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第二十六章その2 開幕と朗報と

 翌日、オークランド市内の広場に設けられたのは巨大なテント。その下に設置された大画面のパブリックビューイングには、大勢の人々が集まっていた。


 和久田君、キム、ニカウといったラグビー部の大多数、アイリーンらホストファミリーの皆さんもここに来ている。服装は普段着や自分の所属するラグビークラブのジャージなどと様々だが、最も目立ったのは白と水色の縞模様、アルゼンチン代表ロス・プーマスのジャージだった。


「やっぱ開幕戦って良いもんね」


 ジャガーのエンブレムが施されたジャージを着たアイリーンが、手にしたビールのプラコップを喉に傾ける。ニュージーランドでは飲酒は18歳から可能だ。


 豪快な飲みっぷりを披露する彼女から俺は必死で目を逸らす。だが他の大人たちも総じてビール片手に試合時間を待っているので、俺はコーラを流し込んで誘惑に耐えていた。


 今日から始まるラグビーワールドカップ2027アルゼンチン大会。スタジアムには行けなくとも会場の雰囲気を楽しもうと、ラグビー好きのオークランド市民が押し寄せていた。


 開幕戦はアルゼンチンの首都ブエノスアイレス、エル・モヌメンタルにて催される。記念すべきそのカードは地元アルゼンチンとサモアだ。


 やはり大会を盛り上げるためか、ワールドカップ開幕戦にはホスト国の試合が組まれるのが恒例となっている。2019年日本大会の時も日本とロシアの組み合わせで大会が始まったのは、ラグビー好きの皆様ならよく覚えておいでのことだろう。


 両軍の国歌アンセムが流れた後、両軍が別サイドに分かれたところでサモア代表が整列する。


 そしてキャプテンの掛け声とともに、伝統のウォークライ「シヴァタウ」を力強いダンスにあわせて唱え始めたのだった。


 サモア代表こと「マヌ・サモア」の一糸乱れぬ勇壮な姿に、観客のボルテージは最高潮に達した。それは遠く10000キロ離れたここオークランドの広場も同様で、ニュージーランドの人々は画面に映った大男たちに向けて大歓声を贈っていた。


 例え自分のひいきではないチームであっても変わりはない。ここにいる人々にとってはどのチームが勝つかよりも、試合そのものを見るのが楽しいのだ。


 昨日、ウィリアムズ家に帰った俺は早速、オークランド州代表から通知が届いたことを報告した。


 オスカーさんはすぐに祝いのバーベキューの準備に取りかかり、マライアさんは俺を強くハグし、アイリーンはおいおいと泣いて喜びながら南さんに電話をかけた。まだ日本は学校で授業中のだったようで繋がらなかったので、後からメッセージを打ち込むことになったのだが。


 そしてもちろん家族にも連絡を入れる。そして電話口でプロになると伝え、スピーカーの向こうから母さんがすすり泣く声が聞こえてきた途端、俺はようやく自分が両親にとって自慢の息子になれたのかなと胸の奥からじーんと熱いものがこみ上げてきたのを感じた。


 周囲の人々の歓声が一際大きくなる。見ると画面の中ではちょうどキックオフがなされて、楕円球が宙に高く飛び上がっていた。


 いつか自分もこの舞台に立つんだ。そう強く思いながら、俺はぐっと拳に力を込めた。


「おっしゃいけー!」


「負けんなよー!」


「すっご、なんてでっかいキックだ」


 集まった人々と同様に、ラグビー部のみんなも口々に画面に向かって叫んでいた。アルゼンチンもサモアも、ナイスなプレーがあれば拍手で称賛し、あと一歩でトライを逃したりキックが逸れてしまったならば、まるで自分のことのように落胆する。スポーツを愛する人々にとってはあまりにも当たり前の光景だった。


 ちなみにオールブラックスのニューフェイス、ハミッシュ・マクラーセンの最初の試合は3日後の日本戦と目されている。俺にとってはどっちを応援すればよいのか悩む試合だが、たしか結果はニュージーランドの圧勝になるんだったなぁ……。


 前回大会までベスト8を続けていた日本代表が、前の人生においてはこの大会からベスト12止まりの停滞期に突入してしまったのを思い出すと複雑な気分だ。


 さて、開幕戦は地力で優るアルゼンチンがサモア相手に有利にゲームを進める。しかしサモアとて一筋縄ではいかない相手、重量級フォワードをそろえたスクラムでは、なんと相手を押し返してボールを奪ってしまうという場面もあり、一瞬たりとて目の離せないレベルの高い勝負となった。


