第二十章その5 セットプレーを制するは
決勝戦最初のトライを奪ったカンタベリーライオンズ校は、続くコンバージョンキックも丁寧に決めて7点を獲得する。
そこから試合は両軍ともにスコアを動かすことができず、キックとタックルの激しい応酬が展開されていた。
力量はほぼ同等。だがキックオフ直後に先制点を奪われたオークランドの方が攻め焦っているために、得点機会を逃しているようにも見えた。
そんな前半25分のこと。オークランドボールのスクラムから繰り出されたパスが通り、ボールを持ったバックスが一気に芝を駆け抜ける。最終的に相手フルバックのタックルで前進を止められたものの、敵陣の深くまで攻め入ることに成功した。
そこからはオークランドの屈強なフォワード陣による強引な押し込みと、ラインを形成して突撃を阻むカンタベリーライオンズ校とのせめぎ合いが繰り広げられる。
ゴール前で横一列になって防衛ラインを形成する相手チーム。その堅い守りをこじ開けんと、楕円級を抱えたオークランド選手が身体をぶつける。それでダメならば次の仲間にボールを託し、途切れることなく攻撃を繰り返していた。
そして10回以上攻撃が続いたときのこと、膠着していた攻防に変化が訪れる。ボールを受け取ったスタンドオフが横方向にキックパスをつなぎ、サイドを大きく変えたのだ。
そこに走り込んでボールをキャッチしたのは、我らが頼れるナンバーエイトのハミッシュ・マクラーセンだった。
大外を攻めるハミッシュに、突破されるまいとタックルをしかける相手選手。だがハミッシュは逞しい腕を張り手のように突き出して相手を押しのけると、そのままラインを越えてボールを芝の上に置いたのだった。
この試合、オークランド最初の得点が決まった!
「よっしゃあ!」
「さすがハミッシュ!」
同じ学校の面々が一様に沸き立ち、俺たちはスタンディングオベーションで値千金のトライを称賛する。
「あのナンバーエイト、強……自分より大柄な相手を片手で……」
ハミッシュの力強いプレーにはアレクサンドルら他の学校の生徒も目を丸くした。オールブラックスで一騎当千の活躍を見せる未来のスーパースターは、まだ身体の小さかったこの時期からその片鱗をちらつかせていたようだ。
しかしこの後のタッチライン際ギリギリという難しい位置からのコンバージョンキックは決めることができず、そこで前半が終了する。
現状は5-7。ペナルティキック1本でもあれば逆転できるスコアに、観客も選手も緊張感が拭えず、ハーフタイムだというのに全然気が休まらなかった。
そして後半が始まっても、試合はまた両者ともに点を奪えない展開が続いていた。
しかも後半12分にはオフサイドの反則からオークランドは相手にペナルティキックを与えてしまい、そのままペナルティゴールの3点を奪われてしまう。
これでスコアは5-10。トライを決めてようやく追いつくという、小さいようで大きな差だ。
ここから果敢に攻め続けるも相手の守りは堅牢で、逆に隙を突かれて一気に攻め込まれてしまうというシーンが幾度となく繰り返されていた。
そして試合終了まであと2分、スコアは5-10のままでオークランドは22メートルラインの内側まで攻め入られていた。
しかしここでチャンスが巡ってくる。オークランドの選手がボールを抱えた相手にタックルを決めたところですぐさま別の選手が駆け寄り、ボールを奪い返したのだ。
だが相手とて必死、ボールを奪ったところで敵選手たちが襲い掛かる。それを避けんとオークランドの選手は、後方のハミッシュにボールを回した。
そしてハミッシュは何を思ったのか、キャッチするや否や足元にボールを落とし、そこに渾身のキックを叩き込んだのだ。
ハミッシュの全身全霊のキックを受けたボールは大きく相手陣の22メートル付近まで飛び、そしてタッチラインを割ってしまう。
当然、会場が困惑のどよめきに包まれたのは言うまでもない。
攻め込まれた際にタッチキックで陣地を取り返すのは有効な戦法だが、この場合は相手ボールのラインアウトでプレーが再開される。ラインアウトはボールを投げ入れる側が圧倒的に有利 。オークランドはこの不利なラインアウトでボールを奪い返さなくてはならないので、オークランドとしては自分から負けにいくような戦い方にしか映らなかった。
「なんだよ、勝負諦めたのか?」
ウイングのエリオット・パルマーが拍子抜けしたように漏らす。そこにすかさず反論したのはフランカーのキムだった。
「いや、ハミッシュがそんな破れかぶれのプレーするわけがねえ。これは絶対何か考えがあるはずだ」
俺たちが見守る中、両チームの選手が駆け足で位置につく。ラグビーにおいて遅延行為は反則、最後まで正々堂々とプレーしなくてはならないのだ。
そしてオークランドとカンタベリーが向かい合い、ラインアウトの準備が整う。残り時間はほんの僅か、ここでボールを奪われた瞬間、敗北は確定したも同然と言ってよい。
両軍ともに疲労困憊。これが勝敗を決める一投だ。つまり敵は確実にボールをキープして、試合を終わらせたいはず。ロックのローレンス・リドリーと中尾は、互いに視線をちらりと交わした。
相手フッカーが頭上にボールを抱え、そして2列の真ん中に投げ入れる。
距離は……短い!
