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第二章その5 デブの星

「よくやったな太一!」


 朝、教室に入るなり駆け寄ってきたハルキが俺の肩をバシバシと叩く。俺はぐっと親指を立てて「ああ、やったよ」と返した。


 俺が通り魔を撃退したという話は、翌朝には学校中に知れ渡っていた。たぶん目の前のこいつが広めたんだろうな。


「よっ太一、学校のヒーロー!」


「かっこいいぞ小森!」


「ただのデブじゃなかったんだな、お前はデブの星、デブスターだ!」


 集まってきたクラスメイト達に囲まれ称賛される。こんな経験今まで無かったので、俺は照れくさくてむしろ居心地が悪いほどだった。


 まあ最後の奴は茶化してるようにしか思えんが、大目に見てやろう。きっと最近スター〇ォーズでも見たんだろうな。


「ところでひとつ疑問があるんだがよ」


 ハルキの質問に他の面々も口を閉ざす。おそらくは彼らも同じことを思っているようだ。


「な・ん・で・お前、南の家の近くにいたんだ?」


 ぐいっと顔を近づける男子たちは、全員の目がぎらぎらと輝いていた。やっぱそこ、気になりますよね。


「さあ、なんでだろうねえ」


 俺はそうとぼけるも全員が「なんでだよー」と食い下がる。


「おい、南が来たぞ!」


 ちょうどその時、件の南さんも登校してきた。昨日、通報を受けた警察からその際の状況を細かく訊かれて、とても気が休まらなかっただろうに。


 そんな南さんが教室に入ると、一斉に全員の視線が注がれる。そんな注目にもかかわらず、彼女は俺を一瞥すると、「小森君、ちょっとこっち」と手招きした。


「う、うん」


 俺は男子たちを押しのけ、教室を出る南さんの後に続く。


 それからすぐ、背後から「ひゅーひゅー」と変な声が聞こえ始めたのは言うまでもない。とりあえず後でハルキに蹴りのひとつでも入れておくか。


 連れていかれたのは屋上に通じる階段の踊り場だった。屋上への扉は鍵がかかっているので外に出ることはできないが、行き止まりになっているために人が来ることは滅多に無い。


「あのさ、小森君」


 廊下から見えない位置で、南さんはランドセルを下ろす。そして俺と向き合うものの、すぐに目を逸らしたのだった。


「その、ありがとう。警察に色々聞かれて、ろくにお礼言えなかったから」


 そしてランドセルを開け、中から可愛らしくラッピングされた小さなビニール袋を取り出した。


 チョコレートだった。コンビニでも買えそうなよくあるものだが、手頃な板チョコではなく小学生にはちょっと手の届かないちょっと高そうなお菓子だ。


「時間なかったからこんなものしか用意できなかったけど……その、本当にありがとね」


 もじもじと身体を揺らしながら、南さんはそっと頭を下げた。


 ようやく俺は安心した。彼女を通り魔から守れたことを、ようやく実感できた気がする。


 そして照れくささを必死で我慢してお礼をしてくれた南さんの健気さに、俺は「ありがとう、南さんが無事で俺も安心したよ」と答えた。


 南さんは「うん……」と呟いてそっと目を逸らしたものの、その顔はわずかに紅潮していた。




 その日の体育の時間は、体育館での跳び箱の授業だった。


 昨日は必死で気付かなかったが、通り魔相手に無茶な姿勢でタックルをしてしまった俺は肩を痛め、手もアスファルトですりむけていた。


 おかげで今日は見学だ。壁際にどしんと腰を下ろしながら、試技をする同級生をぼうっと眺める。


 最近本格的な跳び箱の授業が始まったものの、皆跳び方はまだまだぎこちなく、挑戦する高さも4段か5段がほとんどだった。


 そんな中、ただ一人他とは桁違いの高さに手をついて軽々と跳び越える男子がいた。


「お、やっぱ西川すげえなあ」


 すぐ傍まで来ていちいち冗談を言っていたハルキが感嘆の声を漏らす。3年生で唯一8段をこなす西川君の姿勢は美しく、本物の体操選手のようだった。


 さすがは学年イチの運動神経の持ち主、自分の肩と同じくらいの高さなのに本当よくやるよ。ラグビーで鍛えてきた俺でも、ああいう身軽さは持ち合わせていない。


 西川君がマットの上に着地すると同時に、女子たちから黄色い歓声が上がる。この年代で一番モテるのは頭が良い子や性格の優しい子よりも、スポーツの出来る子だ。テストで100点取るよりも、クラスで1番足速いことの方が自慢になるのが小学校という環境なのだ。


