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第二十四章その1 1年ぶりの帰国

「太一!」


 成田空港の到着ゲートをくぐるや否や、ロビーで待っていた両親はふたりそろって俺に駆け寄った。


「よく帰ってきたわね、どう、疲れてない?」


「すっかりでかくなりやがって」


 母さんは手で目を押さえ、父さんはポンポンと俺の頭に手を置く。俺はこの時、もう自分の身長が父さんを超えていることに気付いたのだった。


 俺は改めて襟を正し、「父さん、母さん、ただいま」と告げる。


 12月24日のクリスマスイブ、俺は日本に一時帰国した。学校は1月末まで休みだ、俺はこれから3週間ほど、久々に帰ってきた日本で思う存分羽を伸ばす。


 そしてもうひとつ、日本にやってきたのは俺だけではない。


「よろしくお願いします」


 俺の隣でにこりと両親に微笑むのはさらさらの金髪を後ろで結わえた女の子……そう、アイリーンもいっしょについてきていたのだ。彼女は俺の教えた日本語を使い、両親に挨拶する。


「アイリーンちゃんね、よろしく」


「うちの太一がいつもお世話になっています」


 母さんと父さんもホストファミリーのまさかの来日を喜んで迎え入れてくれた。




「あれがスカイツリー、日本で一番高い建物だよ」


「How wonderful!」


 父さんの運転する車の後部座席に座った俺は、窓の外を指差しては首都高から見える名所を隣に座るアイリーンに教えていた。


 林立するビルをはるか見下ろして空高く突き抜けるスカイツリーを見て、アイリーンは唖然と口を開く。オークランドで最も高い建造物はスカイタワーの328メートルだ。それよりも2倍ほど高いスカイツリーの巨大さに、彼女も圧倒されているのだろう。


 ワールドツアーを全勝で終えてニュージーランドに凱旋した俺は、3日も経たない内にまたしてもニュージーランドを出発した。


 以前からアイリーンもいつか日本に行ってみたいと話していたので、俺の一時帰国のタイミングに合わせていっしょに旅行することになったのだ。


 このことは俺の家族だけでなく、8月にニュージーランドに来た南さんも知っている。アイリーンが日本に来ることを電話口で伝えると、南さんは「やったあ、嬉しい!」と心底喜んでいた。さらにいつの間にやら、女二人だけで出かける約束まで入れてしまったそうだ。


 やがて車は品川、川崎を通過して横浜市内に入る。実に1年振りの地元だ。こんなに長くハマの地を離れるなんて、前の人生でも経験したこと無かったよ。


「わあ、面白い形のビル! あれも大きい!」


「ランドマークタワーって言うんだよ。日本で2番目に高いビルだよ」


 あべのハルカスができるまでの20年くらいは、日本で1番だったんだけどね。


 そうこうしている間に車は高速道路を下り、金沢区の見慣れた道路を走っていた。やがて自宅マンションが見えた時、俺は「帰ってきたー」と思わず吐き出してしまった。


 そして道路に面したマンションの正面入り口が目に入った時だった。俺は「ええ!?」と窓に顔を貼り付けた。


「おおい太一!」


 正面玄関の前で跳びはねながら手を振る少年。背格好はだいぶ伸びているが、見間違えるはずがない。


「ハルキ!?」


 そう、小学校の頃からの腐れ縁、学校イチのバカにして6年連続無遅刻無欠席の健康優良児、ハルキだった。


 いや、ハルキだけではない。


 浜崎、安藤、チアゴ、そして西川君ら金沢スクールのメンバーや、クラスで仲の良かった子など合計10名ほどの男子連中が、マンションの前で手を振って待ってくれていたのだ。


 俺はこの寒さの中、車の窓を全開にする。そして「ただいまー!」と手を振り返して応えた。


 一方、父さんは駐車場があるにもかかわらず、車を路肩に寄せて停める。そして「荷物先に持ってってやるから、みんなに会って来いよ」と手を振る男子連中を顎で指したのだった。


「父さん、ありがと!」


 俺はすぐさま車を降りた。そして旧友たちの元に駆け寄り、早速ハイタッチを決めたのだった。


「おい太一、ますますでかくなったな!」


 間近で俺の図体を見て、ハルキはぎょっと驚いた。


「そりゃあニュージーランドで羊肉と牛肉食いまくってるからな。タンパク質の賜物だよ」


 話す俺の隣を父さんの車が通過し、マンション裏手にある駐車場へと回る。駐車場からは正面玄関とは別の通路を使って建物の中に入れるので、きっと両親とアイリーンはそっちを通って部屋に向かうはずだ。


