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第二十章その4 自分の良さには本人が一番気付かない

「リフト、もっと速く!」


「スローイン、今のだとノットストレートだぞ」


 セットプレーに不安を抱えていた俺たちU-15選抜チームのフォワードは、その後の練習でもラインアウトを繰り返していた。


 やはり数をこなして仲間同士の呼吸を合わせれば、ちぐはぐだった部分もおおよそ改善できるものだ。近くに落とすか遠くに投げるか、投入役スローワーであるフッカーのアレクサンドル・ガブニアを中心に様々なサインを考案し、攻め方にいくつものパターンを作っておく。


 練習を終えた俺たちはバスで帰宅する。練習でいっしょにいる時間が長いせいか、帰りもフォワードで固まって移動するのが日課になっていた。


「だいぶ良くなったねぇ」


「うん、オーストラリア戦までにもっと精度高めていこう」


 バスで隣同士に座ったニカウとアレクサンドルがにこやかに声を交わす。性格の穏やかな者同士通じ合うところがあるらしい。


「サイモンが後ろを押してくれるから、心強いよ」


 アレクサンドルが窓際に座る187cmのロックにちらりと視線を向ける。声をかけられたサイモン・ローゼンベルトは「どうも」と一瞥すると、また窓の外に視線を戻した。


 身長面で不利なサイモンがなぜ選抜チームに選ばれているのか、いっしょに練習する中で俺たちはその理由が分かってきていた。


 彼は見かけによらず馬鹿力の持ち主なのだ。


 スクラムにおいては「押されるのはプロップが悪い、押せないのはロックが悪い」とよく言われる。1列目のプロップが相手の圧力に耐えるための壁だとしたら、その壁を実際に押し込むのは2列目のロックという意味だ。


 彼の左肩とモロに密着する俺にとって、文字通り背中を押してくれるサイモンは非常に頼り甲斐があった。とにかく身体の使い方が上手いのだろう、彼以上の体格の選手を上回る推進力を受けて、敵のスクラムを潰すことができる。


 また体格が細めなので軽いというのも大きい。ラインアウトで彼を持ち上げるプロップ組の負担がかなり軽減される。


 だがそれでも、高さの必要なラインアウトでの不利は覆せない。世界トップクラスでは4~5メートルの高さでボールを奪い合うことになるのがラインアウトというプレーだ。U-15でも安定してボールを保持するには、190cmは欲しいところだ。


 そしてそのことを一番痛感しているのは、ロックであるサイモン本人だった。


「俺より良いロックなんてたくさんいるのに……」


 ひとりぼそっと呟くサイモン。


 見た目からして強そうな選手ならば、コートに立っただけで相手を委縮させることもできる。だがいっしょにプレーをして初めて良さのわかる彼の場合は、傍目からはなかなか良さが分からない。そしてそれは本人も同じだった。


「ところでお前らー、土曜日の決勝戦は見に行くのかー?」


 サイモンの独り言が聞こえたのかどうかはわからないが、ナンバーエイトのクリストファー・モリスが不意に尋ねた。もちろん、オークランドゼネラルハイスクール学校代表の出場する全国大会決勝のことだ。


「もちろん、ハミッシュたちの応援に行くよ」


 俺はわざと明るく答えた。和久田君とキムも「行くぞ!」と頷く。


 今回は決勝戦とあってラグビー部員もほぼ全員がウェリントンまで観戦に行くらしい。U-15選抜フルバックのジェイソン・リーも同じ部員の応援に向かうと話していた。


「ああ、南島代表がものすごく強いんだよね。いいなあ、僕も会場で見てみたいよ」


 羨ましそうな表情でアレクサンドルが天井を見上げ、他のメンバーも「いいなあ」と声をそろえた。


「じゃあさ、せっかくだからさ」


 俺がまたしてもわざと明るく声を張り上げると、フォワード全員が俺を見た。ずっと窓の外を眺めていたサイモンも、ちらりとこちらに目を向ける。


「決勝戦、みんなで見にいこう!」




 土曜日、俺たちは先週に引き続きウェリントンのウエストパック・スタジアム前の広場に立っていた。


「また来たぜ、甲子園……」


「コーシエンって何だー?」


 きりっとポーズを取る俺に、クリストファー・モリスが奇異の目を向ける。


 ここまで来るにはまたまた11時間のバスの旅……はもう飽き飽きなので、奮発してウェリントン国際空港まで飛行機を利用した。


 速い、そして快適! やっぱ空の旅は最高だな!


