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第二十六章その1 一通の封筒

 オークランドに帰ってきた俺たちを待っていたのは、空港まで押し掛けたメディアと応援団だった。


「昨夜はゆっくり休めましたか?」


「優勝した時の気分はいかがでしたか?」


 飛ばされる質問、焚かれるシャッター。大勢のカメラや黄色い歓声に晒され、ファンサービスのひとつくらいでもやっておきたくなる。だがここで立ち止まるわけにもいかず、俺たちは手を上げて駆けつけた皆さんに笑いかけながら空港を出るしかなかった。


 帰郷してしばらくの間は、取材に始まり取材に終わる毎日だった。学校には連日テレビクルーや新聞社が訪れ、ラグビー部員やコーチだけでなく、一般の生徒たちもインタビューに答えていた。


 特にキャプテンの和久田君に関してはほぼ密着取材状態で、授業中も休憩時間も取材陣がつきまとっていた。家に帰る途中もずっとカメラがついてくるので、俺はろくに話しかけることさえもできなかった。


 それから数日後の金曜日のこと。下校前、俺はオースティン先生に呼び出されていた。


 ラグビーコース教員であるオースティン先生の部屋は、古ぼけたラグビーボールをはじめメガホン、ストップウォッチといった教材、そしてかつてここで学びプロの世界へと巣立っていった生徒たちの写真やポスター、サイン入りのジャージなどが所狭しと飾られていた。


「あの、話ってどういった内容でしょうか?」


 先生の座るオフィスデスクの前に椅子を引いて、俺は腰を下ろす。


「小森、これを見ろ」


 そう言いながら先生はすっと一封、封筒を机の上に置いた。


 俺はそれを手に取り、印字されたアルファベットを読む。


 そこにははっきりと、「Mitre10Cup」と記されていた。


 まさか、まさかの!?


 ドキドキと高鳴る心臓を必死で落ち着かせ、震える手で俺は封筒を開いた。そして中の紙を取り出し、その文面に目を落とす。


 長々しい英文ではあるが……つまるところ、入団のスカウトだった。


「おめでとう。オークランド代表からオファーが来たな」


 白い歯を見せてにかっと笑うオースティン先生。


「よっしゃああああ!」


 俺は雄叫びとともに椅子から立ち上がった。すぐ目の前での大音量は迷惑だろうに、先生はニコニコと俺を見たまま微笑んでいた。


 ついに、ついに、ついに!


 プロのラグビー選手になるという夢が叶ったぞ! それもニュージーランドで!


 Mitre10はニュージーランドなら誰もが知る国内のラグビートッププロリーグだ。国内各州14のチームそれぞれがメンバーを集め、8月から10月までリーグ戦とプレーオフを戦うのが例年のレギュレーションだ。


 ニュージーランドではここからキャリアをスタートさせる選手が多い。ハミッシュ・マクラーセンはここでの活躍が評価され、わずか1シーズンでスーパーラグビー、そしてオールブラックスに抜擢されている。


「実は日本のRリーグはまだ通知を出していないそうなんだ。時間はまだたっぷりあるし、もう少し待ったらお前にももしかしたら日本のチームから通知が来るかもしれないが、どうする?」


「断る理由なんかありません、今すぐにでもOKします!」


 俺に通知を送ってきたオークランド代表チームは毎年安定して上位につけている強豪、ニュージーランドのラグビー少年なら誰もが憧れるゴールデンコースだ。


 そして何より、チームには3つ年上で我が校元キャプテン、ローレンス・リドリーもいる。プロになった後も身長を伸ばし、現在は206cmになったという彼もまた将来を嘱望される若手選手である。そんな心強い先輩といっしょにまたラグビーができるのだから、嬉しさもひとしおだ。


「ところで先生、他のみんなは?」


「俺が通知を受け取ったのは今のところ小森だけだ。もうしばらくしたら次々と届くんじゃないかな?」


 できるなら全員でいっしょに喜びたかったのだが、それなら仕方がない。


「小森、俺はお前の指導に当たれたことを誇りに思うよ。プロップ希望で日本人がうちの学校に来たのは初めてだったもんでどう指導すればよいのか不安だった。だがお前がここまでついてきてくれて、本当にありがたく思うよ、ありがとう」


「そんな、俺から先生に感謝の言葉がどれだけ必要か。先生の恩に報いるためにも、俺は絶対ワールドカップに出てみせますよ!」


「そうだな、明日はワールドカップの開幕戦だな……」


 そう言って先生は天井にふと目を向けた。教え子であるハミッシュ・マクラーセンが黒一色のジャージを着て、世界中の人々に見守られながらプレーする姿を思い描いているのだろうか。


 開幕戦は現地時間で金曜の夜。ニュージーランドとアルゼンチンは15時間の時差があるので、俺たちにとっては明日土曜日の午前中がキックオフだ。

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