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第三章その3 負けられない戦い

「すごいな、西川君」


 公園にいた誰もが、目の前の天才に驚きを隠せなかった。


 俺が教えたことを、さも前から知っていたかのように吸収してはものにしていく西川君。わかってはいるが、彼の才能はやはり本物だ。


 パスのスピード、スローインのコントロール、キックの精度。どれをとっても初心者の小学生とは思えない。ラグビースクールの子に混じっても、すぐにトップクラスのパフォーマンスを期待できるほどだ。


「楽しいもんだな、ラグビーって」


 そう言ってハルキとパスをする西川君の顔は笑ってはいるものの、目だけは俺を睨みつけていた。


 そして何往復かさせたパスを受け止めたその時、すたすたと歩き始めた西川君は俺の前で立ち止まった。


「小森、ちょっと勝負してみねえか?」


「勝負?」


「ああ、俺がボール持ってあそこの砂場まで走る。お前は守備で俺を妨害する。俺があの砂場にボールをグラウンディングできたら俺の勝ち、途中でノックオンしたり取られたらお前の勝ちってことでさ」


 既に勝ち誇ったような顔の西川君を、俺は茫然と見つめ返した。


 西川君が俺をライバル視していることは気付いている。同時に通り魔事件の件で南さんを助けたことから、これまた一方的に嫉妬されていることも。


 そこで今日この時が来た。あらゆるスポーツにおいてナンバーワンでなければならない西川君には、ラグビーに関しても俺を上回っていることを証明する必要があるのだ。それも南さんの目の前で。


「小森君……」


 南さんが心配そうにこちらに目を向ける。彼女も薄々、西川君が以前から俺をどう思っていたかは察しがついているのだろう。ただその西川君が、自分に好意を持っていることについても把握しているかは俺にもわからないが。


「いいよ、やろう」


 俺は頷いて答える。西川君は「ズルは無しだぞ」と親指を立てた。


 そして急遽開かれることになった男同士の真剣勝負。他の男子が木の枝で地面に線を描き、簡単なコートを作る。


「大丈夫?」


 屈伸で準備する俺に、南さんが声をかける。


「いつかはこうなるんじゃないかって、なんとなく思ってた」


 俺は脚を曲げ伸ばししながら答えた。南さんは絶句し、ただ不安げに俺を見つめていた。


 そしていよいよ、雌雄の決する時は来た。


「じゃあ位置について」


 審判のハルキが木の枝で地面にラインを引き、そこでボールを抱えた西川君が低く腰を落とす。対する俺も砂場を背に、両手足を広げて身構えた。


 そんな俺たちを、クラスメイトとその弟は無言で見守っていた。


「よーい、スタート!」


 合図と同時に土煙をあげてこちらに向かって走る西川君。俺もずかずかと駆け出し、互いの距離を詰める。


 だがスポーツ勘の鋭い西川君のことだ、真っ向から勝負したところで経験者の俺に勝つのは難しいことはわかっているだろう。


 そうなれば俺に勝てる方法があると見込んで、この勝負をしかけてきたはずだ。


 では、何をしてくるのか。俺は走りながらも西川君の四肢の動きにじっと注意を払う。


 その時、西川君の足がほんのわずかに緩んだ。俺のタックルをかわすにはまだ早い位置で、不自然にスピードが落ちる。


 そこで俺は直感した。キックを使うつもりだ!


 まずキックでボールを俺の後ろまで送り、俺が方向転換している間に自慢の足で一気に追い越す。そして転がるボールを拾い上げて、そのままトライするつもりだ。もし俺が彼の立場なら、そうする!


 そんなこと、させてなるものか。


 俺はばっと両腕を高く上げた。同時に西川君はボールを足元に落とし、ボールに蹴りを入れる。


 西川君の蹴ったボールは見事、俺の伸ばした腕にぶつかった。そしてボールは前に強く跳ね返り、西川君のスタートラインの向こうまで転がり出てしまった。


「よくわかったな」


 ちっと舌打ちする西川君。せっかくの戦法を見破られ、ご不満のようだ。


「今のは試合なら外まで出たからドロップアウトだ。仕切り直しでいいかな?」


 俺がボールのぶつかった腕をぷらぷらと揺らしながら尋ねると、「もちろんだ」と西川君は答えた。


 だが、めらめらと燃える俺たちをよそに、クラスの男子諸君は一連のプレーについてあれこれと話し合っていた。


「え、今のって太一のノックオンじゃないのか?」


「違うよ、あれはチャージって言うプレーだよ」


 すでにルールを覚えた『先生』が一同に解説する。


「チャージは敵のキックを身体を張って防ぐプレーで、これでボールを落としてもノックオンの反則は取られないんだ。バレーボールのブロックが、タッチに数えられないのと同じだよ」


「ごめん、バレーボールのルール知らない」


 申し訳なさそうに返す男子たちに、『先生』は黙り込んでいた。

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