第二十二章その4 だから誰にも負けられない
最初の試合から4日、ついに韓国代表との試合の日となった。
今日は冬らしい冷たい風の吹く日なので、香港戦のように暑さで参ることは無いだろう。身体も環境もコンディション良好だ。
「シノ!」
「おう、久しぶりだな!」
バスから降りてきた相手選手のひとりに声をかけられ、我らがフランカーのキムが嬉しそうに手を振り返す。地元クラブチームの友人だろう。
そしてわかっていたことではあるが、スタジアムでウォームアップに励む相手選手たちを見ながら、俺はつい呟いてしまった。
「みんな、でっかいねぇ」
今日戦う韓国代表チームは、アジアのチームとは思えないほどに大柄な選手をずらりと並べていた。
特にフォワード陣は全員が180cmを超えているようで、ロックに至ってはパッと見で192cmほどある。同じ韓国出身のキムも身長180ちょっとであるが、この中に混じると随分と小さく思えてしまう。単純にフォワードの体重だけで比較すると、もしかしたらオークランドを上回っているかもしれない。
「キム、要注意選手はどいつだ?」
ランパスで体を馴らす大柄な選手たちを横目に、フルバックのジェイソン・リーがキムに尋ねた。
「間違いなくナンバーエイトのパク・ミョンホだな」
キムがくいっと顎でさし示す選手に、俺たちも目を移す。ちょうどボールを持って走る彼はなるほど身長185cmはあるだろう。その巨体がごつごつと隆起した筋肉に覆われている。
「本当に15歳以下かよ」
自分よりも随分と体格の良い相手に、ジェイソンの声は震えていた。
「ああ、俺よりひとつ年上なだけだ。ジェイソンと同い年だぞ。とにかくあいつの身体の強さは昔から尋常じゃなかった。聞いた話じゃ中学卒業したら日本のラグビー強豪校に留学するのがもう決まっているそうだぞ」
話しながらキムは俺と和久田君の日本人コンビに向けてにやりと視線を飛ばした。
韓国はアジア2番手の地位を香港と争っているが、推定競技人口は日本の100分の1ほどとかなり少ない。ラグビーでもっと強くなりたいと思う選手が身近なラグビー大国である日本に留学してくるのは、何も珍しいことではないのだ。
つまりあのパク・ミョンホが、いつか西川君や石井君と花園で戦う日が来るのかもしれないということだ。
ついに試合が開始される。相手ボールのキックオフで蹴り上げられたボールを、ロックのサイモン・ローゼベルトがしっかりとキャッチする。そこにすかさず韓国フランカー陣がタックルで切り込んでくるが、サイモンはすぐにボールを俺につないだ。
そして俺がボールを持って走り出したまさにその時だった。いつの間にか要注意選手ことナンバーエイトのパク・ミョンホが俺の目の前まで迫っており、まだ受ける準備も整っていない俺に彼は鋭いタックルを入れてきたのだ。
ズシンと骨の髄まで響くような衝撃。なんて重さだ!
