第二十八章その4 因縁の再戦
「クラウチ、バインド……セット!」
レフェリーの合図と同時に、俺たち日本代表の8人とアズーリことイタリア代表の8人のスクラムがぶつかり合う。
互いに実力の近い者同士とあってか、イタリアとの対戦は攻守がめまぐるしく切り替わる拮抗したものになっていた。前半終了時点で10-7とリードしつつもロースコアのまま展開し、誰も勝敗は予想できず観客たちもスタッフも固唾を飲んでいた。
そして後半15分、俺たちは相手ゴールライン5メートル手前でマイボールスクラムという最高のチャンスを得る。
よし、このまま押し込んでトライを奪おう!
誰かがそう声を出すまでもなくフォワードの8人、いや、コートに立つ15人全員がその意識を共有していた。
俺たちスクラムを組んだヤングブロッサムズは、青のジャージに身を包んだ相手の圧力にも屈せず踏ん張り続ける。8人の総重量ではわずかながらこちらが勝っている。何よりもフォワードの結束の強さなら、どんな相手にも負けない!
歯を食いしばりながらさらに前に力を送った時だった。俺たちの足が前に一歩、踏み込めたのだ!
それからは早いものだった。力負けしたイタリア代表はずるずると後退させられ、ゴールラインの後ろまで押し戻される。
「スクラムトライ!」
「うよっしゃああああああ!」
レフェリーのコールとともに俺たちは雄叫びをあげる。スクラムに屈したイタリア代表は芝を殴ることもできず地面に跪いていた。
その後も日本は逃げ切り、最終的に17―10でイタリア相手に勝利を挙げる。
結果は7点差ではあるが、ティア1の強豪相手にスクラムトライを奪えたことで、実際の数字以上に実力差があることを世界に見せつけられたはずだ。
「みんな、よくやった!」
ロッカールームに駆けつけた船木監督もご満悦の様子だ。勝てる試合でしっかりと勝てるようになったのは、日本代表が成長した証である。
この勝利で日本代表は勝ち点4を得た。これで勝ち点でアルゼンチンに並び、5~8位決定トーナメント進出に大きく近付いたぞ!
ホテルに帰った後、俺たちはテレビで午後の試合を観戦する。ちょうど同じプールBのもう一試合、アルゼンチン対オーストラリア戦だ。画面の中では水色と白の縞模様軍団と、黄色のシャツの一団がにらみ合っていた。
さすがのアルゼンチンもオーストラリアには敵わないだろう。南半球の強豪4か国の中でも、アルゼンチンは他と比べて一枚落ちるというのが概ねの印象だ。
だが予想に反して、この日の彼らは何もかもがうまく決まっていた。
「おいおい、マジかよ」
俺たちは顔を青ざめさせながらも、テレビから目が離せないでいた。アルゼンチン代表はオーストラリアの猛攻をしのぎ、僅差で食らいついていたのだ。
特に冴えていたのがフルバックのリカルド・カルバハルだ。彼はアルゼンチンの守備ラインを突破したオーストラリア選手に強烈なタックルをしかけ、鬼神のような戦いぶりでゴール前を守っていた。
そしてピンチになればお得意のキックで自陣を回復し、ゴールポストを狙うときは確実に決める。
最終的には敗れたものの、アルゼンチンはオーストラリア相手に13―14と驚異的な粘りを見せつけたのだった。
この試合により、アルゼンチンは敗北ながら勝ち点1が与えられる。つまり2試合目終了時点でのプールBの順位はこうなる。
順位 国名(勝ち点)
1 オーストラリア(9)
2 アルゼンチン(5)
3 日本(4)
4 イタリア(1)
「これは難しいな」
テレビを見ていた進太郎さんが落ち着きなく顎をさすった。
現実問題としてイタリアが次のオーストラリア戦に勝てるとは考えにくい。最下位は決まったようなものだ。
だが日本の残る試合はアルゼンチンとの直接対決のみ。他のプールの結果にもよるが、日本が次の試合で敗れた時点で9〜12位決定トーナメント行きの可能性も出てきたぞ。
映像が試合を終えた選手へのインタビューに切り替わる。
「敗れはしましたが、アルゼンチンの強さをアピールできました。僕はこのチームを誇りに思います」
キャプテンがはつらつとインタビューに応じる。1点差で相当悔しいだろうに、たいした男だ。
そしてマイクは得点王のフルバックに向けられる。先ほどのキャプテンとはまったく異なり、カメラの前に立ったリカルドは至極不満げに口を曲げていた。
「成功率100%の素晴らしいキックでしたね。次の日本戦はどう攻略しますか?」
差し出されるマイク。即座に彼は今にも噛みつかん勢いで答えた。
「キックがいくら決まっても、負けは負けだ。なぜもっと俺にボールを回さないんだ? トライなんか狙わなくても、俺なら確実に3点を稼げるってのによ!」
記者もどよめく。数多くのプロスポーツ選手を見てきた彼らにとっても、リカルドのようなタイプは初めてだった。
「次の日本戦に向けて、意気込みをどうぞ」
「今日決めたキックは3本だったな。それなら次も3本決めてやるよ。ただし、ドロップゴールでな!」
そう豪語するリカルドは、まるで画面を通して俺を睨みつけているようだった。
後日、俺たち日本代表はホテル近くのグラウンドで練習をしていた。
そこに帝王スポーツの山倉さんが取材に訪れ、休憩していた選手たちに次々と突撃インタビューを行っていた。
「僕たちは負けません。どんな相手でも勝ち切るのが日本代表のすべきことです」
進太郎さんがきらきらとした瞳で応答する。僕って……キャラ変わり過ぎだろ!
「アルゼンチン対策はしていますか?」
「相手はフォワードの強さに定評がありますからね、楽な戦いにはならないでしょう。ですが日本はチームの力で乗り越えます」
爽やかすぎて気持ち悪いな。だが話していることは概ね正しいのは、さすが進太郎さんと言ったところか。
アルゼンチンフォワード8人の合計体重は日本代表とほぼ同じだが、平均身長は3cmほど高い。セットプレーでは日本が不利だ。
「特に次は1点でも勝ち点が必要な試合。内容でも相手を上回れるよう、プレーの質を高めていかないと」
だからあんた誰だよ。俺も和久田君も、呆れてため息を吐いていた。
それぞれのチームが2試合を終えた今、他のプールの順位表は以下の通り。
プールA
1 ニュージーランド(9)
2 イングランド(5)
3 アイルランド(4)
4 スコットランド(0)
プールC
1 南アフリカ(9)
2 フランス(8)
3 ウェールズ(1)
4 ジョージア(0)
現状プールAはスコットランドが、プールCはジョージアが最下位確定だろう。しかしウェールズとアイルランドは勝敗次第で5~8位か9~12位決定トーナメントに進む微妙な位置にある。日本はこれらのチームを勝ち点で上回る必要がある。
そして今の順位表に基づけば、日本代表が自力で5~8位決定トーナメントに進出するには次のアルゼンチン戦で勝ち点2以上を獲得しなくてはならない。
それがいかに大きなハードルか、選手たちも山倉さんも痛いほどわかっていた。
「そのためにはもっと練習を積まないと。フォワード、休憩終わったらキック対策だ!」
突如こちらに顔を向けて、怒鳴り散らす進太郎さん。呼ばれた選手たちは「ええー」と不満の声を漏らしつつも、すぐさま立ち上がって準備に取りかかったのだった。