 その代わりお財布には厳しいのが痛い。お菓子やアイスを我慢して、次の仕送りまでは切り詰めないとなぁ。


 また今日は前回の試合以上に、学校の関係者や地元の皆さんなどオークランドからの応援団がより大勢駆けつけていた。空港からオークランドゼネラルハイスクールのジャージを着た人の姿がちらほら見え、試合会場に近付くにつれてその数はどんどん増えていった。


 またうちの学校のメンバーだけでなく、エリオット・パルマーら他のU-15選抜メンバーもいっしょにウェリントンまで応援に来ていた。学校の違うメンバーも、同じ地区のチームを応援したくなるのが同郷の性質さがなのだろう。


 しかし飛行機の時間の関係から、観戦できるのは午後の決勝戦だけだ。


「3位決定戦ではワイトカ地区代表が勝ったらしいよぉ」


 試合開始まであと30分、観客席に座り込んだニカウがスマホをいじりながら確認する。


 昨年の優勝チームが今回は3位になったのか。そんな相手に40-3の大差で勝利した南島代表カンタベリーライオンズ校相手に、うちはどう戦うのだろう。


 さあ、いよいよ決勝戦の始まりだ。


 両チームが入場し、校歌斉唱で会場の熱気も一気に高まる。


「ローレンス、絶対に勝てよー!」


「ハミッシュ、ハットトリックだ!」


 それぞれのポジションに就くコートのラグビー仲間に、俺たちは力の限り声援を贈った。


 キックオフは我が校のスタンドオフからだ。歓声とともに楕円球が大きく蹴り上げられ、そのまま敵陣に落下する。


 ボールを受け止めたのは将来の日本代表、中尾仁だった。彼は198cmの長身でジャンプしながら空中のボールを受け止めると、なんとすぐさまボールを足元に落とし、蹴り返したのだった。


 タッチキックだ。自陣ゴール側の22メートルライン内側からパントキックして、そのボールがタッチラインを超えた場合、ボールがラインの外に出た位置から相手ボールのラインアウトが行われるというルールだ。このルールのおかげでゴール前まで攻め込まれたチームはボールを相手に渡してしまうものの、一気に陣地を回復することができる。実力の差が如実に結果に表れるラグビーにおいて、数少ない一発逆転要素だろう。


 空中で回転する楕円球はハーフウェーラインを越え、オークランド陣内でタッチラインを割る。これでオークランドボールでのラインアウトによる再開だ。


 両チームの選手が互いに一列になり向かい合う。試合開始早々、200cm超のローレンス・リドリーに198cmの中尾という長身同士の対決が見られるとは。


 オークランドのフッカーが頭の上に持ち上げた楕円球を放り込む。高く上がったボールに触れんと、ローレンスも中尾も同じタイミングで跳び上がり、それを脇に立ったプロップが支えてリフトした。


 長身選手の長い腕が交差する、激しい空中戦だ!


 だがオークランドの狙いは違った。タッチラインから最も離れて列の端に立っていたナンバーエイトのハミッシュ・マクラーセンが、投入に合わせてくるりとフッカーに背を向け、コートの中央に向かってだっと走り出していたのだ。


「いや、ローレンスは囮だよ!」


 和久田君が驚いて声に出す。教科書通り長身のローレンスにボールを渡すと見せかけて、ひとり遠く離れたハミッシュに向けて投げ込むことで敵の意表を突き、先制トライを狙ったのだろう。


 普通こんなプレーを仕掛けられれば、対策を講じない限り防ぎようがない。我が校の学校代表チームは選手持ち前のフィジカルと技術に加え、ここぞというところで思いがけないプレーを展開することで勝ちを重ねてきたのだ。


 ボールはローレンスの頭上を越え、弾丸のようにまっすぐ両軍の間をすり抜ける。だがその時、ぐにゃりと身体を捻らせた中尾が手を伸ばして、空中のボールを受け止めてしまったのだ!


「まさか!?」


 大きくのけぞった不安定な体勢にもかかわらず、飛んできた楕円球を楽にキャッチしてしまった相手ロックに会場はどよめいた。コート中央側まで走ってキャッチの準備をしていたハミッシュも驚いて、珍しく目を大きく開く。


 中尾はプロップに持ち上げられた上に背中を大きくのけぞらせながら、ライン後方のスクラムハーフにぽいっとボールを投げ渡す。人間とは思えない、まるで軟体動物のような動きだった。


 ボールを受け取った相手スクラムハーフは素早く横にパスを送り、人の少なくなった逆サイドでバックスを走らせる。


 慌ててハミッシュたちが相手選手にタックルを仕掛ける。だがここまで奥に攻め込まれてしまったならボールを奪われた時点で終わりだ、ハミッシュが身体をぶつけるも相手選手はゴールラインを越えて倒れ込み、トライを決めてしまったのだった。


 試合開始3分も経たず、オークランドは失点を喫してしまった。


「まずいなー」


 取り乱した姿を見たことのないクリストファーの頬を、たらりと汗が伝う。この試合、想像以上に荒れそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ある意味今までが順調すぎでしたしたまには苦戦も必要というところでしょうか。
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