第二十七章その5 8人はひとつ!
そこからU-20日本代表は馬原さんをはじめとしたバックス陣の大抜けで得点を重ね、前半だけで3トライと1PGを奪った。
しかし相手も日本一の大学生チーム、こちらの守備を突破して2つのトライを返されてしまい、結局24-12でハーフタイムを迎えたのだった。
「このまま逃げ切れば十分に勝てるかな?」
控え室で和久田君が汗を拭きながら言う。まだ5月とはいえ高温多湿の日本は、ニュージーランドの気候に慣れてしまった俺たちにとってはしんどかった。
「どうだろう、フォワード勝負になると俺たちの方が不利だ」
しかし聞いていた進太郎さんはドリンクのボトルから口を離し、冷たい息を吐きながら言い放つ。
個々人の力量ではこちらが上回っている。しかしスクラムの場面では、決まって俺たちは押し負けてしまっていた。
日本代表フォワード8人の体重は合計850kgほど。フロントロー以外の選手は軒並み100キロを下回っている。
対するさいたま明進大学はフィアマルなど大柄な選手をそろえ、合計体重もざっと880kgはあった。加えてフィアマルを除けば何年もいっしょにプレーしているメンバーばかりなので、力を込めるタイミングや仲間のクセなどを互いによく理解している。8人の結束がすべてを左右するスクラムにおいて、この差は極めて大きい。
そして後半、コートの上に立つ選手たちも息切れして疲労を隠せなくなる辛い時間帯だ。しかしここにいるのは皆小さい頃からラグビーに打ち込んで走り込みをこなしてきた選手ばかり、足を鈍らせる者は誰一人としていなかった。
やがて試合時間残り5分となった時点で、スコアは18-35でU-20日本代表がリード。俺たちの勝利は確定も同然だった。
だが日本代表はこのタイミングでノックオンの反則を犯してしまい、相手ボールスクラムで試合が再開される。
相手にとっては敗北の決まった試合、しかしフォワード戦だけは決して負けないという自信が浸透しているのか、全員がギラギラと目を滾らせて高いモチベーションを醸し出している。
「ここでスクラムに負けても、試合には勝てる。どんなにヘマかまそうが、記録の上では俺たちの勝利だ」
スクラムを組む位置まで移動する途中、進太郎さんがぼそりと呟いた。いっしょに歩くフォワードの選手たちは、誰も口を挟まなかった。
「でもなお前ら、そんなんで満足できるか!?」
進太郎さんが声を張り上げる。同時に、とぼとぼと歩いていた選手たちがくるりと振り返り、189cm100kgの大型フランカーに無言のまま視線を送ったのだった。
「少なくとも俺はできねえ! バックスの助けがなけりゃロクに勝てないなんて、日本のフォワードはそんなに軟弱なのかよ!?」
そして進太郎さんは仲間をぐるりと見回し、吠えるように言い放った。フォワードの男たちはしばし黙っていたが、その内のひとりがぷるぷると震える腕を振り上げ、そして答える。
「バカ言うな、満足できるわけないだろ!」
力強い返事だった。それを皮切りに、他のメンバーも次々と口を開く。
「そうだ、ここで押し勝たないと俺たちは勝ったことにならねえ!」
「これから世界で戦うんだぞ、ここでへこたれてられっか!」
このまま試合に勝てたとしてもスクラムで負けてしまったなら、フォワードにとっては敗北も同然だった。いっそのことスコアの面でも負けてくれた方が、気持ちの上では楽だというのが俺たちの本音だ。
「進太郎さん、勝ちましょう、このスクラム!」
最年少の俺は拳を強く握りしめながら、年長者の進太郎さんをじっと覗き込む。そんなメンバーの奮起を見届けた進太郎さんは、にやっと口角を上げると「だな、このプレー死ぬ気でいくぞ」と拳を鳴らしたのだった。
自らを奮い立たせたまま、俺たちはスクラムを組み合う。
日本代表とさいたま明進大学、両チームのフロントロー同士は火花を散らしながら向かい合った。相手左プロップのフィアマルも、ぎろりと眼光を一際鋭く光らせる。
「クラウチ、バインド……」
レフェリーの声とともに最前列同士で頭を擦り合わせる。この一瞬、俺は観客席の歓声すべてをシャットダウンし、審判の声だけに耳を研ぎ澄ませた。
「セット!」
そして合図とともにぶつかり合う8人と8人。大型車の正面衝突と同等のエネルギーが発生し、俺たちの首と背中に伝導する。
ぐりぐりと頭がこすれ、肩がえぐり取られそうなほど削られる。だが鍛えに鍛えたこの身体は、これくらいの酷使はどうってことなく耐えてくれた。
その時、視界の隅で相手スクラムハーフがボールを転がし入れたのが見えた。
タイミングは、ここだ!
「どうりゃああああ!」
日本代表8人全員が吼えた。地面が、空気が、スタジアムが揺れた。
これくらいの重量差なんて、世界と比べればなんてこたぁない!
8人がひとつになれば、どんな相手だって倒せるんだ!
俺たちは全身の筋肉を前に進むことに注力させる。
俺は右肩に自分の全体重、さらに後ろから押すロックとフランカーの分の重みをのせて向かい合う相手右プロップに叩き込む。
その圧倒的な重量についに相手は陥落した。がくんと相手の膝が折れ、地面に崩れ込む。
「コラプシング!」
レフェリーのコールとともに、俺たちは「よっしゃあ!」と歓声を上げる。一方の相手はずんと沈んだように地面に伏せてしまった。
相手ボールのスクラムで反則を誘う。力こそすべてのフォワードにとって、これ以上の喜びはない。
その後、ペナルティキックから敵陣奥深くでマイボールのラインアウトを獲得した俺たちは、モールを形成しそのまま押し込む形でトライを奪った。
すぐに試合も終了し、結果は18-42での勝利。最後の最後に、フォワードの結束が固まった一戦だった。
「進太郎さん、これで世界でも戦えますね!」
控え室に戻る途中、俺は前を歩く進太郎さんに話しかける。試合に出たフォワードは、全員が身体から蒸気を上げるほど汗だくになっていた。
「ああ、だがまだ足りない」
話しかけられた進太郎さんは息を切らしながらも、なおも闘志を燃やす眼で俺たちを振り返る。
「まだまだ課題は多い、大会本番までに修正していくぞ!」
そして強く呼びかける。どんな強敵相手でさえも張り倒してしまいそうな年長者の咆哮に、俺たちは「おう!」と声を揃えた。




