第二十三章その3 史上最大の相手!?
ジョージアとの試合は、開始早々からタックルに次ぐタックルで激しいぶつかり合いが展開されていた。
相手はたしかに大柄ではあるが、これまで多くの強敵と戦ってきたオークランド選抜なら対処できないほどではない。多少自分より大きな選手でも的確にタックルを入れれば倒せるし、総じて相手のフットワークは重いので一方的にボールを支配されて突破されるといったことも無い。
だがそれはあくまでも一般論の話。どこのチームにも少なくともひとりは、規格外の強さを誇る選手はいるものだ。
「あのプロップを止めろ!」
ゴール前からフルバックのジェイソン・リーが大声で怒鳴る。彼の言うプロップとは、今まさに小脇にボールを抱え、まっすぐ俺たちのゴールに向かってズンズンと進んできている選手のことだった。
でかい。ポジションはニカウと同じ右プロップなのだが、ニカウと同等、いやそれ以上の相撲取り体型だ。身長は190cm近くとロック並みで、体重も130キロはあるだろう。
そんな巨漢の彼がボールを持てば、一人がタックルを食らわせたところで足止めにもならない。
「ぐわ!」
タックルをしかけたウイングのエリオットに、巨木のような腕が振るわれる。
「エリオット!」
俺たちの叫び声虚しく、エリオットはなすすべなく背中から地面に倒されてしまった。倍近く体重の違う相手に弾き飛ばされるようすは、まるで巨象に踏みつぶされる昆虫だった。
これまでも石井君やフィアマルといった自分以上の巨漢と出会ってきたが、それでもここまで圧倒的な体格差を感じたことは無かった。
「させるか!」
仇討ちとばかりにとび出したキムがタックルを入れ、時間差でサイモン・ローゼンベルトがタックルを入れる。
だがそれでも、彼は立ち止まるだけで倒れるには至らなかった。うちのフランカーとロックの連続タックルを受けてなおも耐えきる相手プロップに、少ない観客にもかかわらず割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「どんだけ身体強いんだよ、あいつ!?」
ぎょっと俺は目を剥く。その間にも彼は駆けつけた仲間にボールを回し、オークランド守備ラインの突破を図ってきたのだった。
「待て!」
だが敵がボールを受け渡された瞬間、すかさずキャプテンのクリストファー・モリスが鋭いタックルを入れ、相手をそのままタッチラインの外へと押し出す。これで俺たちボールでのラインアウト、なんとかピンチは凌いだ。
「大丈夫か?」
俺は倒れたままのエリオットに駆け寄った。倒れた時に頭でもぶつけたのだろうか、上体を起こした彼は後頭部に手を添えていた。
「ああ、すまん。あの右プロップ、レベルが違い過ぎるな。ブルドーザーかよ」
見た目通り足は速くないので追いついてタックルを入れること自体は難しくないが、進軍を止められるかどうかはまた別の話だ。
「無茶するな、ボールは俺たちが取ってくる。エリオットはトライすることだけ考えろ」
俺はエリオットの手を引いて立ち上がらせる。エリオットは「お、おう」と小さく答えていた。
さあ、ラインアウトによるプレー再開だ。敵味方が列に分かれ、フッカーのアレクサンドルがボールを手にして、タッチラインの外に立つ。
「3、2、5!」
頭上にボールを掲げ、アレクサンドルが大声で数字を唱えた。これはどの位置に、どんな高さでボールを投げ入れるかという意味の合図だ。ちゃんとメンバーにしかわからない規則性があるのだが、その点は企業秘密ということでお願いしたい。
そしてボールが投げ入れられる。俺はアレクサンドルの指示に従ったタイミングでサイモンの身体を持ち上げ、そして飛んできたボールをサイモンはしっかりとキャッチした。そして彼は宙に抱え上げられたままで、すぐにラインの背後に控えていたスクラムハーフ和久田君に楕円球を回したのだった。
そして和久田君はボールを受け取るなり、観客を驚かせる。なんとラインアウトの密集とタッチラインの間の、わずかな隙間めがけて走り込んできたのだ。
このようなセットプレー時の密集から見て狭いサイドのことをブラインドサイド、対して広いサイドのことをオープンサイドと呼ぶ。
通常ならオープンサイドの方が多人数で多様な攻撃を展開できるために多くのバックスが散らばっているのだが、時折相手の意表を突いてわざとブラインドサイドを狙うこともある。ランニング能力に優れた和久田君ならフォワードの守備の隙を突破できると踏んでの選択だろう。