「フランスまで行ったんだって? 本当、お前は世界で通用するラグビー選手になったんだな」


 ふふっと笑う西川君もまた、8月に対戦した時より身長がぐんと伸びていた。


「世界レベルで活躍する友達がいることは僕にとっても誇らしいよ」


 さらには将来東大に入る秀才の少年、通称「先生」も分厚い眼鏡を妖しく光らせる。


 俺の帰国をこうも歓迎してくれる友達がいる。それだけで俺は目の奥が熱くなるほど嬉しかった。


「ところでさ、今日は南は来ねーのか?」


 ハルキがぽりぽりと頭を掻きながら口走る。直後、その場の全員がギロリと今しがた迂闊な発言をしたバカに視線を向けた。


「ああ、そりゃまた別件なんだよ」


 俺は苦笑いで言葉を濁す。


「そうかー、そりゃよかったなー」


 察してくれた西川君も引きつった笑顔で有耶無耶のまま話を流すが、手はハルキの首根っこを引っ張ってそのまま突き飛ばしていた。視界の外で「うわあ」と小さな悲鳴が上がったが、何も気付かなかったことにしておこう。


「せっかくだからよ、小森の帰国を祝ってみんなで遊びに行こうぜ。手近に八景島シーパラダイスとかどうだ?」


「ちょっと足伸ばして浅草でもいいよ」


「小森、いつ頃なら空いてるよ?」


 たちまち沸き立つ男子諸君。中学生になった彼らは行動範囲が広がり、友達同士ある程度遠くでも電車やバスを使えばすんなりと行けるようになっていた。


「ありがと、えっとたしか……」


 俺はショルダーバッグからメモ帳を取り出し、ぺらぺらとめくる。日本にいる間に親戚に会ったり家族と旅行したり、何かと予定は詰まっているからな。ダブルブッキングしないように気を付けないと。


 だがその時だ。マンションの正面玄関のドアが開き、中から人影が現れたのだ。


「太一ー、まだ来ないのー?」


 出てきたのはアイリーンだった。友達同士長話している俺を、さすがに呼びに来てくれたのだろう。


 だがここにいる男子どもは、俺がアイリーンを連れて帰ってきていることを誰も知らなかった。全員が彼女を凝視して、石化したように固まる。


「き、金髪の……おねーちゃん……」


 そしてハルキが震えながら口を動かし、そう言い終えた直後だった。この場にいた男子全員が目にも止まらぬ素早さで俺を取り囲み、凄まじい勢いで罵り始めたのだ。


「おい小森、誰だよあの金髪のねーちゃん!?」


「この浮気デブ!」


「ニュージーランドの現地妻かよ、アニメの主人公みたいなことしてんじゃねえよ!」


「違うわ! ホームステイ先のホストファミリーの子が日本に遊びに来たんだよ!」


 俺はぶんぶんと手を振って騒ぎを鎮める。


「え、ホストファミリーてことは……あのねーちゃんと同じ家で暮らしてたのか!?」


 俺の一言に、今度は顔面蒼白になって言葉を失うハルキたち。


 そしてしばらく黙り込んだと思っていたら、突如何の合図も無しに全員が俺から少し離れた位置で身を寄せ合い、ひそひそと小声で話し合いを始めたのだった。


「実質これは夫婦では?」


「いやいや、姉と弟みたいなもんだろ」


「ならセーフだな、倫理的にセーフだ!」


 こいつらの思考回路は中学になっても昔のまんまだ、アホ過ぎる。


 俺は呆れてため息を吐いたが、一瞬の間を置いて俺は「うへ!」と変な声を上げた、なんと話題のアイリーン自らが玄関前を離れ、つかつかと男子たちの方に歩いていたのだ。


「みんな、太一の友達?」


 そしてまだ慣れない日本語で尋ねる。


 密集を形成していた男子諸君はぶわっと散開し、全員がいつもより明るさ5割増しの顔を彼女に向けた。


「はい、僕たちマブダチ心の友です!」


 俺はすかさず「こういう時だけ仲良くするな!」とツッコミを入れる。


「実は僕たち、予定が空いてたら太一と遊びに行こうって話してたんですよ」


 この仲では比較的普段通りの「先生」が、眼鏡をずれを直しながら話す。それでもやはり、彼の頬はわずかばかりに紅潮しているようだった。


「へえ、楽しそう。私もついて行っていいかしら?」


 だが当のアイリーンはというと何も考えてなさそうにこう答えるものだから、当然のごとく男子どものテンションは一瞬にしてフルスロットルになってしまった。


「オフコース!」


 ぐっと親指を立てて了承する男子連中。まったく、この正直者どもめ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔の友だちが中学になっても昔のまんまなのはまあ予想できましたねw 男なんてそんなもんだと思いますが。
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