第十九章その5 寝耳に水
「ワールドツアーって、随分と思い切ったことするね」
U-15選抜メンバーによるランパス練習の最中、俺は和久田君とぼそぼそと声を交わしていた。
予定ではまず国内にオーストラリアのチームを招いて親善試合を終えた後、香港に渡って香港と韓国のチームと、そしてフランスに渡ってジョージアとフランスのチームと戦うことになるらしい。
これまでも地区代表チームが他国のチームと交流試合を行うことはあったが、それは多くがフィジーやオーストラリアなど近隣国との試合で、試合数自体もそう多くはなかった。ここまで大規模なツアーは滅多にない。
本当、寝耳に水だよ。
「他の国が強くなるのは大きなビジネスチャンスなんだろうね。ラグビーってほら、昔からの強豪国の間だけで盛り上がってた閉鎖的なとこがあったから」
和久田君が汗をぬぐいながら答える。
その通りルールが煩雑なラグビーは、サッカーやバスケットボールなど世界的に人気のあるスポーツと比べると、競技人口ははるかに少ない。加えて格下のチームが格上のチームに番狂わせを起こしにくいという競技の性質も、普及の妨げに拍車をかけている。
ゆえに近年、日本やジョージアなどティア2の国々の強化が進み、強豪相手でも互角以上の勝負ができるようになったことで、ラグビー関係者は競技の世界的な普及に本格的に乗り出すようになった。ワールドカップ日本大会が興行面で大成功したことも、彼らの背中を強く押した要因だろう。
今回のワールドツアーも、世界レベルでのジュニア世代での普及と強化を目的としたものだ。これは公式な大会ではないので形式はあくまで親善試合ではある。
だが選手として出場するからには勝ちにいきたい。相手が格下だろうが格上だろうが、本気で挑むのがラグビー選手としてのプライドだ。
「それにしても、日本は入ってないんだね」
「まあ中学世代は12人制だからね」
俺と和久田君は苦笑いを浮かべて視線を交わす。また西川君たちと戦えるかもと期待したのに、惜しいなぁ。
「ほらよ、パス!」
そんな俺たちを引き戻したのは、力強いキムの声だった。
今日の彼は少し様子が違う。パス練習ひとつに対してもめらめらと闘志を燃やしており、球威もタックルも試合本番さながらの力の入りようだった。いっしょに練習する他校のメンバーも、なぜそこまで本気なんだとやや引き気味の表情を隠せなかった。
「キム、随分と張り切ってるね」
「昔のチームメイトと戦えるからね。そりゃモチベも上がるよ」
そういえばツアーの行程には香港での韓国戦も含まれていたな。
韓国では今ひとつ、ラグビーはメジャーなスポーツになり切れていない。その競技を母国でも広めたいという想いが、彼を突き動かしているのだろう。
「こりゃ全国大会はのんびり見れると思ったけど、そうはいかないね」
そう言って和久田君はハハッと小さく笑う。来月は学校代表であるハミッシュたちのプレーをお客さんとして楽しめると思ったのに、とんだ誤算だ。
全国大会はニュージーランド最強の学校を決める大会だ。U-15年代では開催はされないものの、ラグビー王国ニュージーランドでは国民的行事と呼べるほどの注目が集まる。
ニュージーランド全土をまず俺たちの所属する北端のオークランド地区、北島中部のワイカト地区、首都にして北島南部のウェリントン地区、そしてクライストチャーチを含む南島地区の4地区に分け、それぞれの代表校が9月の長期休暇の最中、トーナメントで全国の頂点を争う形式だ。
今年の舞台は首都ウェリントン。北島の南端部に位置する港湾都市で、ニュージーランド全土へのアクセスが便利という理由から首都に選ばれたという歴史がある。
だが大会が終わってすっかりだらけてしまう選手も多い中、出られる試合のある俺たちは恵まれているとも言える。張り合いがあった方がやる気も出るし、明確な目標を掲げればそれに向かって突き進むだけだ。
この海外遠征の対戦国は国内戦も含めると、オーストラリア、香港、韓国、ジョージア、フランスの5か国だ。正直なところ互角の勝負を期待できるのはオーストラリアとフランスだけで、他はどうしても実力的に見劣りしてしまう。
だがこのツアーの目的のひとつがティア2以下の国々の強化であり、俺たちにとっても世界のプレースタイルを知るという意味で大きな意義がある。相手も本気の本気で挑んでくるはずなので、手を抜いてよい戦いなわけがない。
「負けてられないな、俺たちも頑張ろう!」
「うん!」
「え、ワールドツアー!? すごいじゃない、どこに行くの?」
帰宅した俺は、ベッドに寝転がりながらスマートフォンで南さんと通話していた。彼女は数日前、無事に日本に帰国しており、到着したその日の内に電話で連絡を入れてくれていた。
「香港とフランスだよ」
「うわあ、羨ましいなぁ」
南さんのため息がスピーカーを通じて聞こえてくる。どちらも人気の観光地だ、羨ましがられて当然と言えるが、正直観光地をゆっくりと見て回る時間は無いと思われるのが悲しい。
南さんは電話の向こうから「モン・サン=ミシェル行きたーい」と漏らす。そんな彼女に俺は「で、あのさ」と言葉を濁した。
「だからごめん、日本にはクリスマス前には帰る予定だったんだけど……」
ワールドツアーで12月いっぱいは帰国できない。そう口にすることが、どうしてもできなかった。
ついこの前、冬には日本に戻ると約束したばかりなのに。遠征が終わってからとなれば、日本に帰れるのは年末ギリギリになりそうだ。
だが南さんは強かった。
「いいよそんなの、ドンと世界と戦ってきなさい! 私は太一が強くなってくれることが一番嬉しいんだから」
そしてアハハと笑い飛ばすのだ。
「ありがとう……」
彼女の屈託ない笑い声を聞いて、俺はほっと安心する。と同時に目の奥からじわっと熱いものがこみ上げてくるのを感じ、片手で目頭を押さえた。
「それに待たされるのは慣れてるから。今さら何って感じだよ」
「うっ、厳しいなぁ」
俺の胸にグサッと彼女の言葉が突き刺さる。やっぱり俺、どうあがいても南さんには敵わないような気がする。




