第二十一章その2 激突! ラグビー大国
ニューサウスウェールズ州U-15選抜チームとの試合は、ジェイソン・リーのキックオフで始まった。
「マイボール!」
落ちてきたボールを相手ロックがキャッチする。そこにタックル自慢のフランカー、キムがまっすぐに駆け寄ってプレッシャーをかけにいった。
猛然と突っ込んでくるキムを見て、ロックは斜め後ろの仲間にボールを回す。受け取った選手は陣地回復のため、すぐにパントキックでオークランド陣内まで大きく蹴り返した。
その落下点に向かっていったのは我らがロック、サイモン・ローゼンベルトだ。俺は彼のすぐ後ろに続く。
「太一!」
「おう!」
空中で回転しながら飛来する楕円球を見据え、サイモンが垂直に跳びあがる。背後に立った俺は彼の腰に手を回し、その身体を持ち上げた。
そしてリフティングされたサイモンは腕を高く伸ばし、ボールを見事キャッチする。
走り来る相手よりコンマ1秒でも早くボールを確保できるよう、空中にボールが高く上がった時にはこのようにジャンプやリフトを行なうのが鉄則となっている。これにはジャンプ中にボールを持った選手に対してタックルを行なうのは危険な反則とみなされるため、怪我の恐れもある無用な競り合いを減らすという目的もあるのだ。
そして俺に支えられて捕球したサイモンはラインアウト同様、後方に控えていたスクラムハーフの和久田君にボールを投げ渡した。
メンバーの中では小柄な和久田君はボールを小脇に抱えると、身体を低く屈めた低姿勢で芝の上を走り抜ける。その姿はまるで忍者、大柄な相手にとっては低すぎて有効なタックルを決められにくいのが彼の強みだ。またこのフォームは機敏なステップを踏みやすく、守備の際には低く鋭いタックルを入れられることからこの強者揃いのニュージーランドにおいても唯一無二の存在感を放っている。
「くそ、低すぎて入らねえ!」
オーストラリアの大柄なフォワードがタックルを仕掛けるが、和久田君は見事な横っ跳びでその突進をかわした。そしてセンターラインまで陣地を回復したところで、今度は大外に駆けつけていたウイングのエリオット・パルマーにパスを送る。
エリオットは持ち前の俊足で猛然とスパートをかけ、そのままトライを決める……と誰もが思ったその時だった。
突如ロケットのような勢いで真横からタックルを放ってきた相手に、タッチラインの外まで押し出されてしまったのだ。
「スティーブン、よくやった!」
タックルを決めたのは、先ほどエリオットに声をかけていた少年だった。背番号は13、センターだ。
この場合俺たちのボールがラインの外に出てしまったと判断され、相手ボールでのラインアウトで試合再開となる。
「エリオット、大丈夫か?」
俺たちが駆けつけると、倒れていたエリオットは頭を押さえながら立ち上がる。
「ああ平気だ……あのスティーブン、めっちゃ強いから気をつけろ」
「13番のことか?」
「スティーブンはオーストラリア国内でも恐らくナンバーワンのバックスだ。とにかく足が速いし、身体が強い。フランカーやナンバーエイトをやれって言われても、そこらの選手よりうまくできてしまうくらいにな」
センターはバックスの中でもタフネスが求められるポジションだ。点取り屋であるウイングにパスを回すという役割柄、敵のタックルを受けることが多く、また敵にタックルを入れることも多い。そして時にはウイングの代わりにトライを奪いに行くこともある。
そのように多種多様なハードな役割を求められることから、トップレベルのセンターは、フォワードの選手と遜色ない体格の持ち主であることも珍しくない。
その後のラインアウトでは、投げ入れられたボールを相手ロックがしっかり確保する。そして素早くパスを回されたスクラムハーフは、まだラインを形成したままのフォワードの脇をめがけてだっと走り込んだ。
「させるかー!」
身を屈めて走るスクラムハーフめがけ、ラインの端に立っていたナンバーエイトのクリストファー・モリスが腕を伸ばした。
クリストファーの瞬発的な加速力は見事なもので、相手のコースをすぐに塞いでしまった。しかも体格ではこちらの方が圧倒している、ここで食い止めてボールを奪えば、フォワードの力技でゴール押し込むことも可能だ。
相手スクラムハーフは走る速度を落とさず、前に立つクリストファーをぎろっと睨みつける。このままぶつかってくるつもりのようだ、他のフォワード陣も敵を迎え討つべくクリストファーの周囲に移動する。
だがその時だった。走り来る相手選手はずっと前を見つめたまま、すっと腕だけを動かしたのだ。そしてなんということか、顔をずっとこちらに向けた状態で、斜め後ろにボールを放り投げたのだった!
「え!?」
誰も想像できなかった行動に、俺たちの思考がストップする。
投げられたボールの向かう先に目を移す。そこには今しがたエリオットにタックルを入れた、センターのスティーブン・ニルソンが走り込んでいた。
スティーブンはボールをしっかり受け取ると、すぐさま最高速で飛ばす。そしてあれよあれよという間に、オークランドの選手の間隙を縫って守備を突破してしまったのだった。
まさかノールックパスだと!?
つまりは投げる方向を見ないでボールをパスするプレー。こんなのトップクラスのプロ選手でしか見たことがない!
我に返った俺たちは慌てて振り返ってスティーブンを追うが、既に遅い。他のバックス陣、そしてゴール前を守っていたフルバックのジェイソンもスティーブン・ニルソンの爆走を止めることはできず、俺たちは試合開始からあっという間に先制のトライを決められてしまったのだった。
「いよし!」
100点満点と呼ぶべき得点に、ガッツポーズを決めるニューサウスウェールズ選抜のメンバーたち。一方で観戦に訪れていたオークランドの人々からは、「オーウ」と落胆の声が上がっていた。
「くそ、かわされてしまった!」
守備の要であるジェイソンも地面を蹴って悔しがっている。彼ほどの選手がここまですんなり突破されるなんて滅多にない。
「ねえ小森君、あのノールックパス、できる?」
盛り上がる相手ベンチに顔を向けながら、和久田君が俺に小さく尋ねた。
「いや、できない。和久田君は?」
「僕もだよ、あんなパス怖くて無理だよ」
そう話す和久田君の顔には、恐怖にも似た絶望感が浮かび出ていた。体格の差とか技術の差とか、そう単純には説明できないものの確実に存在する絶対的な何かの差を感じ取っているようだった。
「多分……いや、間違いなく、今まで戦ってきたどの相手よりも強いよ、このチーム」




