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第二十五章その1 そして月日は流れ

 ニュージーランドに来てから早くも丸3年が過ぎた。


 4年生になった俺はさらにでっかく成長し、身長は183cm、体重に至ってはなんと130kgを突破していた。そんな自分の体重を支えられるかどうかレベルの身体になっても、俺は毎日のように楕円球を持って走っては投げては蹴り、ラグビーにすべてを捧げていた。


 そして2027年8月の夜。学校に近いホテルのホールで、俺たちオークランドゼネラルハイスクールラグビー部の面々はジュースのグラスを片手に集まっていた。


「オークランドゼネラルハイスクール、地区大会優勝おめでとう! 乾杯!」


 壇上に立った校長先生がグラスを高く掲げるのに続いて、ホール内のラガーマン全員が「かんぱーい!」とこぼしそうな勢いでグラスを突き出す。


 そして始まるは飲めや食えやの立食パーティー。そう、これはラグビー部最強メンバーによる学校代表チームの、オークランド地区大会優勝を祝っての大宴会だ。


 大人なら互いにビールやシャンパンをかけ合って喜ぶところだが、未成年である俺たちはそこまで大それたことはできない。目の前のご馳走をドカ食いして、練習と試合ですり減った身体にありったけのご褒美を与えていた。


「太一、お前そんなに食えるのか?」


 俺の取り皿にこんもり盛られたパスタの山を見て、チームメイトが目を丸める。


「食える量じゃなきゃ取らないよ。あとこれ5杯はおかわりするつもり」


 身体がでかくなった俺は、食う量もさらに増していた。食べ放題の店に入れば初回で出禁になるだろうが、今日くらいは腹がはちきれんくらいに食事を楽しみたい。自分自身の勝利を祝うためにも。


 学校代表メンバーに選ばれていた俺は、不動の左プロップとしてフォワードのリーダーになっていた。


 選ばれたのは昨年度、つまり3年生からなのだが、その時は準決勝で敗れてしまい、結局地区3位と不本意な結果に終わってしまった。その年に卒業を迎えたジェイソン・リーやクリストファー・モリスの浮かばれない顔は、今でも鮮明に覚えている。


 特盛のパスタの皿を手にした俺が立ったまま麺をずるずるとすすっていると、すぐ近くにわいわいと人だかりができる。


「オークランド地区優勝おめでとう! チームがここまで強くなったのはなぜだと思いますか?」


「優勝した瞬間、どんなことを考えましたか?」


「日本の親御さんにメッセージをどうぞ!」


 押し掛けた大勢のテレビやら新聞やらの取材陣、彼らがそれぞれマイクやカメラを向けているのは、なんとスクラムハーフの和久田君だった。


「あんなに練習したんだと思うと……なんだか……」


 一斉に質問を受け、やがて和久田君はぼろぼろと大粒の涙をこぼし始める。試合に勝った直後も号泣していたのに、まだ涙は涸れていなかったのか。


「おいキャプテン、泣いてる場合じゃねえぞ。カメラ映ってんだからしゃきっとしろよ」


 そこに横から飛びついて和久田君の肩に腕を回してきたのは、フランカーのキムだった。彼は筋肉に覆われたその逞しい腕で、188cmにまで伸びた自身の身体に、なおも嗚咽を漏らす和久田君を引き寄せる。


 そう、和久田君は学校代表チームのキャプテンに選ばれていた。元々の試合の流れを見極める能力と、スクラムハーフという戦術の要になるポジションという2点が評価されての抜擢だが、アジアからの留学生がキャプテンに就任するというのはかなり珍しい。


「ははは、あれじゃ取材にならないねぇ」


 カメラに向かってピースを向けるキムを眺めていると、背後から右プロップのニカウが声をかけてくる。体重140kg近い巨漢である彼が手に持った大きな皿には、器用にも10切れほどのピザが積み上げられていた。たぶん俺とニカウがバイキングに入れば、翌日店が潰れる。


「今日は思ったよりも記者が多いな」


「そりゃあニュージーランドのナンバーワンを決めるんだもん。それにもうすぐ、ワールドカップもあるしねぇ」


 ニカウの言葉を聞いて、俺はフォークを持っていた手を止める。そして口の中のパスタを呑み込むと、「ああ、楽しみだな」と頷き返した。


 この2027年は全世界のラグビーファンが待ちわびた年だ。9月からの2か月間、アルゼンチンでラグビーワールドカップが開催されるのだ。


 4年に1度の世界最高の舞台。世界の頂点をガチンコの対決で決定する戦いを前にして、興奮を抑えていられるわけがない。


 そして今大会は俺たちオークランドゼネラルハイスクールの学生にとっても、実に大きな意味を持っていた。


「ハミッシュも出るのかなぁ?」


 ニカウがぼそっと言ったところで、俺はにやりと笑って「絶対出るさ」と答えた。


 そう、俺たちの関心事は我が校の先輩、ハミッシュ・マクラーセンについてだった。


 彼は2年前に学校を卒業した後、早速国内トップリーグのMitre10で活躍、シーズンが終わってすぐにスーパーラグビーのチームに移籍した。スーパーラグビーがニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンの南半球4カ国にまたがるプロリーグであることはすでにご存知だろう。セカンダリースクール卒業からたった1年でここまで上れる選手は滅多にいない。


