雨の世界
雨の日は退屈じゃないか?
そう尋ねると、「そうでもない」と返ってきた。
雨の日は、(私の)傘と(私の)長靴で出かけるらしい。あえて水溜りに入ってみたり、誰もいないところで傘をグルグル回して水滴を飛ばしてみたり。
「晴れの日とではな、花の色や街の色が違うのだ。世界が違う。某はそれが好きでな」
武士にとって不思議なのは、みんなそういったものを見ていないということらしい。傘の下に隠れ、雨から逃げるように早足で歩く。
雨の中で立ち止まっているのは、武士ぐらいのもんだそうだ。
「皆も立ち止まってみればいいのだ。空から水が降ってくるのだぞ。実に不思議で、なかなか無いことだ」
お前まさか街中で『ショーシャンクの空に』みたいなことしてねぇだろうな。
してそうだな。多分してるわ。
なぁ武士よ。
みんなね、忙しいんだよ。
時間通りに着きたい行き先があるんだよ。
お前みたいに時間の一粒一粒を、空の横顔を楽しめる余裕なんて無いんだわ。
「そうかなぁ」
そうだよ。
「某はな、思うのだ。ふと寄り道をするそのほんの一時が、世界に色をつけるのではないかと」
シルバニアファミリーのリスの頭を撫でながら、武士はそんなことを言っていた。
……そうか。
そうかもな。
でもお前、寄り道ばっかでこの間卵買い忘れたじゃん。世界に色つけるのはいいけど卵焼き食べ損ねたじゃん。
「今日もどんぐり殿はかわいいな!」
いやごまかすなや!
どんぐり殿とはリスの名前である。
そうして雨の中、私はいつも通り寄り道もせず会社へと向かうのである。
武士の言う雨の楽しみ方だけを、頭の隅っこに置きながら。