第十八章その4 3点の重み
後半も残り時間わずか、セントラルチャーチ校との試合は3-5のスコアのまま膠着状態に陥っていた。
そんな苦しい試合の中で、ようやく俺たちのボールが前へと運ばれる。
再び巡ってきた千載一遇の大チャンス、自陣ゴール前で万一に備えていたジェイソンはだっと駆け上がる。それと同時にクリストファーが下がり、ふたりは素早くポジションを入れ替えたのだった。
ボールを持って中央突破を図るのはニカウだ。後方から上がってきたジェイソンは中央付近からかくんと右に向きを変えて、だっとコートを横切る。
そのジェイソンの動きを、守備ラインを形成する敵選手はじっと目で追っていた。やはり伝家の宝刀ドロップゴールを警戒しているようだ。
そしてまっすぐ突っ込んでいったニカウが右方向の選手へとパスを送り、ボールはやがてタッチライン近くまで移動したジェイソンまで渡されていった。
走っていたジェイソンの足が緩み、高く天を突くゴールポストに狙いを定める。角度も距離も難しい位置だが、彼の技術ならドロップゴールを決めることも不可能ではない。
だがそこに真っ先に突っ込んでいったのは、敵ウイングのエリオット・パルマーだった。
俺たちのような巨体のフォワードなら彼くらいのタックルなら耐えることもできるが、身長の割りに体重の軽いジェイソンにとっては小柄なバックスであってもタックルは命取りだ。
ドロップゴールには集中力を高める時間が必要で、しかもワンバウンドさせてから蹴るのでどうしても隙が生まれる。このレベルの試合になると一瞬の隙でさえもカウンターにつながってしまう。
エリオットはじめ他の選手たちもわっとジェイソンを取り囲む。キックを蹴る前にタックルを入れるか、はたまたチャージでボールを弾き返すか、セントラルチャーチ校の選手はそのどちらかを狙っていた。
だがそんなこと全てお見通しだとでも言いたげに、ジェイソンは相手の意表を突いたのだった。
「あいよ、ゴロパン!」
なんと彼は足元に落としたボールをゴールの方向ではなく、真横左の方向へと蹴り転がしたのだった。
敵選手は誰しもがまさかと言いたげに大口を開ける。芝の上をポンポンとバウンドするボールは相手の足元をするりとくぐり抜け、あっという間にコートの中央へと戻されてしまった。
ジェイソンに惹きつけられていたエリオットら敵チームのメンバーは慌てて一斉に方向転換するが、ボールの速度に人間の足では追いつけないのが球技のセオリーだ。
多くの敵選手を置き去りにして、バウンドする楕円球。それを拾い上げたのこそ、敵陣ゴールライン前ど真ん中まで走り込んでいた俺だった。
「突っ込んでくるぞ、あのプロップを止めろ!」
真正面には薄くなった相手守備ラインがぐっと腰を低くして俺の突進に備える。こういう場面でフォワードがボールを持てば、体格を活かして無理矢理にでもゴールに押し込もうとするのが教科書通りのプレーだろう。
だがそうやって備える相手選手のちょうどその背後には、巨大なH字型のゴールポストがそびえ立っていた。俺からその距離までは、ほんの10メートルとちょっとだ。
本当に、最高の位置でジェイソンはキックパスを回してくれたよ。
俺はダッシュの足を緩め、そのまま真下にボールを落とした。そして地面にワンバウンドさせると、思いきり足を振り抜いたのだった。
空中でギュルギュルと回転する楕円球。ボールの軌道はやや逸れたものの、なんとか2本のポストの間を通り抜けたのだった。
「ドロップゴールだと!? プロップが!?」
会場で起こったのは、歓声よりもどよめきだった。
ドロップゴールが1試合で2本も入るなんて、滅多に起こらない……いや、奇跡と呼ぶにふさわしいレベルの出来事だ。
しかも2本目を決めたのはキックの得意なフルバックでもスタンドオフでもなく、プロップだったという衝撃。目の肥えたニュージーランドのラグビーファンとしても、まずあり得ない出来事に驚きを隠せなかった。
しかし誰が決めようとドロップゴールはドロップゴール。3点の加算がされることに変わりはない。
レフェリーがホイッスルを吹いて得点が認められたことを周囲に知らせるや否や、観客は先ほどの得点を上回る大歓声で俺のゴールを讃えたのだった。まるでスタジアム全体が揺れているようだ。
「よくやったぞ太一!」
「大逆転だぞ大逆転!」
駆け寄る仲間たちに抱きつかれ、俺は「よっしゃああああ!」と感情を爆発させた。そして今さらになってなんて危なっかしいプレーをしてしまったのかと、心臓がバクバクと高鳴り始めたのだった。
「さすが俺の見込んだ男、やる時はやるデブだと思ってたぜ!」
アイデアを提供してくれたジェイソンも俺にとびついてしがみついた。そこで回された腕が首に入ってしまったので、俺は「ギブギブ!」とタップしてチョークを解いてもらう。
「太一ー、カッコイイよー!」
どこからか南さんの声援が聞こえた気がする。しかしここからでは、彼女が今どこから観戦しているのかわからない。
そんな彼女の声に応えるべく、俺は大興奮で跳びはねる観客席に向かって、全方向に大きく手を振って返した。
その後俺たちはこの貴重なリードを守り抜き、6-5のスコアで決勝戦を終えたのだった。