体重はこっちの方がずっと上のはずなのに、まるで自動車が正面から衝突してきたような威力。たちまち俺はぐらりと身体を傾けられる。
急いで駆け寄ってきたバックスにボールをつなげてなんとかボールは守り抜いたものの、自分より20キロは軽い相手にこうも一発で倒されてしまうのは初めてのことで、俺は軽くショックを受けていた。
その後数回のフェーズを経て、ボールはキムまで回される。
「このまま突破するぜ!」
キムは相手守備ラインの隙を見つけ、素早く走り込んだ。だがそこにまたしてもパク・ミョンホがとびかかり、キムを軽々と倒してしまう。
真横からの強烈な一撃を受けて、キムはボールをぽろりとこぼしてしまった。後ろから駆けつけたウイングのエリオット・パルマーが急いで拾い上げるが、判定はノックオン。とりあえず敵に拾われてアドバンテージを与えたままプレー続行になることを思えば、ダメージを最小限に留める最善の判断だっただろう。
「キム、大丈夫か!?」
俺は慌てて仰向けに倒れたままのキムに駆け寄る。ミョンホのタックルがもろに決まったのか、しばらくの間キムは手の平で顔を覆っていた。
「いてて……ああ平気だ、続けよう」
やがてキムはよっこいせと立ち上がる。大事には至っていないようでほっとした。
「あのナンバーエイト、強すぎるな」
仲間のフォワードに早く来いと呼びかけるパク・ミョンホの後ろ姿をちらりと見ながら、俺はぼそっと言った。ナンバーエイトはフォワードで1番ラグビーの上手い選手が任されるポジション、油断ならない相手だと心構えしていたが、まさかあれほどとは。
「ああ、俺はミョンホに憧れて、あいつにも負けないつもりでタックルを磨いてきたからな」
口を開くキムに、思わず俺は「そうなの?」と尋ね返す。
「俺は韓国じゃそこまで身体の大きい方じゃなかった。だからいつも、どんなでっかい相手でも倒せるようにってタックルを鍛え続けたんだよ。そしたらいつの間にかニュージーランド留学してて、そこでもフランカー続けてて、不思議なもんだな」
キムが首と肩を回してくいっくいっと鳴らす。そして準備が整ったのか、彼は手の平を打ってパンと乾いた音を響かせた。
「だからこそタックルは誰にも負けられねえ。あいつより強くなったってこと、みんなにわからせてやるんだ」
そう言い放つキムの目には闘志の炎が宿っていた。彼の体格差をものともしない強烈なタックルは、小さな頃からの努力の積み重ねによって培われた肉体と技術、自信の上に成り立っているようだ。
さて、相手ボールでのスクラムが組まれる。
「クラウチ、バインド……セット!」
レフェリーの合図とともに、8人と8人の押し合いが始まった。
「ぐぬぬ、負けるか!」
相手スクラムハーフがボールを投入した直後、俺は左足を踏ん張らせながら右半身をグイっと前に突き出す。それがうまくいったのか、俺と組み合う相手右プロップは一歩後退した。
よし、スクラムならこっちの方が上だ。ずっといっしょに過ごしてきたフォワードの結束の強さは伊達じゃない!
相手はこのままスクラムを続行するのは辛いと考えたのか、すぐにボールを密集の後方まで蹴り転がすとスクラムハーフに拾い上げさせる。そしてすぐにバックスへとパスを回し、大外から走らせる。
だがそんな敵の動きを予想していたのか、ウイングのエリオットがボールを持ったバックスに追いついてタックルを入れ、ふたりともいっしょにもつれる形で押し倒す。だがふたりが倒れ込んだところに真っ先に駆けつけたのは、韓国ナンバーエイトのパク・ミョンホだった。
ミョンホはボールを拾い上げると、オークランドのゴールポストめがけてまっすぐ突進を始める。すかさず他の選手がタックルを入れるが、なんと逆に弾き飛ばされてしまった。
「あいつを止めろー!」
吠えるようなクリストファーの指示に、ついにニカウも相撲取りのごとき巨体でミョンホに飛びかかる。ニカウの丸太のような腕がミョンホの胴に絡みつき、がっしりとホールドされた。
だがミョンホはニカウにとらえられてもなお巨体を引きずりながら、さらに2歩前へと強引に進む。そしてニカウが体勢を崩したところで自分の腕を振り回し、彼の巨体を振り払ってしまったのだった。
この時ばかりはオークランドの選手全員が唖然と口を開く。今までニカウのタックルでも倒れなかった選手はいくらかいたが、こうも振りほどいた選手は初めてだった。
「させるか!」
だがニカウが足止めをしてくれたおかげで、追いついたキムが姿勢を低くしてタックルを入れる。
「うあ!?」
さすがのミョンホも重心を崩すべく腰の高さに入ったキムの渾身の一撃には耐えきれず、ぐらりと傾いて倒れ込んでしまった。そしてぽろりと地面にボールが転がり落ちる。
「ノックオン!」
レフェリーの判定にオークランドの選手たちから歓声が上がった。
「すごいよキム!」
「さすがうちのフランカー!」
フォワードもバックスも問わず駆け寄る仲間たちからの惜しみない声に、自信家のキムもさすがに戸惑いの苦笑いを浮かべていた。
「ああ、負けられないんだよ、これだけは」
そう得意がるキムの顔からは、照れくささと誇らしさが同時に醸し出されていた。




