第二十五章その2 いざ決戦の舞台へ
地区大会が終わると同時に、ラグビー部員の多くが続々と競技を離れていく。これは夏季と冬季とで部活を変えるニュージーランドならではの光景だろう。
一方の学校代表メンバーは全国大会に向けて、最後の追い込みと練習を続けていた。
そして9月、明日がいよいよ全国大会初戦という日の午前。俺たちはオークランドから空路、試合会場のあるクライストチャーチに到着した。
「南島て久しぶりだな」
クライストチャーチ国際空港まで迎えに来てくれたバスに乗り込み、窓の外を眺める。ここに来るのは初めてではなく、2年生の頃に長期休暇を利用してアイリーンらウィリアムズ家の皆さんと旅行に来たことがあった。
南島の人口はオークランドやウェリントンといった大都市を抱える北島の3分の1ほどであるが、面積は1.5倍近くある。島の中央部を南北に3000メートル級の山脈が連なっているため、氷河ウォークやスキーリゾートも楽しめるのだ。
なお、俺は今でもウィリアムズ家にお世話になり続けている。2つ年上のアイリーンは去年オークランドゼネラルハイスクールを卒業し、なんと今年からは地元の名門オークランド大学の理学部に進学している。入学が決まった時には長年の夢だった火山研究ができると大層喜んでいた。
「あそこが試合会場か、でっかいな」
キムが窓の外を指差すとバスの中の全員が一斉に顔を向けた。多くの建物が並ぶクライストチャーチの街中に聳える、巨大な観客席。
これぞ決戦の地であるランキャスター・パークだ。4万人近くを収容可能で、スーパーラグビーの地元チームの本拠地にもなっている。そして開場は1880年という長い歴史を持つ由緒正しき競技場だ。
とうとう明日から、ここで戦うのか。
俺の拳にぐっと力が入り、胸の内からめらめらと熱いものがこみ上げる。
山倉さんの記事を通して、日本のみんなは俺の現状を知っているようだ。横浜のラグビー仲間からも「ニュージーランドで言う花園みたいなところに出るんだろ? すげえよな、絶対勝てよ!」とメッセージをいくつも受け取っている。
だが実際にニュージーランドの学生にとって最高の舞台と言われても、本人にとっては普段からラグビー漬けの日常の連続なので案外実感がわかない。加えて大会出場経験が多ければそこらへんの感覚もマヒしてくるのだろう。
しかしランキャスター・パークの荘厳なたたずまいを目にしてようやく、本当に来られるところまで来たなと心の底から実感した気がした。
ホテルに着いた後、俺たちは近くの運動場を借りて練習に打ち込んだ。試合前日に疲れすぎるのも良くないので軽めのメニューではあるが、戦地に乗り込んでみんなすっかり本気モードに切り替わっているのか、練習の熱の入りようは普段以上だった。
そして練習を切り上げ、ホテルに戻った時のこと。
「やあ」
「おいっす、久しぶりだな」
戻ってきた俺たちの姿を見るなり、ロビーのソファに座っていたふたりの男が立ち上がる。
「アレクサンドル! ジェイソン!」
俺たちは喜びと驚きに声を上ずらせた。U-15、16と同じ地区選抜メンバーに選ばれた、ひとつ年上のフッカーとフルバックだった。
なぜふたりがここに?
それはこちらが訊く前に相手の方から教えてくれた。
「全国大会をクライストチャーチでやるって聞いて、つい来ちゃった」
頭をポリポリと掻きながら照れくさそうに言うアレクサンドル・ガブニア。フロントローらしく重量級レスラーのような筋肉の塊に成長している。
彼は卒業後も母国ジョージアには戻らずニュージーランドに残っていた。現在は国内トップリーグであるMitre10のカンタベリー州代表チームに属している。クライストチャーチはカンタベリー州、つまり地元なのでスケジュールの合間を縫って応援に来てくれたようだ。シーズン途中にもかかわらずわざわざ足を運んでくれた彼には、感謝の尽くしようがない。
「俺はシーズンが終わったからな。オフには一度、ニュージーランドに来るって決めてたんだよ」
得意げに話すジェイソン・リーは背丈が186cmまで伸びていた。細身だった身体もラグビー選手らしく、太く逞しい四肢に変貌している。
そんな彼は現在、北米大陸のプロリーグであるメジャーリーグラグビーで、トロントのチームに在籍している。シーズンは2~5月なので今年のリーグ戦はすでに終了したが、カナダ代表の期待の若手としてU-20ナショナルチームにも呼ばれており何かと忙しいそうだ。
「お前ら絶対優勝してくれよ。俺たち、ここまで来られなかったんだからな」
ジェイソンがぐいっと前に出て懇願する。
オークランドゼネラルハイスクールは昨年、つまりジェイソン・リーやクリストファー・モリスの代で地区優勝を逃している。1年目のローレンス・リドリー、2年目のハミッシュ・マクラーセンに続いて3連覇の期待がかかっていたところだったので、それを達成できなかった彼らは非常に悔しい思いを味わっていた。
「おう任せとけ! そしてジェイソンは『あーやっぱり弱かった』てみんなに思い知らせてやるよ」
俺がそう豪語すると周りのみんながどっと爆笑した。ジェイソンは「このデブ、調子乗りやがって!」と俺の腹を両手の指でつつき返した。
明くる日、ついに全国大会が始まった。
試合会場のスタンドは朝から大勢の観客で埋め尽くされ、時間が経つごとに熱気をより強く帯びる。各校の応援団が北島からも駆けつけ、スクールジャージとパネルで地元校をアピールしていた。
そして午前の第一試合。俺たちオークランドゼネラルハイスクールと、ワイカト地区代表ノースハミルトン校のメンバーがコートの上にずらりと並ぶ。
相手は突出した選手は少ないながらも、堅実なプレーで地区大会を勝ち上がってきたという実績がある。過去の試合映像を見ればタックル後の起き上がりが非常に早く、数的不利が生じてもすぐに態勢を立て直すスピードが持ち味だ。
「みんな、ひとつになっていくぞ!」
試合前、メンバーが円陣を組んだところでキャプテン和久田君が大声をあげる。
たしかに相手は強敵だが、こちらにも勝算は十分にある。フランスでの海外遠征で学んだ流れるようなパス。あれをうちのチームも発揮できれば、相手のスピードを上回って攻撃を続けることができるはずだ。
「おう!」
スタメン、ベンチ入りの23人が声をそろえた。心身ともに、コンディションは最高だ。
こうして俺たちが夢にまで見た戦いの幕が、切って落とされたのだった。




