第二十三章その4 気分はスター選手
「オークランドの選手が出てきました、早朝からジョギングのようです」
「昨日はぐっすり眠れましたか?」
「朝ごはんはまだ食べていないのですか?」
翌朝、早朝ジョギングのためにホテルを出たところで、俺たちは大勢の人々に取り囲まれてしまった。でっかいテレビカメラや細長い竿の先に取りつけたガンマイクを携えたテレビ局のクルーがわっと詰め寄り、次から次へと質問を投げかける。これほどの取材陣に取り囲まれたのは、俺にとって初めての経験だった。
数日後にオークランド代表と地元トゥールーズの選抜チームが対戦するとはいっても所詮はU-15のカテゴリー、よっぽどのラグビー狂か近親者くらいしか気にしないレベルの非公式の試合だった。だが昨日、俺たちがジョージアに大勝したことで状況が変わってしまったようだ。
結果として、注目度が格段にアップした。昨日の試合でトゥールーズのメンバーが観戦に来ていたのはコートからも見えたが、その内容について彼らが記者にでも話したのだろうか。
面食らう俺たちの前に何本ものマイクが突き出され、リポーターがマシンガンのごとく質問を飛ばす。
「巨漢ぞろいのジョージア相手に大勝。その秘訣は?」
「ニュージーランドのご家族に一言」
「昨日トライを決めていたアレクサンドル君だね。君はジョージア出身と聞いているけど、祖国のチームに勝てたことをどう思う?」
今のはさすがにむっときた。俺は無言のまま腕を前に突き出し、取材陣の間に割り込んでいく。
「すみません、通してください」
そして俺が先陣を切って人垣を押しのけたところに他のメンバーもぞろぞろと続いてジョギングに向かう。
「取材についてはまずコーチの許可を取ってからお願いします」
そして俺たちは取材陣を残し、一斉に走り出したのだった。
「なんだか落ち着かないね」
練習中、ボールを持つ和久田君が引きつった笑いを浮かべる。
そりゃそうだ、練習の間ずっとコートの外からカメラを向けられてるんだぞ。もし気の抜けたところを激撮されでもしたら一生の恥だよ。
「でもこれぇ、案外チャンスかもよぉ」
にやっと企み顔のニカウに、俺は「チャンス?」と尋ねる。
「うまくいけばさぁ、取材陣から聞き出せるよぉ、トゥールーズ選抜チームの情報ぅ」
純朴そうな見た目の割りに意外と策士だな、こいつ。
しかしなるほどそれは良いアイデアだ。コーチから取材OKが出たからこその今の状況であるし、利用できるもんは利用しちゃおう!
練習後、着替えを済ませて運動場を去る俺たちに「すみません、お時間よろしいですか?」と丸メガネの男性が声をかける。でかいストロボを取りつけたカメラを手にしたカメラマンも同伴していた。
「はいどうぞ」
俺は髪の毛にすっと手櫛を通しながら答えた。いっしょにいた和久田君、キム、ニカウらいつものメンバーも緊張した面持ちで服の皺を伸ばす。
「オークランドの強さは驚異的ですね。そんな皆さんの結束の強さの秘訣は?」
「そりゃもちろん、仲良しこよしってことですよ」
キムが俺の首に腕を回し、肩を組んでピースサインをカメラに向ける。俺もいっしょになって「いえーい」とピースを作った。
実際にこうインタビューを受けると悪い気はしない。芸能人とかプロスポーツ選手はいつもこんな気分なのかな?
「へえ、どんな風に?」
記者が追及する。
どんな風にって、具体的に仲の良さを表現するのは難しいな……と、そこに練習を終えたジェイソン・リーが欠伸をしながらこちらに歩いてくるのが俺の目に映った。
よし、あれやるか!
