第十九章その3 アフターマッチファンクション
その後、試合は両チームともに攻めては守ってのシーソーゲームとなったものの追加点は決められず、結局7-7の同点で終了してしまった。
日本中学選抜チームとの試合後、学校近くのレストランを貸し切っての立食パーティーが開かれる。
オークランドゼネラルハイスクールのラグビー部員と日本中学選抜メンバーがビュッフェ形式で飲食を交わしながら、わいわいと交流を楽しんでいた。主催者にとっては試合よりも、むしろこちらの方を楽しんでもらいたいという思惑もあるのだろう。
「小森君、えらいキック上手うなってんねんなぁ」
片手の皿に何枚ものローストビーフを重ねた石井君が懐かしの関西弁で話しかけてきたので、俺は「うん、特訓したんだ」と答える。手にした皿に何度料理を盛ったのか、すでに数えることすら諦めていた。
「キックのできるプロップって、すごい嫌な相手だな。突っ込んでくると見せかけといて、キックパスにつなげられるとか守る側はどうしろってんだよ」
ドレッシングをかけたサラダを頬張っていた秦君も、悪態混じりに会話に加わる。
ラグビーでは試合後、アフターマッチファンクションという飲食会が開かれるのが定番となっている。これは敵味方選手だけでなく、審判や試合の関係者も招いた全員が参加する大規模なもので、試合を開いたホストチームが負担するのが一般的だ。
日本ではラグビー界においてノーサイドの精神という言葉が浸透しているが、その大元はこの試合後の飲食会にあると言われている。試合が終われば敵味方関係ないという考え方が、相手への敬意を重んじる日本古来の武士道と通ずるものがあったために広く受け入れられたのだろう。
日本の中学生とオークランドの選手たちは互いに声をかけ合い、時にはふざけ合うことで会場はなごやかな空気に包まれる。
とはいえほとんどの日本人選手は英語がわからないので、俺と和久田君は通訳のためあちこちから呼ばれて大忙しだった。
そんな中でも数少ない流暢な英語を話せる日本人選手が、西川君だった。
「ジェイソンのキックコントロールには驚いたよ、あんな狙った通りの位置に落とせるなんてすごいな」
「いや俊介、お前のタックルめちゃ痛かったぞ。見た目に似合わずえげつねぇパワー持ってんだな」
フルバック同士すっかり意気投合した西川君とジェイソン・リーが、強く握手を交わしている。そして二人が会話を終えたところで、俺はそっと西川君に近付いた。
「西川君、英語ペラペラだね」
「ああ、うちの中学英語に力入れてるからよ。それに親父に言われているんだ、お前が将来世界を舞台にスポーツで生きていきたいなら、外国語も身に着けておきなさいって」
私立中学を受験したことからもわかるように、西川君の両親は教育熱心だ。前の人生では西川君は高校を卒業してすぐにプロ野球選手になったが、両親からは最後まで大学に通うことを勧められていたと噂で聞いたことがある。
「そういや聞いたぜ、お前U-15の地区代表に選ばれたんだってな。おめでとう!」
「うん、ありがと……でも西川君の口から素直にそんな言葉が出てくるって、なんか怖いな」
「お前、俺をへそ曲がりか何かと勘違いすんなよ。ところで太一、お前は学校卒業したらどうするんだ?」
西川君はオレンジジュースの注がれたコップをぐいっと傾けた。脇のテーブルに置かれた彼の皿には、甘いケーキや果物がこれでもかと乗っかっていた。
「まだ決めていないけど、やっぱりプロ目指すよ。そのためにニュージーランドまで来たんだから」
「日本でか?」
「それはまだ決めてない。早くても4年先のことだからね」
俺は首を横に振った。
日本では長い間、ラグビーと言えば企業のラグビー部である社会人リーグがトップに君臨していた。またそれ以上に大学レベルでのラグビーが盛り上がっていた背景から、2024年現在でも日本のラグビー選手はほとんどが大卒だ。
プロリーグがしっかりと整っている国ならば高校を卒業してすぐにプロ選手になることも当たり前だ。ゆえに入団してからプロの戦術を身に着け、20歳前後で世界の第一線で活躍する選手も海外では珍しくないが、大学という期間をはさむ日本ではこのスタートが数年間遅れてしまうのだ。
とはいえ以前から日本人でも高校卒業後、海外プロチームに入団する選手は少なくなかった。また日本国内でもRリーグの発足以降、高卒でプロになるラグビー選手もちらほらと現れ始めている。
「西川君はどうするの?」
「俺は高校はエスカレーターで進学して、花園目指すよ」
西川君はクリームのたっぷり塗られたケーキをゆっくりと噛みしめながら答えた。
花園とは東大阪市花園ラグビー場のことで、毎年冬に全国高等学校ラグビーフットボール大会が開催される場所のことである。高校野球なら甲子園球場、吹奏楽なら名古屋国際会議場と同じように、全国大会の開催場所が毎年決まっているのだ。
彼の通っている中高一貫私立校は関東では有名なラグビー強豪校だ。全国制覇は未経験だが、今年こそは成し遂げられるだろうと選手たちは日々汗を流している。
「でもうち、親が大学は行ってくれってうるさくてよ。高校卒業してプロになるか、大学でラグビーしてからプロリーグに入るかはまだ決めてねえ」
クリームの甘さを味わった彼は、呑み込んだ後に小さくため息を吐いた。
まだ決めていないとは言うものの、最終的にプロを目指すのは確からしい。
「第一回ヌードル早食い選手権、開幕!」
突如沸き起こる拍手と歓声に、静かに話していた俺と西川君はばっと視線を奪われる。
見るとたくさんのギャラリーに囲まれた石井君とニカウの巨漢ふたりが、互いにバチバチと火花を散らしながら視線を交わしていた。その手には山盛りにされたパスタの大皿を抱えている。
「赤コーナー、ニュージーランド代表ニカウ。青コーナー、日本代表石井秀則。さあ両者激しいにらみ合い、世界一の早食い王の座を勝ち取るのはどちらのデブか……」
実況を務めるオークランドチームの少年が大きく手を上げた、まさにその時だった。
「こら、食べ物で遊ぶな!」
落雷のような怒号に、その場の全員が震えあがる。こうして第一回ヌードル早食い選手権は、監督のお叱りによって急遽取りやめになってしまったのだった。