 結果は32-16でアルゼンチンの勝利。両チームが互いに良いところを発揮した、見所の数えきれない試合だった。


「いやぁ、良い試合だったねぇ」


 いつものラグビー部4人で会場から去る途中、ニカウが満足げに笑顔を浮かべる。


 俺たちが「だよんばー」や「最後のトライが劇的だった」など興奮冷め切れずまくし立てる最中、和久田君のスマホが『いざゆけ若鷹軍団』を奏でたのだった。


「あれ、オースティン先生からだ」


 和久田君はスマートフォンをフリックする。休日にどうしたのだろうと、俺たちも立ち止まって耳を傾けた。


「和久田、今学校まで来れるか!?」


 オースティン先生はぜえぜえと息を切らしていた。まるで今まさに1000メートルを全力疾走し終えたばかりのようだ。


「はい、10分くらいで行けます。みんなとパブリックビューイング見に来てますんで」


「みんな? そこにキムもいるか?」


「はい、いますけど?」


 ちらりと和久田君がキムに視線を送る。一方のキムは「俺?」目を丸くして自分を指差した。


「じゃあキムもいっしょに連れてきてくれ。大切な話があるんだ!」




 パブリックビューイング会場から家には直帰せず、俺たち4人は学校へと立ち寄った。そしてオースティン先生の部屋に入っていったキムと和久田君を、俺とニカウは外で待つ。


 およそ5分後、部屋の扉が開いて出てきたふたりは、無言のまま俯いていた。手には一枚の紙を持っている。


「何があったの?」


 ただならぬ雰囲気に、俺は恐る恐る尋ねる。


「実はな……」


 ずっと下を向いて表情を隠していたキムがにやりと笑った。


「僕たち、日本からオファーが来たんだ!」


 そしてふたりそろって手にした紙を広げて見せる。そこにはRリーグクラブからの、入団の勧誘が記されていた。


「おめでとう!」


 幸せが爆発する。俺とニカウは今日の試合が終わった瞬間以上の拍手を誇らしげな顔のふたりに贈り、そして4人全員でハイタッチしてプロ入りを祝った。


 聞けば和久田君は地元である福岡シューティングスターズから誘いがあったそうだ。和久田君は以前、卒業したら九州でラグビーを続けたいと話していた。そんな彼にとってこのオファーは断る理由のない絶好の通知、入団は決まったも同然だった。


 対してキムは大阪ファイアボールズからのオファーが届いたそうだ。Rリーグ屈指の強豪チームである一方で、アジアなどラグビー発展途上地域への競技普及にも力を入れており特にアジア各国から優秀な選手を集める手腕に定評がある。なかなか注目される機会の少ないアジア各国のラガーマンにとって、このチームに選ばれることは最高の名誉なのだ。


「みんなおめでとう! あとはニカウだけだな」


 俺たちはちらっとニカウに顔を向ける。まだオファーの話は聞いていないが、彼ほどのプロップならきっと引く手あまただろう。


「実は、まだ言ってなかったんだけどぉ」


 だがそこで、ニカウはなんとも照れさそうに頭を掻き出す。


 そして俺たちが「え!?」と声を失う中、彼はスマホを取り出したのだった。見せつけた画面には、一枚の紙が映し出されていた。


「実は昨日、Mitre10のワイカト州代表から通知があったんだぁ。みんな帰った後だったし、言い出すタイミング逃しちゃってぇ」


「なんだ、4人全員めでたくプロ入りか!」


 和久田君がほっと安心するように口にする。だが俺とキムは口をとがらせてブーイングを浴びせたのだった。


「水臭いな、おい!」


「そういのはさっさと言え!」


「ごめんねぇ」


 はっはっはと笑うニカウ。この楽天的な顔を見ていると、怒る気も失せてくる。


「まぁいいじゃない、全員プロにはなれるんだ! ねえ、これからみんなで祝勝のハンバーガーでも食べようよ!」


 和久田君の提案に、俺たちも「そうだな」と賛成する。そういえばこの4人で最初に食べに行ったのも、学校近くのバーガーショップだった。


 あれからもう4年、このニュージーランドで俺はかけがえのない仲間を得ることができた。そして人生を変えたいという想いをもって我武者羅にラグビーに取り組んだ結果、プロ入りというひとつの成果を挙げることができたのだ。


 不安とともに始まったニュージーランド留学だが、日本に残ったままではここまで強いヤツらと戦うことはできなかっただろうし、自分もこれほどまでに強くはなれなかっただろう。思い返してみても、この4年間はそう簡単には経験できない貴重な時間を過ごせたものだと改めて感じる。

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― 新着の感想 ―
[一言] ようやくプロ入りが確定。 今まで頑張ってきたかいがありましたね。
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