プロップふたりに支えられ、中尾がすっと空中に浮き上がる。だがその隣では、駆けつけたローレンスが勢いをつけてジャンプしていた。
そのローレンスの背後にはオークランドの仲間が立ち、高く飛び上がったローレンスの太腿をつかんでさらに高くへと支え上げる。4メートルをはるかに超す高さでのボールの奪い合い、手をかけたのは……ローレンスだった!
「おい、奪ったぞ!」
大歓声とどよめき、様々な声の湧き起こるスタジアムで俺は叫んだ。
「投げる側にとってもショートスローの方が確実だからね。遠くだと真っ直ぐに投げるのも難しいんだ」
横からアレクサンドルがじっとコートから目を離さずに説明する。フッカーである彼も同じ投入役の苦労を知っているのだろう。
つまり相手が安全策を選んでくると睨んで、ローレンスは相手のコースを予測したということか。まさかそこまで考えていたなんてと、俺は冷や汗をかいた。
つかんだボールを胸に抱えたローレンスが地面に降り立つと同時に、わっとオークランドのフォワードが駆け寄る。さらにバックスからも屈強なセンター陣が加勢し、モールを形成して相手ごと前へ前へと進み始めたのだ。
「モールで押し込むのか!? まだこんなに距離あるのに!?」
サイモンがぎょっと目を剥いた。モールはボールを奪われにくい攻め方ではあるが、体力の消耗がとんでもなく激しい。ゴールまであと20メートル近く、オークランドは相手を押し続けなければならない。
だがそんな疲れなど覚悟の上か、オークランドの選手は一丸となって密集を前進させる。一度勢いに乗ったモールは止まることを知らず、一歩一歩確実にゴールポストへと向かっていく。
「そうか、最初からモールを作ろうってみんな考えていたんだ!」
和久田君がポンと手を打った。
「残り時間が少ない今、最後のチャンスを全員でもぎ取ろうって意識が統一されていたんだ。だからあんなに思い切ったプレーができたんだ!」
オークランドが相手の密集をぐいぐいと圧倒する最中、試合終了のホーンが鳴る。だがラグビーはプレーが途切れるまで試合は終わらない。このまま押し込んでトライを決め、さらにコンバージョンキックを決めればオークランドの逆転勝利だ!
「いけ! いけ!」
「押せ! 押し込め!」
会場はいつの間にやらオークランドコールに包まれていた。オークランド応援団はもちろん、中立の観戦客のほとんどはオークランドの勇姿に声を贈っていた。
そしてついに密集はゴールラインを越え、最後尾でボールを保持していたスクラムハーフが地面に楕円球を置いた。
全員で奪い取った、魂のトライだ!
「よっしゃあああ!」
叫ぶオークランドの生徒。観客席から巻き起こる大喝采。こんな最高の勝負を見せられて、興奮するなという方が無理だ。
さらにゴールポスト近くという良い位置でトライを決められたこともあって、コンバージョンキックも成功する。
こうして7点の加点をもって、今度こそ本当に試合は終了した。
試合は12-10の僅差でオークランドが勝利。ギリギリの辛勝だった。
最初から最後まで、ロック同士のハイレベルな争いが楽しめた勝負だった。
コートの上でローレンスと中尾が互いに握手を交わしている。今日の試合は、実質あのふたりの勝負だったようなものだ。
「ロックって、かっこいいんだな」
健闘を讃え合ってハグするロックのふたりを見下ろしながら、サイモンがぼそりと呟く。
たしかにロックは背の高い方が有利だ。だが、背が高いから必ず勝つわけではない。ラインアウトの駆け引きで如何様にも覆り得る。
「そうだよ、俺たちにとったらサイモンがあんな風に見えるよ」
俺はサイモンに小さく伝えた。彼は俺たちU-15にいなくてはならない、頼れるロックなのだ。
それを聞いてサイモンがふっと微笑む。いつも悲観的な表情を浮かべている彼のこんな顔を見たのは、初めてだった。
「太一」
スタジアムの大歓声にかき消されそうな小さな、それでいて強く力のこもった声でサイモンは言った。
「俺、もうちょっとロック頑張ってみるよ」