 加えて西川君は誰もが認めるフィジカルエリート、運動に関して天賦の才を持っている。


 実際に彼は4年生になってから地元の少年野球クラブに所属するのだが、そこでたちまち才能を発揮し、横浜市内の強豪高校に進学、強打者として夏の甲子園大会にも出場し、そのまま地元プロ野球チームにドラフト1位で指名された。プロ入り後は「ハマの点取り屋」と呼ばれ、球界きってのホームラン打者になったほどの逸材だ。


 しかし試技を終えた西川君は俺の視線に気付くと、むっと口をへの字に曲げる。そしてずんずんと、こちらに近付いてきたのだった。


「おい、そこのラグビー馬鹿」


「え、俺?」


 お前以外に誰がいるんだよ。西川君は目で答えた。


 さすがにちょっとカチンときたが、小学生相手にムキになるのも大人げない……あ、俺今は小学生だったか。


 だがさすがは親友、代わりにハルキが反論してくれた。


「西川、そんな風に言ってやるなよ。太一からラグビー抜いたらただの馬鹿しか残らねえだろ」


「ハルキ、後で体育館裏来い」


 少なくともお前にだけは言われたくねえわ!


 そんなハルキの反論などまるで耳に入っていないように、西川君は座り込んだ俺の前に立つ。


「少し体がでかくてラグビーができるからってイイ気になってんじゃねえぞ。足は俺の方が速いし、その図体じゃ跳び箱8段なんて無理だろ」


 あまりにも理不尽な言いがかり。だが彼がこんなことをする原因について、心当たりのあった俺は何も言い返さなかった。


 この子には学年で一番運動ができるというプライドがある。どの種目でも1番になれる自信があるし、実際に実現してきた。


 しかし腕力に関しては俺の方が上だ。身体の大きさと直結する腕力については、大柄な子の方が強い。


 西川君の身長は140cm。小学3年生の中ではかなり高い方だが、背丈も横幅も勝る俺には力比べではまず敵わないのだ。


 総合力では自分が一番でも、俺には絶対に及ばない点がある。そのことが彼を苛立たせているのは、以前から薄々勘付いていた。


「うん、そうだね。西川君みたいに何でもできる人が羨ましいよ」


 こういう時は下手に波風立てず、おだてて気を鎮めさせるのが一番だ。


「ふん、いい気になんなよ」


 西川君はそう吐き捨てるとくるりと振り返り、跳び箱に戻る。これじゃ俺、ただのサンドバッグ代わりになっただけだな。


 だが傍らのハルキは西川君の背中を見送りながら、気味悪いくらいににやけていた。


 そしてハルキは俺の耳に顔を近づけ、小声で伝えたのだった。


「なあ知ってるか? あいつ、実は南のこと好きなんだぜ」


「そうなの?」


 俺は眼を丸めて驚き、つい声に出してしまったので慌てて口を押さえた。


「ああ。だから妬いてんだよ、お前に」


 あーなるほどね。そう考えるとなんだか憎らしい西川君もいきなり可愛らしく見えてくるなあ。


 だがそれ以上に、一方的とはいえ西川君にライバルのように思われていることの方が嬉しかった。


 嫉妬は羨望の裏返しでもある。前の人生では足元にも及ばないと感じていたあの西川君に認めてもらえるなんて、考えたことも無かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小学生らしい嫉妬ですね。 でも、西川くんから歴史変えて寝取る訳じゃないので、小学生らしい恋愛を楽しんでもらいたいもんです(笑) ま、南ちゃんが可愛くなっていずれは、ってなったらいいのに。それ…
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