表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/276

第二十五章その5 逆転チャンピオン

 その後、オークランドは必死に攻め続けたものの得点は奪え切れないでいた。攻め込んでも相手の守備に阻まれ、ひとたびボールを奪われればキッカーのリカルドまでパスされて大きく蹴り戻されてしまう。せっかくゴール前まで攻め込みながらも一蹴りでチャラにされてしまうというシーンが、この試合だけで数えきれないほど繰り返されていた。


 おまけに後半開始直後、俺たちはノットリリースザボールの反則からペナルティキックを与えてしまい、相手に3点を献上してしまう。差はさらに広がってしまった。


 スコアは0-6で動かぬまま時間だけが経過し、やがて試合終了まであとわずか。俺たちはボールを奪われ、自陣22メートルラインの内側まで攻め込まれていた。ここから逆転して勝利するには、相手からボールを奪ってトライを決め5点を得た後、続くコンバージョンキックでも2点を取るしか方法がない。


 だが俺たちがボールを奪わんと懸命にプレーを続ける一方、ミラマー校はまたしてもフォワードにボールを回し、かわるがわる俺たちの守備ライン突破を図りつつ時間稼ぎを行なっていた。10回以上のフェイズを重ねてもボールは前にも後ろにも進まず、オークランドの選手全員の顔に焦りの色が浮かぶ。


 ついに試合時間も残り1分と言ったところだろうか。すっかり遠くに思えていた敵陣ゴール前から、なんとフルバックのリカルド・カルバハルが小走りで駆け上がってきたのだ。


 彼はオークランド陣22メートルラインのあたりで立ち止まると、一瞬こちらににたにたと不敵な笑みを向けたのが見えた。それはまさしく、勝利を確信した顔だった。


 そこで俺は直感的に理解した。彼のあの笑いに隠された意味はそれだけではない。


 リカルドはダメ押しのドロップキックを狙っている!


 そこからの展開はあまりにも予想通りだった。直後の攻撃をニカウが防ぎ、敵フォワードが潰れてラックが形成される。そこからボールを持ち上げたスクラムハーフは、躊躇う暇もなく後方のリカルドへとパスを回したのだった。


 スクラムハーフがボールから手を離した瞬間には、俺はもう走り出していた。


 ボールをキャッチしたリカルドはH字型のゴールポストにじっと狙いを定め、猛然と突っ込んでくる俺には気付いていなかった。


「チャージ!」


 そして俺は全速力のまま大きく腕を広げて身体を前に投げ出した。まるでリカルドにとびかかって襲い掛かる猛獣のように。


 目の前のリカルドは「なぜ敵がここに!?」とでも驚いたのだろう、大きく目を見開きながらも落としたボールを蹴る脚は止められなかった。


 強烈なパワーで蹴り上げられたボールは、ピンと伸ばされた俺の腕に勢いよくぶつかった。俺の腕に激痛が走り、直後芝の上に足を着いた俺は痛みに耐えきれずうずくまってしまった。


 だがふと目を上げると、リカルドの背後、ハーフウェイライン付近で弾き返された楕円球が芝の上を不規則にバウンドするのが見える。俺の身体を張ったチャージは成功したのだ!


 そんな俺の狙いをいち早く読み取っていたのか、真っ先に反応したのはキムと和久田君だった。バックス級の健脚の持ち主であるふたりは、うずくまる俺と慌てて振り返るリカルドの脇を全速力で通過する。そして跳ねまわるボールをキムが拾い上げると、ふたりで並走しながら敵陣を駆け抜けていったのだった。


 逆転のチャンスにスタジアム中で湧き起こる大歓声。させるものかと相手ウイングがボールを持つキムにタックルを仕掛けるも、彼はすぐ隣を走る和久田君にパスを回してつなげてしまった。


 そして和久田君はそのままゴールラインを越え、ゴールポストの真下に楕円球を置いた。直後、試合終了を知らせるホーンが鳴り響く。


 最後の最後、奇跡としか言いようのないトライに本日一番の喝采が巻き起こる。各校のサポーターもただのラグビー好きも、観客は皆立ち上がって割れんばかりの拍手と歓声を贈っていた。


