第二十一章その3 このチームに足りないもの
先制点を奪われた俺たちは、失点を取り返そうととにかく攻め続ける。だが相手の守りは非常に堅く、素早く正確なタックルの連続にゴールラインを越えることができなかった。
また俺たちが守勢に回った時には相手は予期せぬ方向に流れるようなパスをつなぐのでまったく動きが読めない。そしてどの選手もタックルを受ける直前、迷いなくボールを後ろに放り投げてしまうのだ。まるでそこに誰かがいるのをわかっているかのように。
そのおかげで俺たちはまるで相手のボールを止めることができず、無為に走らされるので時間の経過とともに疲労がたまっていく。
そんな後半始まって間もなくのことだ。守備ラインを形成する俺の目の前で、相手センターのスティーブン・ニルソンが回ってきたパスをキャッチしたのだ。
「今だ!」
チャンスとばかりにだっと地面を蹴って、俺は相手にとびついた。そして身体をぶつけるなり腕を回し、スティーブンに絡みつく。これで絶対に逃れられない。
だがスティーブンは背中から倒れていく最中、なんの躊躇もなく真後ろにボールを放り投げたのだった。そこに絶妙なタイミングで別の相手選手が走り抜け、空中のボールをかすめ取るようにして持ち去ってしまったのだった。
「え!?」
まさか、今度はオフロードパスだと!?
タックルを受けて倒れ込んでいる最中に投げるパスだ。体勢が不安定なのでつなぎにくいリスクの伴ったプレーではあるが、成功すれば数的優位を保ちつつ素早く攻撃を続けられるのでリターンが非常に大きい。
相手選手はスティーブンを押し倒す俺の脇をさっと通り過ぎる。そしてそのままオークランド陣を駆け抜けると、余裕のトライを奪ってしまったのだった。
「トライ!」
コールされるレフェリーの声。またしても相手チームに得点を与えてしまった。
「何だよあいつら、頭の後ろに目玉でも付いてんのか?」
キムがぞぞっと震える。そんな人間いるはずないとわかってはいるのだが、そうとしか思えなかった。今仲間がどこにいるのか、まるでテレビゲームの画面のように全員が俯瞰視線で理解しているようにさえ見える。
「こうなったらフォワードで攻めるぞー!」
キャプテンのクリストファーの力強い声に、萎縮していた俺たちは「おう!」と無理矢理にでも己を奮い立たせる。あそこまでハイレベルなパスを回されると敵わない。だが純粋な力比べに持ち込めたら、勝機はあるかもしれない。
その後も試合は攻めて守っての繰り返しで、表示されたスコアは変わらなかった。だが後半20分、なんとか敵陣奥深くまでボールを持ち込んだ俺たちは、ゴール前で守備ラインを形成する相手に力づくのフォワード戦を展開していた。
ボールを抱えて全体重を相手にぶつけ、強引にトライをねじり込む。うまくいかなければすぐに駆けつけた仲間にボールを託し、今度こそはと立ち上がる。
俺たちは愚直にそれを繰り返して、ひたすら肉体をぶつけまくった。
「まだまだ、もっといけ!」
そしてチーム最重量のニカウがボールを持って突っ込んでいった時、今しかないと俺はニカウがタックルを受けた直後に後ろから駆けつけた。そこに相手選手や他の仲間も集まり、ついにモールが形成される。
「押し込めー!」
俺たちが力をこめると、密集がじりじりと前に進み始めた。フォワード勝負になったらこっちの方が上だ、勝てないことは無い!
そして俺たちの全力にはニューサウスウェールズ選抜もついに観念し、相手の密集は散り散りになってしまう。そして最後はボールを持っていたニカウが、へとへとになりながらも地面に楕円球を叩きつけたのだった。
よし、トライを奪ったぞ!
本日初めての得点に観客がどっと盛り上がる。突破口の見つかった俺たちも安堵の混じった笑みを浮かべていた……が、まだ負けていることに変わりはない。
「このまま逆転だー!」
クリストファーが俺たちを鼓舞する。ようやくチームに明るさが戻った気がした。
だがそこからは相手も修正して、俺たちの攻撃は完全にシャットアウトされてしまう。結局そこから得点差を埋めることはできず、俺たちは7-14で敗れてしまったのだった。
「ま、負けた……」
レフェリーの笛の音と同時に、俺はがっくりと芝の上に膝をつく。
非公式の壮行試合だからよかったものの、勝てないことはない相手だと思ったのに……。
相手選手と握手を交わし、俺たちはベンチに引っ込んだ。
そこに観客席からひとりの大男が向かってくる。やって来たのは我らがラグビー部の元キャプテン、ローレンス・リドリーだった。
「みんな、よく頑張ったな」
項垂れて沈む後輩たちに、ローレンスが優しく声をかける。
「はい……」
そう俺たちは素直に答える。だがしばらくするとやるせない想いが胸の奥から湧き出してきて、堪らず俺は「くそ!」と自分の膝を叩いた。
「フォワードなら勝てると思ったのに、まるで歯が立たなかった」
「なんであんなにパスがつながるんだ!?」
どうして!?
決壊したようにオークランドの選手たちが次々と悔しさを表に出す。
そんな後輩たちを見つめながら、ローレンスはゆっくり口を開いた。
「多分お前たちと向こうで実力自体に大きな差はない。むしろ個々の能力で言えばオークランドの方が上だ。だが向こうは徹底的に互いを知り尽くしていた。パス回しの位置からラインアウト後の一手……いや三手くらい先までどう動くかを全員で共有していたんだ」
俺たちはじっとローレンスの話に耳を傾ける。うちの学校の生徒だけでなく、アレクサンドルら他校の生徒も彼に顔を向けていた。
「選抜チームってのは学校やクラブのチームと違って、メンバー同士でいっしょにいる時間がずっと少ない。ひとりひとりの能力は高くても、仲間同士クセやリズムを知らないので連携がうまくいかないなんてよくあることだ。相手はそこをしっかりと把握して、結束をより強くできていたんだよ」
そうか、そうだったのか。
阿吽の呼吸と呼ぶべきか以心伝心と呼ぶべきか、長く一緒にいないとわからない呼吸。相手のパスがあれだけ通ったのは、そこを互いに知り尽くしていたからだ。
日本代表が初めて決勝トーナメントに進出した2019年のワールドカップにおいて、代表に選ばれた選手はその年だけでも計240日の合宿を行っている。ともに過ごす時間を長くできたからこそオフロードパスをつないだり、一丸となって強敵サモア相手にスクラムで押し勝つことができたのだ。
彼らがあそこまで成功したチームになれたのは、選手同士の信頼と結束があったからこそだ。
そういう意味で、このチームはまだ真のチームになり切れていなかった。そこの精度を遠征前に高めてきたニューサウスウェールズに、俺たちは結束の力で負けたのだ。
強い選手を頭数そろえたら勝てるというほど、スポーツは単純な世界ではない。ワールドツアーを前に浮かれてしまっていた俺たちは、その現実をまざまざと思い知らされたのだった。
ローレンスが話し終えてからも、しばらくの間俺たちは皆ずんと黙り込んでいた。
だがやがてクリストファーが立ち上がると、彼は息を大きく吸い込んで今日一番の大声をあげたのだった。
「みんなー、ここから先は1回も負けられないぞー!」
雄叫びに近いクリストファーの声に、我に返った俺たちは「おう!」と立ち上がる。
まだ俺たちは負けたわけではない。このワールドツアーを通して、ひとつのチームになるまでは!




