニアあたりだろう。
しかし一番ラグビー関係者を驚かせたのはやはり、過去8位が最高だった日本代表が5位にランクインを果たしたという結果だろう。それもイングランド、アルゼンチンとティア1の強豪を連続で破って。
この快挙によって、日本はユース世代のレベルが飛躍的に上がっていることを世界に知らしめた。学生ラガーマンにとっては日本国内だけでなく海外クラブにも実力をアピールでき、彼ら自身も、また後輩にとっても大きな弾みとなっただろう。
空港に設けられた特設会場での記者会見を終え、俺たちは横付けされたバスに乗り込んだ。今日は慰労会も兼ねて空港近くのホテルでゆっくりと休む。そして明日、選手たちはそれぞれのチームに帰っていくことになる。
「へへ、あっという間だったな」
「でも俺たち、大会の間だけでもぐんと強くなった気がするよ」
人々の視線から解放され、座席に腰かけた選手たちがようやくリラックスした声を漏らす。
「うわ、明日福岡に戻っていきなり練習だってさ」
隣に座った和久田君がスマホのメッセージを読んで目を細めた。せめてもう少し休ませてくれと、言葉にはせずとも顔が訴えていた。
「そりゃご愁傷様。俺はちょっと実家で休んだら、またすぐニュージーランドに戻るよ。来月からシーズン開幕だから急いで調子合せないとなぁ」
「もうそれ、日本に戻ってこなくても良かったんじゃ?」
「俺もそう思う。部屋もあっちで借りてるんだし」
いつも通り軽口を叩き合う。だがそう口先で笑いながら、一方で俺は一抹の寂しさを感じ、車内の仲間たちの顔をひとりひとり眺めた。
このメンバーとも、明日でサヨナラだ。U20日本代表はこの大会のために集められたメンバー、目標となる大会が終了すれば解散されるのは当然。
チーム内最年少の俺と和久田君は次回大会の時点でも19歳なので、うまくいけばまた出場できる。しかし進太郎さんのように今20歳の選手は、もうU20日本代表として招集されることは無い。
だが最後の機会で歴代最高の成績を残せた彼らは、歴代U20日本代表の中で最も喜びと幸福を味わうことのできたメンバーであることは間違いないだろう。その快挙に左プロップとして貢献できたことは、俺としても誇らしい。
「みんな、俺たちは先に日本代表で待ってるからな! お前らも絶対に上がってこいよ!」
いつの間にやら目を潤ませた進太郎さんがバスガイドさんよろしく前に立ち、備え付けのマイクを口に当ててプロレスラーのごとく話し出す。あんたまだ日本代表に選ばれてないだろ、というツッコミは無しだ。
「えー皆さん、お疲れ様でした」
しかし直後、船木監督が進太郎さんからマイクを奪い取った。
「今回は5位と日本代表の最高順位を更新できました。これは皆さんの力が結集されたからにほかなりません。皆さんといっしょに歴史的場面に立ちあえて、監督としてこれ以上の喜びはありません」
選手たちは監督の声にじんと聞き入る。だが監督は選手たちをぐるりと見回すと、いきなり声の調子をがらっと変えたのだった。
「と、こんな話もう試合終わってから何度も何度もしてるな。堅苦しいのはもう終わりだ、せっかく日本に帰ってきたんだ、この1か月我慢してたことあるだろ? それを思いきり発散しよう!」
「そうです、俺は焼肉食いたいです!」
「新作アニメの映画見たい!」
監督の変貌に驚くも、ノリの良いメンバーが口々に声をあげる。たちまち車内には賑やかさが戻った。
「だな、お前ら思いっきりやりたいことやれよ。ほら、馬原はどうだ?」
にやついた監督が最前列の馬原さんにマイクを向ける。馬原さんは「えっと」と口ごもりながらもマイクに顔を近づけた。
「あの、彼女に会いたいです」
まさかのカミングアウトに、車内は「ええええええ!?」の大絶叫に包まれる。なんと監督も目を剥いて驚いていた。
「馬原、お前彼女いたの!?」
「いつどこで知り合ったんだよ!?」
能面フェイス馬原さんに彼女がいることが信じられないといった様子で、車内の選手たちは騒然となっていた。プロ選手もいるとはいえまだ20歳以下の若い男たち、こういう話は大好きだ。
「ただの高校の同級生だよ。珍しくもなんともないよ」
馬原さんは手で制するが、その眉は困ったようにハの字を描いている。こんな表情、試合でも見たことが無い。
「はっはっは、まさか衝撃の事実を引き出してしまうとはなぁ。さあ今日はもう無礼講だ、練習のことなんかぜーんぶ忘れろ! それから喜べ、ホテルでの夕食は祝勝会も兼ねた食べ放題のバイキングだぞ」
監督がパンパンと手を叩き、ざわつく選手たちを鎮める。直後、バイキングという単語に反応して俺たちは一斉に「イエーイ!」と口をそろえて大歓声をあげたのだった。




