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第二十七章その1 こんなところに知り合いが!

 U-20の合宿に参加するため、俺はでっかいバッグを肩に引っ提げて駒沢オリンピック公園の敷地内を歩いていた。


 枯れ葉が風に舞い上がる2月の凍えるような寒さの中では、ジョギングのために外出している人の数も少ない。しかし公園内に設けられた球技場には、こんな寒さなど屁とも思わない様子で黒一色の長袖長ズボンのジャージを着た若者たちが集まっていた。


「小森君!」


 その中のひとりがこちらに気付くなり、だっと駆けつける。


「和久田君、久しぶり」


 ほんの2か月前までチームメイトだった仲間の姿を見て、俺の足取りもおのずと軽くなる。


「公式戦デビューおめでとう!」


 そして俺と和久田君は互いにハイタッチを交わした。オークランドでは得点した時には毎度のようにやっていたことなので、すっかり身体にしみついてしまっている。


「うん、ありがとう! まさか一番早くに選ばれるなんて、思ってもいなかったよ」


 和久田君は先月、Rリーグ福岡シューティングスターズと名古屋ゴールドシャークスとの一戦で初めてプロ選手として試合に出場していた。後半途中からのわずか20分ほどだが、ニュージーランドで鍛えた鋭く正確なパスをバックスにつなぎ、決勝トライをアシストするという華々しい成果を挙げている。


「それにしても小森君、はるばるニュージーランドから来てくれてありがとね。チームの練習には間に合いそう?」


「正直言うと開幕ギリギリまで大会あるからきつい。でもこれを着れると思ったら、そんな些細な事はどうでもよいかなって」


 話しながら、俺は今着ているジャージの上衣のファスナーをジーっと下げる。


 下から現れたのは、赤と白の縞模様。そして胸に描かれた3輪の桜のエンブレム。


 それは見紛うこと無き日本代表、ブレイブブロッサムズのユニフォームだった。日本のラグビー少年なら誰もが憧れ、夢に見る桜のジャージ。


 実家にこれが届いた日の夜、俺は小学校入学前にランドセルを抱いたまま寝床に入る子供のように、ろくに眠ることができなかった。U-20とはいえ、これを着れば日本を背負うチームに選ばれた喜び、そして重圧をひしひしと肌で感じる。


 聞いた話では現在17歳なのは俺と和久田君だけのようだ。他のメンバーは若手プロ選手や強豪大学のラグビー部員など、全員俺たちより年上らしい。


 年上とはいえ20歳以下の選手たちの顔つきは個々人によって様々だ。まだ高校生かと思うほど幼い面立ちの選手がいれば、もう三十路に足を突っ込んでいるのではないかと思うほど老練したオーラを放っている選手もいる。


「やあ、久しぶり」


 だがそんな年上集団の中からひとり、突如とび出して声をかけてきた選手がいるものだから俺たちは「え!?」と取り乱してしまった。


「え、えっと」


 この人、誰だろう。俺は必死で脳をフル回転させて記憶をたどる。


 気さくに話しかけてはくるものの、怒ってるのか笑ってるのか読み取れない、眉ひとつ動かさない仏頂面。そしてラグビー選手というよりも、短距離走の陸上選手のような逞しい四肢。


 まさか……?


「馬原く……馬原さん!?」


 俺はついポンと手を鳴らしてしまった。小学5年の時、全国大会でプレート優勝を争った東京都代表立川ラグビースクールの馬原和樹だ!


「そう、覚えてくれてて嬉しいよ。小森君、ニュージーランドでプロになったんだってね。君ほどのプロップなら世界で戦えると思っていたけど、本当にやってしまったもんだから大したもんだよ」


 相変わらずの鉄仮面っぷりだが、馬原君……いや、馬原さんの口角がわずかに上がっていた。


 実に6年振り……いや、小学6年の関東大会でちらっと出会ってるから5年振りか。あの陸上選手顔負けのスプリンターだった彼は、この春高校を卒業してRリーグ札幌ホワイトクレインズに入団することが決まっていた。


「馬原、やっぱりお前も呼ばれてたんだな!」


 突然のことだった。俺と話していた馬原君の背後から、ぬっとでっかい影が現れたのだ。そして太い腕で馬原君の両肩をホールドすると、そのまま羽交い絞めにしてしまったのだった。


「進太郎、相変わらずだな」


 だが捕まった馬原さんは慣れたことのように無表情のままため息を吐いた。


「お、知り合いか?」


 後ろの男がこちらに顔を向ける。そして目の合った俺は、またしても不意に現れた見覚えのある顔に「あ!」と声を漏らしてしまったのだった。


 馬原さんにじゃれつくこの大柄な男は、秦亮二の兄こと秦進太郎だった。


 前の人生では日本代表のフランカーとして、ワールドカップにも出場していた日本最強の弾丸男。フィジカルの強さなら世界でもトップクラスと報じられていた。


 実は俺が小学6年の時、菅平合宿でちらっとだけ出会ったことがある。京都の伏見桃山ラグビースクールと練習試合を組んだ時、弟の亮二の姿を見るために中学の練習を抜け出してフェンスの外から観戦しに来ていたのだ。


 当時中学年生で既に身長180cmはあった彼だが、今はさらにでっかくパッと見で190cm近くになっていた。全身も鋼ですらへこませてしまいそうな筋肉に覆われ、まさにラグビーをすることに特化した身体に成長している。


 なお彼は俺より3学年上だが、誕生日が2008年1月と早生まれなのでU-20代表に選出されている。このチームには去年の大晦日、つまり2027年12月31日時点で20歳未満の者だけが選ばれているのだ。