だが相手の巨漢右プロップは、一歩目の速さに関してはそこらのバックス以上だった。すっと和久田君に素早くとびかかり、圧倒的体格差をもってホールドしてしまう。
「くそ、負けるか!」
俺は和久田君の背中から密集に加わり、相手プロップと取っ組み合う形になった。そこにニカウらオークランドフォワード、一方の敵チームのフォワードも加わって、大規模なモールが完成する。ボールは和久田君と相手プロップに挟まれて動かせないが、このまま我慢して押し込めばトライのチャンスだ。
しかしどれだけ全員で力を込めようが、相手もそれ以上の力で押し返してくるので一歩も動かない。少し進んだと思ってもすぐに踏ん張られてしまい、またも足が止まってしまう。
「ユーズイット!」
そんな時に響くのはレフェリーの声。これはモールからボールを出しなさい、という指示だ。早く出してプレーを続けなければオークランドが反則を取られてしまう。俺たちは早くボールを出すように、身体をねじったり腕を無理矢理突っ込んでボールをかき出そうとした。
だが和久田君と相手プロップの身体に挟まったボールはなかなか動かせない。やがてレフェリーが「モールアンプレアブル!」と宣言し、ジョージアの選手たちが「うっしゃああ!」と大歓声とともにガッツポーズを取ったことでモールは散開した。
時間内に密集からボールを出せなかったという意味の反則であり、相手スクラムでの再開となる。フォワードの結束に自信のあった俺たちの自信を、真正面からぶち壊してくる相手にチームはすでに疲労困憊だった。
その後、またしてもボールを持った相手右プロップがドスドスと地面を鳴らしながら俺たちの陣地に進軍する。
「ええい、ままよ!」
俺は身体を低く屈め、向かってくる相手に渾身のタックルを入れた。さすがに俺の全体重をかけた一撃は有効打となったのか、がっしりと抱え込んだ相手の身体がぐらりと傾くのを感じる。
よし、入ったぞ。だがそう思った直後、傾いた相手の身体がピタリと止まる。どうやら踏ん張って持ちこたえてしまったようだ。
まさかこれでも耐えてしまうのか!? 俺の顔からさっと血の気が引いたまさにその時、相手プロップにズバンと誰かが身体をぶつけたのだった。
タックルを仕掛けてきたのは……なんと、ウイングのエリオット・パルマーだった。
「エリオット!?」
ぐらりと傾く相手の身体。それを抱え込みながら俺は目を丸くする。
「バカにすんなよ、身体の小さい俺だってタックルくらいできるんだ!」
相手の腰に腕を回したまま吼えるエリオット。その声と同時に、敵の巨体はとうとう倒れ込んでしまった。その際、幸運にもボールがポロリとこぼれる。
芝の上で跳ねる楕円球を最初に拾ったのは、駆けつけたフッカーのアレクサンドル・ガブニアだった。彼はボールを拾い上げるとまだ戦列の整っていない相手陣地を一気に走り抜け、ついにトライを奪ったのだった。
「やったぞ!」
アレクサンドルはフッカーというポジションで希少なトライの達成に、ぐっと握りしめた拳を力強く振り上げた。この日最初の得点に観客席からも拍手が湧き起こる。
だがこの得点で一番の功労者は誰か、それはチームの誰もが理解していた。
「エリオット、ナイスタックルだ!」
「お前のおかげだよ、ありがとう!」
オークランメンバーはコートに立つウイングの周りに集まり、今にも彼を胴上げでもしようかという勢いで取り囲んでいた。
「みんなー、俺たちはもうバックスもフォワードも関係ないー。俺たちはチームだー、自分ができると思ったことはーどんどんプレーしていけー!」
キャプテンのクリストファーの声に呼応して、俺たちは「おう!」と返答する。
このプレーがきっかけなのか、オークランドの15人の動きは明らかに変わった。バックスも積極的にタックルに回り、そして俺たちフォワードもバックスだけに突破を任せず隙を見つければ自分たちで走るようになった。時にはバックスがひきつけてフォワードにパスという常識を崩したプレーを見せつけ、相手を翻弄することもあった。
ポジションにとらわれず、自分のできる最高のプレーを。そういうムードがチーム全体から感じられ、試合中チームの一体感は最高だった。
そして最後には、28-3の大勝で試合を終えることができたのだった。




