第三章その4 決着
改めて勝負は再開される。
先ほどと同じスタート地点まで下がった俺と西川君は、互いににらみ合って火花を散らした。
「よーい、スタート!」
ハルキの声に合わせて西川君はまたも飛び出す。
とっておきのキックを読まれた彼は、次も同じ手で挑むことはまずない。どうも今度は快足で突っ切るようだ。俺から見て右側を、斜めで通過する格好だ。
だが、西川君が何もしかけてこないはずがない。彼の性格を考えると、絶対に何か俺の意表を突くようなプレーをしてくる。
彼と交錯する直前のことだった。俺はイチかバチか西川君の身体が突っ込んできているのとは反対の方向へと自分の身体を動かした。
勘は当たった。西川君はステップを踏み、俺から見て左側へと急に進行方向を切り替えていたのだ。
フェイントだ。サッカー選手顔負けの華麗な足さばきは卓越した身体能力とセンスを否応なく見せつけた。
しかしまさか俺が裏の裏を突いてきたところまでは、さすがに予想していなかっただろう。進行方向を切り替えた途端に、俺が腕を伸ばすのを見て目を丸くした西川君。俺はその胴をがっしと抱え込むと、彼の前進を食い止める。
その拍子に、西川君の手からボールが滑り落ちた。ボールは西川君の進行方向へとバウンドし、やがて止まる。
誰が見ても明らかな、西川君のノックオンだった。
「太一が……勝った」
ハルキがわなわなと呟く。西川君がタイマンに負けるなんて、今まで誰もが目にしたことの無い光景だった。
次の瞬間、「すげえええ!」と興奮した観客一同がコートになだれ込み、続々と俺を取り囲んだのだった。
「すげえぞ太一!」
「さすがラグビーの鬼!」
かつてない大歓声。だが俺は散歩中のお爺さんが不思議そうに頭を傾けてこっちを見ているのに気付き、「シー、静かに」と全員を宥めた。
だが今一番心配なのは……。俺はちらっと目を逸らす。
そこにいたのは地面にうずくまったままの、西川君だった。
「……くそ、くそ」
呆然としていた西川君は、クラスメイトの声にようやく何が起こったかを理解したようだ。強く握った拳を地面に叩きつけ、土をほじくりかえしていた。
「くそ、くそ、くそ!」
何度も何度も、握り拳を打ち付ける。擦りむけて血さえも出てきそうだが、それでもなお彼はやめなかった。
「西川君……」
俺は彼の傍らに屈み、顔を覗き込んだ。だが意外にも、返されてきた西川君の顔は存外に穏やかなものだった。
「負けたよ、完全に。小森、迷惑かけてすまなかった」
彼は敗けを認めたのだ。あらゆるスポーツで一番になっても、ただひとつラグビーだけは俺に及ばないと。
勝負に不正は行わず、素直に勝敗を受け入れる。彼は肉体だけでなく、精神面でもスポーツマンだった。
そうなると俺がすべきことはひとつ。西川君を讃えることだ。
「いや、西川君はすごく強かった。絶対にすごいラグビー選手になれる」
俺は強く言い切った。途端、西川君はきょとんとした顔で言葉を失ってしまった。
「西川君、ラグビーはポジションごとに役割が全然違うんだ。力で敵を止めるのがフォワードなら、走って点を取るのはバックスの仕事なんだ。互いに得意と苦手をカバーし合って、初めてラグビーはできる。だからラグビー選手には体重の重い人がいれば、すらっと背の高い人もいるし、逆に小さい人もいる。何もかも違う全員が、ひとつになるのがラグビーなんだよ」
長々とまくしたてる俺。だが西川君はずっと黙って聞いていた。
「もちろん君みたいな何でもできるタイプなら、どのポジションだってなれる。俺みたいにフォワードしかできない奴にとったらすごく羨ましいよ」
そして俺は地面に転がっていたラグビーボールを拾い上げると、西川君に緩やかに放り投げる。
それを受け取った西川君は、しばらくの間ボールをじっと眺めていた。
「小森」
だがやがて口を開くと、強い視線を俺に投げ返してきたのだった。
「俺は絶対にお前に勝つ。いつかお前の守備を突破してやる。だからそのために」
西川君がボールを投げる。それを俺は慌ててキャッチした。
「俺もラグビースクールに通うからな」




