表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/276

第二十六章その4 合同記者会見

 引越しを終えてから数日後。俺はオークランド州代表のクラブハウスに向かった。


 クラブハウスの広間にはずらりとパイプ椅子が並べられ、壇上には会見席も設けられていた。人の数もまだ疎らで、そのほとんどは会場設営のスタッフだ。


 その中にひとり、よく知った顔を見つけた俺はほっと胸を撫で下ろし、声をかけたのだった。


「エリオット!」


 向こうもこちらに気付き、「太一、久しぶり!」と手を振って応える。


 年代別のオークランド選抜チームでいっしょだったエリオット・パルマーだ。セントラルチャーチ校の快足ウイングである彼もまた、同じオークランド州代表に入団していた。


「地区大会以来だな。またいっしょにラグビーできるなんて嬉しいよ」


「おう、お前が止めて俺が走る。またあのプレー見せつけてやろうぜ!」


 そう言って腕を交わす俺たちは互いに、オークランド州代表のジャージを纏っていた。


 今日は俺たちの入団記者会見だ。今年ニュージーランド国内の高校や大学を卒業して、来年度からチームに加入するメンバーだけが集められて初めて公式にお披露目されるのだ。


「聞いたぞ、和久田とキム。日本のチームに入ったんだって?」


「ああ、ふたりとももうチームに合流して、練習に参加しているみたいだ。Rリーグのシーズンはもう始まっているから、早ければ来月中にでも試合に加わるかもしれない」


「一足早くプロデビューか。羨ましいなぁ」


 仲間たちの近況を話す俺とエリオットだが、その最中「はい、新メンバーはこっちに来てー」とスタッフに呼ばれ、会話は打ち切られてしまう。


 その後、設営の完了した会場にはあっという間にテレビ局や新聞社の記者で溢れかえる。その中には帝王スポーツの山倉さんの姿もあった。


 やがて開始時刻となったところで、俺とエリオット含む新メンバー7人が壇上に登り、ひとりずつ自己紹介の時間を与えられたのだった。


「プロップの小森太一です。オークランドゼネラルハイスクールを卒業しました」


 あまりこういう場は得意ではない。震えを抑え込みながら口を開くと、同時にパシャパシャとフラッシュが激しく焚かれる。地元から出た全国優勝チームというのもあって、やはり注目度は高いようだ。


「オークランド州代表を選んだ決め手は何ですか?」


「どんな選手になりたいですか?」


 質問を飛ばす記者の皆さん。それぞれにひとつずつ、俺はしどろもどろ答えていく。


「では小森さん」


 最後に名乗り出たのは山倉さんだった。顔を知っている人からの質問に、俺はひそかにほっとした。


「日本ラグビー協会は先ほど、正式に小森さんをU-20日本代表に招集する意向を固めたそうです。この件に関してはもう聞き及んでいらっしゃいますか?」


「え、そうなんですか!?」


 初耳だよ、そんなの!


 あまりの衝撃に俺は声を裏返す。それはスタッフも記者の皆さんも同じようで、その場にいた全員が愕然とした顔で俺と山倉さんを見比べていた。




「疲れた……」


 会見を終えて控え室に戻る俺の足取りは、まっすぐに進むのもおぼつかないほどだった。慣れない場で緊張して、おまけに代表招集の急展開で、もうへとへとだよ。


「よう小森、久しぶりだな!」


 そんな時、背後から威勢良く声をかけられる。振り返ったそこに立っていたのは、優に200㎝を超える長身の男。そう、3つ年上の元キャプテン、ローレンス・リドリーだ。


 20歳になったローレンスはすっかりオークランドのロックとして馴染んでおり、チームでもトップクラスの人気を誇っている。


 そんな彼の腕にはめられたリストバンドには、萌えアニメのキャラがガッツリとプリントされていた。親友、てか同士の中尾さんによって、着実に日本の萌え文化に毒されているようだ。


「そうか、お前もU-20日本代表に選ばれたのか」


 ローレンスは嬉しそうに頷く。彼もこれまでU-20ニュージーランド代表に選ばれており、今年のU-20チャンピオンシップにも出場していた。


「うん、だけど代表って何したらいいのかわからなくて……」


「誰だって最初は不安なもんだ。そうだ、せっかくだし仁に訊いてみたらどうだ? あいつは去年もU-20に選ばれてたから、色々教えてもらえると思うぜ」


 そう話しながらローレンスはバッグからタブレットを取り出し、電話をかける。しばらくして画面の向こうに静岡マウンテンズのロック、中尾仁の顔が現れたのだった。


「よう、どうしたんだ突然?」


 すぐにローレンスは俺がU-20に選ばれたことを説明し、通話中のタブレットを俺に渡した。


「U-20選抜、おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


 まさか日本の若手ナンバーワンロックと画面越しとはいえ話すことになるなんて。俺は声をひっくり返していた。


「6月にチャンピオンシップが始まるから、それまでに日本国内で合宿して備えておくんだ。そうやってチームメイトの連携を深めていくくのがいつものパターンだよ」


「合宿はいつから始まるのですか?」


「2月からだよ。その後も何度か繰り返して6月の大会を迎えるそうだから、それまでは日本に滞在しておいていいんじゃないかな?」


 おいおい、引越し済ませて間もないってのに、もう帰国かよ。


 せっかくゆっくりしようと思っていたのに……けれどもまあ、チームに選ばれたことは素直に嬉しい。こういうのを嬉しい悲鳴って表現するんだろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 顔見知りがいるのはやはり心強いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