 その後、キッカーであるスタンドオフがコンバージョンキックも決め、俺たちは7点を獲得するとともに、本当にフルタイム、試合終了となった。


 結果は7-6。1点差という紙一重の勝利だった。


「やったああああ!」


 楕円球がゴールポストをくぐり抜けた瞬間、コートの上に出ていた15人もベンチで見守っていた者も、オークランドの選手たちは全員が最後のキックを決めたスタンドオフの元に走り寄って抱き合った。


「みんな……ありがとう、ありがとう!」


 最後のトライを決めたキャプテン和久田君は両手で顔を覆い、人目もはばからず泣き出してしまった。


「おいおい、これじゃ勝ったのか負けたのかわかんねぇだろ!?」


 そう言って和久田君の肩に腕を回すキムの目も、喜びに潤んでいる。


 世界一のラグビー王国ニュージーランド。その頂点に立ったという喜びを、言葉で表現するには原稿用紙が何十枚何百枚あっても足りなかった。


「そんな……嘘だろ……」


 一方、敵チームに目を向けるとリカルドが足元からへなへなと崩れ去り、ぺたんと腰を下ろす。ミラマー校の他のメンバーも唖然とした顔で頭に手をのせたり、芝に膝を突いて握り拳を地面に打ち付け、優勝を逃した悔しさに苛まれていた。


 下手にドロップゴールを狙わなければ、あのまま勝利できたのに。もし俺がリカルドの立場だったとしたら、きっとそう思い詰めて一生後悔してしまうことだろう。


 ちょっと……いや、だいぶかわいそうかも。


 やがてひとしきりオークランドが勝利を喜び相手チームが悔しがったところで、両軍の選手が互いに握手を交わして健闘を称え合う。思うところは様々だが、この場では恨みっこなしが原則だ。


 目についた相手選手全員となるべく握手と言葉を交わす。そしてとうとう、俺は今まで戦ってきた中で最強のキッカーにすっと手を伸ばしたのだった。


「リカルド、ナイスなキックだったよ」


「やめろ、同情すんな!」


 だがリカルドは激昂し、俺の手をばっと振り払ったのだ。当然、和やかだった両軍メンバーもはっと目を向け、相手チームのキャプテンが血相を変えて駆けつける。


「こらリカルド、何てことするんだ!」


 怒鳴るキャプテン。他の選手も俺とリカルドの間に入り、すぐさまふたりの距離を開けた。


「優勝したからってイイ気になるなよ。お前らなんか所詮、棚ぼたで勝っただけのチャンプなんだからな!」


 しかしなおも悪態をつくリカルドに、キャプテンは「リカルド、謝れ!」と顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。


「いや、気にしないでいいよ。不用意に話しかけたこっちも悪かったよ」


 だがここで争っても仕方ない。俺は必死に首を横に振って事態の収束に努めた。


 リカルドは俺の取った態度が気に入らないのか、「ふん」とだけ吐き捨てるとぷいっと顔を逸らす。そして他のメンバーに引っ張られ、ベンチへと引っ込められてしまったのだった。


「申し訳ない、君たちの優勝に水を差すようなことをしてしまって……」


「いや、本当に気にしないでいいから。むしろ今は彼の気持ちに寄り添ってあげて欲しいくらいだよ」


 その後必死で頭を下げるキャプテンを宥めるのは、リカルドの激情を鎮めるよりも大変だった。


 やがて重々しい足取りでベンチに向かうキャプテン。彼の苦労を思うと、うちにはああいうタイプの選手いなくて、本当に良かったと感じる。


「リカルド、結構困った子だねぇ」


 横に立つニカウが苦笑いを浮かべるが、その顔は引きつっていた。何より目は明らかに笑っていない。


 まあ、悔しいという気持ちはわかるよ。彼のことをとやかく言おうとは思わん。


 とはいえせっかくの優勝なのに、後味の悪い終わり方になってしまったなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] キックの弱点を見事に利用した逆転優勝でしたね。 個人的にはキャプテン翼の修哲対南葛を思い出しましたけど、やっぱり慢心は良くないの典型的ケースでもありますね。
[良い点] 慢心で負けてからの八つ当たりか… ここから成長するのかはたまた腐ってラグビー辞めてしまうのか見物だなぁってなんかライバルみたいだw [気になる点] >腕に激痛が走り 超級デブの小森君が動け…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