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武士がいる  作者: 長埜 恵
2.武士がいる
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雨の世界

 雨の日は退屈じゃないか?


 そう尋ねると、「そうでもない」と返ってきた。


 雨の日は、(私の)傘と(私の)長靴で出かけるらしい。あえて水溜りに入ってみたり、誰もいないところで傘をグルグル回して水滴を飛ばしてみたり。


「晴れの日とではな、花の色や街の色が違うのだ。世界が違う。某はそれが好きでな」


 武士にとって不思議なのは、みんなそういったものを見ていないということらしい。傘の下に隠れ、雨から逃げるように早足で歩く。


 雨の中で立ち止まっているのは、武士ぐらいのもんだそうだ。


「皆も立ち止まってみればいいのだ。空から水が降ってくるのだぞ。実に不思議で、なかなか無いことだ」


 お前まさか街中で『ショーシャンクの空に』みたいなことしてねぇだろうな。

 してそうだな。多分してるわ。


 なぁ武士よ。

 みんなね、忙しいんだよ。

 時間通りに着きたい行き先があるんだよ。

 お前みたいに時間の一粒一粒を、空の横顔を楽しめる余裕なんて無いんだわ。


「そうかなぁ」


 そうだよ。


「某はな、思うのだ。ふと寄り道をするそのほんの一時が、世界に色をつけるのではないかと」


 シルバニアファミリーのリスの頭を撫でながら、武士はそんなことを言っていた。


 ……そうか。

 そうかもな。


 でもお前、寄り道ばっかでこの間卵買い忘れたじゃん。世界に色つけるのはいいけど卵焼き食べ損ねたじゃん。


「今日もどんぐり殿はかわいいな!」


 いやごまかすなや!

 どんぐり殿とはリスの名前である。


 そうして雨の中、私はいつも通り寄り道もせず会社へと向かうのである。


 武士の言う雨の楽しみ方だけを、頭の隅っこに置きながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に生きてるだけで楽しそうだよね。武士は。
[良い点] 武士と私の掛け合いが絶妙で、作者さまのセンスがペカーっと光る一品です! 問答無用の★5をポチ。 悶絶爆笑あり、時として、この雨の日の出来事のような、心に沁みる出来事もあり、貪るように読み進…
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