「こっち来てくれ、ジェイソン!」
大声で手招きすると、ジェイソンは「んあ?」と間抜けな声で答える。そして俺たちが取材を受けているのに気付くと、急いで髪の乱れをなおしたのだった。
「俺たちの仲の良さを見せてくれってさ。だからあれやるぞ、あれ」
「おう、あれだな!」
何を言わずとも「あれ」だけで通じ合う。仲の良さの表れだな。
すぐに1年生4人プラスアルファの5人は、俺を真ん中にして左右に2人ずつの横一列に並ぶ。
「「「「「我らオークランド選抜!」」」」」
そして掛け声とともにバッとポーズを決めた。それはまさに、ギ〇ュー特戦隊のスペシャルファイティングポーズ!
「あはは、ナイスなチームワークだね」
記者が爆笑をあげ、カメラマンがパシャパシャとシャッターを切った。うん、ウケは最高だな。
「日本語でいう以心伝心てやつです」
俺たち5人全員がしたり顔でポーズを解く。さて、ここからは俺たちのターンだ。
「ところでトゥールーズ選抜ってどんなチームなんですか?」
「トゥールーズはフランスお家芸のシャンパンラグビーの後継者となれるよう、創造性に溢れたプレーを鍛えられているんだ」
記者の男性は手元のメモ帳をめくりながら、嬉しそうに話す。おそらくここに来る前にトゥールーズのチームについても取材してきたのだろう。
「パス回しは全員が得意だけど、一番注目すべき選手は何と言ってもスクラムハーフのティエリー・ダマルタンだね。まだ15歳だけどU-20に混じっても十分なパフォーマンスができるんじゃないかと思うほどの逸材だよ」
スクラムハーフが強いのはフランスの昔からの特徴だ。
フランスの流れるようなパス回しの真髄は、その試合展開の速さにある。スクラムなどのセットプレーの後、通常ならスクラムハーフから司令塔役のスタンドオフへと一旦パスを回してから攻め手を決めるのが一般的だが、ことフランス代表についてはスクラムハーフが司令塔役をこなし、即座にバックスへとパスを回すことが多い。
さらにフランス選手は前に出ることをまるで恐れない。仲間がボールを持つ前に全員が走り出し、オフサイドの反則も恐れず走り込みながらパスをキャッチするのだ。試合の中で次々と戦術を生み出す創造性の高いプレーは、そのようなチームの意思が一つになって生まれている。
「そのスクラムハーフをどうにかする必要があるんだね」
和久田君がそっと口元に手を当てる。同じポジションの強敵について静かに対抗心を燃やしているのだろう。
「ティエリーはランもパスもハイレベルで、彼につられて周りのメンバーも腕を磨いている。だから君たちオークランド選抜でも、勝てるかどうかはわからないよ?」
そう言って男性は不敵な笑みを俺たちに向けたのだった。フランス人である彼としては、トゥールーズのチームが地元で俺たちをコテンパンに倒してくれるのを期待しているのだろう。
「どんな相手でも正々堂々戦うまでです。良い勝負になることを期待してます」
だが俺は強く言い放つ。試合の始まる前から勝負がついたと思われるのはさすがに困るからな。
言い終わったところでカメラマンが何度もシャッターを切り、薄暗くなりかけたトゥールーズの街中でフラッシュが焚かれる。うーん、実に良い気分だ。
「いやいや、お忙しいところありがとうございます。試合、楽しみにしてますよ!」
別れの握手を済ませた記者は、俺たちに「バイバーイ」と手を振られながら練習場に入っていった。他の選手たちについても取材するつもりだろうか。
「注目されてるんだねぇ、僕たち」
ニカウが腕を組んでしみじみと言うと、ジェイソンがバシンと手のひらに拳を打ち付けた。
「だな。このワールドツアー、勝って終わらせようぜ」
ジェイソンの意気込みに俺たち1年生4人が「ああ」と頷く。思えば全勝を目標に始まったワールドツアーも、とうとう最後の試合を残すまで終わってしまった。そして全勝まであと1勝、最終戦のフランス戦を勝利で終わらせてこそ俺たちは真の勝者となれるのだ。
その時ようやく、俺たちはひとつのチームになれたことを証明できるだろう。
ちなみにその日の夜、地元新聞社のニュースサイトに俺たち5人のスペシャルファイティングポーズが写真付きで掲載されたのは言うまでもない。