「ほら、前に話しただろ。ニュージーランドに行ってた……」


「おー、小森君と和久田君だな。初めまして、キムから聞いてるよ!」


 以前ほんの少しながら言葉を交わしていたのを、彼は気付いていないようだ。その時は俺のことを「未来の桜の戦士」と呼んでくれたが、まさか本当に袖を通すことになるとは思いもしなかったよ。


 進太郎さんは馬原君から手を離し、ニコニコ笑顔で俺に手を伸ばす。俺と和久田君は「どうもよろしく」と伸ばされた手を順に握って返した。


 そういえば進太郎さんはキム・シノも今年入団したRリーグ大阪ファイアボールズに在籍しており、しかもポジションも同じフランカーだ。きっとキムがオークランド時代の俺たちの話を先輩にあれこれと話してくれているのだろう。


 ちなみに弟の亮二は京都の強豪高校に通っており、西川君や石井君と同じく高校日本代表に選ばれているそうだ。今は3月のイングランド遠征に備えて大阪で合宿しているらしい。


 その後召集されたメンバー全員が集まったようで、球技場は丈の長いジャージ越しでも屈強な肉体が窺える男たちで溢れかえる。


「皆さーん、こちらにお集まりくださーい!」


 やがて桜のエンブレムの描かれたジャンパーを着たスタッフのひとりが声を張り上げたので、俺たち全員がその周りに集う。


 そしてスタッフの隣に立ったスーツ姿の男性がすっと前に出ると、軽く頭を下げたのだった。


「どうも、U-20監督の船木です」


 年齢は50くらいだろうか、頭に白髪の混じり始めた男性が挨拶すると、30人ほどのメンバーは「よろしくお願いします!」と威勢よく声をそろえた。


 それにしてもさすがナショナルチーム、船木監督を起用するなんて。かつてスタンドオフとして日本代表にも選ばれたことがあり、引退後は指導者としては活躍、わずか15年の間に大学ラグビーを7度制したという名将だ。日本国内でこの人以上の実績を誇る監督というのは、もうン十年以上指揮官をやっているようなレジェンドクラスでもない限り、ふたりとしていないだろう。


「皆さんのような未来ある若者がここに集まってくれて私は嬉しく思います。この日本ラグビー界を背負う期待の星、そんな皆さんの監督に選ばれること、まことに光栄だと感じています」


 じっと口を閉ざして耳を傾けるU-20代表をぐるりと見回しながら、船木監督は淡々と話す。しかしその眼はぎろりと得も言われぬ不気味な輝きを放っており、目の合った者に異常なまでのプレッシャーを与えていた。


「さて、このチーム最大の目標は6月から開催されるワールドラグビーU-20チャンピオンシップであることは既にご存知でしょう。中には去年も大会に出た選手もいらっしゃいますかな?」


 近くに立っていた進太郎さんが、ごくりと唾を呑み込んだ。


 年に1度、世界の上位12か国のユース世代だけが集まって頂点を決める大会、それがワールドラグビーU-20チャンピオンシップ。


 今年の開催地はなんとニュージーランド、10数年ぶりのラグビー王国での開催に、世界の関係者は沸き立っていた。俺にとっては半分ホームのようなものなので気が楽だが、世界の多くの選手にとっては敵の大本営に乗り込んでいくような気分だろう。


 なおこの大会の特徴として、出場12か国で最下位になったチームは、ひとつランクの落ちるワールドラグビーU-20トロフィーという大会の優勝チームと入れ替わるというものがある。別々の大会が1部グループと2部グループのような役割を果たしているのだ。


 日本は長らく2つの大会を行き来してきたという微妙な立ち位置だったものの、近年は国内レベルの上昇が反映されて上位のチャンピオンシップに留まり続けている。とはいえその順位は毎回最下位をギリギリ逃れる程度のもので、これまでの最高位は2026年大会の8位だ。とりあえずはこの順位を上回るためにも、俺たちは合宿を通して力をひとつにしていく必要がある。


 しかしそれは言うほど簡単なものではない。これより上の順位というのは欧州最強シックスネイションズや南半球4か国など世界的な強豪、ティア1諸国がぞろぞろと名を連ねている。そんな超強敵相手にラグビーで勝ち星を得るということは、ずっとラグビーをしてきた俺たちだからこそとてつもなく困難であることは理解していた。


「そして大会を前に、皆さんには合宿にあわせていくつか練習試合を組んでおります。特に大会直前にはさいたま明進大学のフルメンバーとの練習試合も組んでおりますので、まずはここで勝てるチームを作り上げていきましょう」


「さいたま明進……手強いな」


 馬原さんがぼそりと呟く。


 古くからの伝統校が上位を独占する大学ラグビー界において、ここ10年ほどで一気に力を伸ばしてきた新勢力だ。今年1月の国立競技場での決勝でも、100年以上の伝統を誇る相手校に大差をつけて優勝を成し遂げてしまったのは記憶に新しい。このU-20メンバーにも、在校生が数名選ばれている。


 下手なプロクラブよりずっと強い。練習試合とはいえそんな相手と戦えるなんて、自然と気が引き締まる。


「ねえ、小森君」


 その時、和久田君が俺をつついた。俺は振り返ると小声で「どしたの?」と尋ね返す。


「さいたま明進大学って、たしかあの」


「え、さいたま……あ!」


 そうだった、肝心なことを忘れていた。


 強豪さいたま明進大学は留学生の募集にも力を入れている。トンガといった南太平洋のラグビー強豪国だけでなく、ニュージーランドやオーストラリアから海外でプロになることを夢見て進学する選手も少なくない。


 そしてその中には我らがオークランドゼネラルハイスクールのひとつ年上の左プロップであり、今年の春から進学予定のフィアマルも含まれていたのだ!

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