 そんな世界最高峰のリーグに属するハミッシュだが、なんとこの6月にはニュージーランド代表として召集され、ワールドカップのために時期を早めて開催された南半球6か国対抗戦にてオールブラックスデビューまで成し遂げてしまった。そして初キャップ試合である日本代表戦ではいきなり3トライを獲得し、たちまちニューヒーローとしてニュージーランド全土(ついでに日本)にその名が知れ渡ったのである。


 2つしか年齢の違わない彼が世界最強軍団の一員となって、しかも大活躍している。後輩にとってはこの上ない誇りであり、弾みにもなっていた。そして彼が無事にワールドカップにも出場できるのかどうか、オークランドの人々の話題は一色に染まっていた。


 ちなみに以前の人生ではワールドカップ2027アルゼンチン大会に関して、当時デブの高校生だった俺もずっとテレビで日本代表を応援していたのでよく覚えている。


 前回2023フランス大会でベスト8に入った日本はすでに今大会出場が確定しており、その後行われた抽選と予選の結果、組分けは以下のようになった。


A 南アフリカ ウェールズ アルゼンチン サモア ロシア スペイン

B オーストラリア イングランド フィジー アメリカ ルーマニア ナミビア

C ニュージーランド フランス 日本 ジョージア トンガ ドイツ

D アイルランド スコットランド イタリア カナダ ウルグアイ 韓国


 なんと日本はニュージーランドと同組。実力で言えばフランスとグループ2位を争うことになるが、ジョージアとトンガも十分な実力者で油断ならないというのが前評判だ。


 俺の記憶では、日本代表はニュージーランドとフランスには敗れるものの他の国からは勝ちを収め、グループ3位で決勝トーナメントに進出した。しかし不運にもトーナメント初戦の相手は、グループリーグでイングランドに敗れB組2位となってしまったオーストラリアだった。世界ランキングから1位突破が堅いと見られていたチームのまさかの敗戦で、奇しくも前回大会と同じカードが実現してしまう。


 日本は最強の布陣を起用してオーストラリアに挑み途中までは五分五分の勝負を見せるものの、最後には実力の差で突き放されて敗れてしまったのだった。この頃から3大会連続の決勝トーナメントでの初戦敗退に、日本はトーナメントに弱いという嫌なジンクスが唱えられるようになった気がする。


 なお、優勝はウェールズだ。決勝トーナメントでアイルランドを撃破したと思ったら、なんと次の試合ではニュージーランドをも僅差で破り、勢いそのままに決勝の南アフリカ相手にも勝利してしまったのだ。


 ウェールズは英国の中でも特にラグビーの盛んな地域であるが、人口そのものが少ないため他の代表よりも選手層が薄い。そんな彼らがハンデを乗り越えて世界の頂点に立ってしまったものだから、ラグビー界だけでなくスポーツ界全体が大いに沸き立ったのを記憶している。


 このように日本代表としては苦い思い出の残るワールドカップとなってしまったが、世界の勢力がまた動いたという点では注目される大会だった。


「小森さん、今よろしいですか?」


 かつての思い出に浸る俺を現実に引き戻したのは、物腰柔らかい女性の声だった。しかもなんと日本語だ。


 振り向くと、すぐ後ろに眼鏡をかけた小柄な女性が立っていた。手には録音用のレコーダーと、いかにも高そうなデジタルカメラを持っている。


「あ、お久しぶりです!」


 こちらが挨拶すると、女性は「優勝おめでとうございます!」と喜びを顔に表していた。


 彼女は山倉やまくら穂波ほなみさん、日本のスポーツ新聞社最大手である帝王スポーツの記者だ。まだ入社2年目という山倉さんは、今年から頻繁にうちの学校を訪れてきている。


 ニュージーランドで戦う日本人留学生として、俺と和久田君は日本のラグビー界ではそれなりに有名になっているらしい。こっちまでその声はほとんど聞こえてこないものの、それが本当だとしたら嬉しい限りだ。


「9月はついに全国大会ですね。ニュージーランドの頂点に挑む意気込み、お聞かせください」


 そう、俺たち学校代表は地区優勝を果たして終わり、というわけではない。ここからは各地区チャンピオンの4校が集まって国内最強を争う。ワールドカップに話題を持って行かれがちな2027年だが、ゲームの白熱度合いでは勝るとも劣らない。


「そりゃもちろん、勝つしかないですよ」


 戦う前から弱気になってどうする。俺は自分の胸をどんと叩きながら強く答えた。


「日本に残っていたらこんな経験は絶対にできませんでした。両親、関東協会の皆様には心の底から感謝しています。皆様の期待に応えられるよう、全力で勝ちにいきますよ」


「ありがとうございます!」


 良いコメントもらえたと言いたげな満足顔を浮かべ、山倉さんは頭を下げる。


「では、今度はキャプテンの意気込みも伺ってみましょうか」


「あー」


 俺はちらりと後ろに目を向けた。そこには大勢の取材陣を前に感極まって、泣きながらインタビューを受ける和久田君の姿があった。


「うちのキャプテンは今日、ろくにインタビュー答えられないかもしれません」

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― 新着の感想 ―
[一言] 小森くんと和久田くんの日本での扱いが気になる 日本で頑張ってる組や小森くん達を送った家族側や協会側の小話をみたいな
[気になる点] 太一って今いくつでしたっけ?
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