第二十七章その2 かつての仲間は今日の敵!?
船木監督から説明を受けた後、U-20メンバーは早速練習へと移る。
ランパスにスクラムにと定番のメニューをこなすが、さすが若手の最強メンバーが選ばれているだけあって何も言わずとも互いにパスの運び方やスクラムの力加減を合わせていくことができる。
「うお!?」
タックルバッグを使ってのタックル練習の時だった。秦兄弟の兄、進太郎さんのタックルを受けた俺は、あっけなくひっくり返されてしまった。
俺の方が30キロ以上重いはずなのに、なんという馬鹿力。彼の場合は元々のパワーに加えて、相手の重心を的確にとらえる技術があった。
「まだまだ、足腰が鍛えられていないぞ少年!」
ガハハと笑い飛ばす進太郎さん。そんなに年齢差ないだろと言いたいが、彼も20歳と呼ぶにはやや抵抗のある風貌なので黙っておこう。
そして夕方、短くもハードな練習を終えた俺たちは近くのホテルへと引っ込んだ。
だが大変なのはむしろここからだった。くたくたに疲れているにもかかわらず、夕食の時間まで会議室で作戦や連携に関する講義を船木監督から受けなければならなかったのだ。
すごくためになる話ではあるのだが、この疲労を抱えたまま頭を使うのはとんでもなく辛い。必死で眠気と戦い、何度も何度もがくんと頭を落としながらも俺は講義を乗り切ったのだった。
とうとう今日のスケジュールをすべてこなし、後は寝るだけだ。俺と和久田君は同じツインルームで、ジュースを飲みながら窓辺のソファでくつろいでいた。
「凄い綿密な作戦だったね」
講義でもらった資料を読み返しながら、和久田君はふむふむと頷く。そこには場面と状況にあわせてボールの回し方から走り込む位置まで、高校レベルとは比べ物にならないほど細かい作戦がぎっしりと記されている。一目見ただけでトッププロの選手たちが相手の裏の裏の裏をかくような心理戦を繰り広げていることが、嫌というほど伝わるだろう。
「でも、なんというか……」
俺はペットボトルのコーラをぐいっと傾けた。俺が何を言いたいのか察してくれたのか、和久田君も細めた目をこちらに向ける。
「うん、軽い……よね」
そう言うのが一番的確だろう。日本の選手たちは進太郎さんのような一部の選手を除き、ニュージーランドと比べてフィジカル面でどうしようもない差があった。
ロックの身長は一番高い選手は193cmだ。200cm級の選手を間近で見てきた俺たちにとっては、随分と小さく思えた。去年まで招集されていた中尾さんは身長200cmだが、彼の場合はあくまで例外に過ぎない。
プロップの体重も俺は130キロ超だが、他の大学生メンバーは110キロ台だ。ニュージーランドでプレーしていた時は強いチームには大抵120キロ級がゴロゴロいて、それらと組み合っていた俺にとっては物足りなくさえ思えた。
だから言い方は悪いが、年齢は上がったはずなのに全体としてメンバーがレベルダウンしてしまった気がする。
とはいえそんなのは最初から分かり切っていたこと。日本代表は海外選手との差を埋めるため、素早い起き上がりとダブルタックルの献身的なプレーに磨きをかけ、変幻自在なパス回しで対抗してきたという歴史がある。そしてフォワードを中心に大柄な海外出身選手を多く登用し、強固なスクラムを作り上げてきたのだ。
そのような伝統を誇るチームに入ったからには、もう四の五の言ってはいられない。俺たちはこのメンバーで世界と戦わなくてはならないのだ。
「さいたま明進大との試合は5月か。それまでに勝てるチームにしていかないとね」
「だな」
俺と和久田君は拳を突き合わせた。不満を口にしている場合ではない、フィジカル面での不利なんて連携を深めて、覆してやればいいだけのことだ。
「にしても驚いたね、まさかフィアマルのいるチームだなんて」
「だよなぁ、よりにもよって日本で敵として戦うことになるなんてさ」
この件に関しては俺も和久田君も驚きを隠せなかった。
フィアマルはひとつ年上の、サモアから来た留学生だ。俺やニカウ以上の体格の持ち主で、かつてはラグビー部でもフロントローの中心的役割であったが、2年生の時に試合中の大怪我が原因で調子を崩してしまった。
その後リハビリを積んでラグビーに復帰したもののプロチームから声はかからず、もう1年学校に残って大学進学を目指すことになった。そして努力が実を結び、この春から日本の大学へラグビー特待生として入学することが決定したのだった。
プロになれなかったとはいえ、フィアマルの手強さは俺たちが一番よく知っている。復調した彼の怪力は、化け物ぞろいのニュージーランドでもトップクラスだ。
「あのフィアマルのことだから、すぐにでも一軍に入るだろうな」
決して日本の大学ラグビーを低く評価しているわけではないが、それほどまでにフィアマルの潜在能力はすさまじい。俺とて彼と正面から力比べをして、勝てるだけの自信は無い。
「だね、彼に勝てるくらいにU―20のスクラムをひとつにしていかないとね」
和久田君の手に持ったA4の紙に、くしゃりと少しだけ皺が寄る。スクラムハーフである彼は俺と一緒にスクラムに加わることは無いものの、フォワードとバックスのつなぎ役として試合の展開を大きく左右する。
5月のさいたま明進大との試合、とんでもないフォワード勝負になるだろうな。




