歯磨き粉の話
武士が初めて歯磨き粉を使った時は面白かったな。
「ナ゛ヴァッ゛!!!!」
歯磨き粉を背後にきゅうりを発見した猫のごとく吹っ飛んだ。無理もない。江戸時代にミントはなかったからな。
「なんぞ、これは……! 某の口の中に爽やかな風が吹いておる!」
武士は口を大きく開けて深呼吸を繰り返している。
よかったな、涼を感じられて。
「怖い」
ミント知らない人ってこんな反応するんだ。まあしばらくは爽快感が続くと思うよ。楽しみな。
「深く呼吸をするたび、口の中にひんやりとした風が送られるのだ……。氷を噛んでいる時すらこれほどではなかった。何が起こっている?」
ええと、それはミントが……。
「そうだ。うだるような暑い日には、この粉を全身に塗り込んで出かければよいのでは?」
それはそれで別の商品があるからちゃんと歯磨き粉として使いな。
「うむぅ」
しばらく口を開けて涼を楽しんでいた武士だったが、やがて微妙な顔でこちらを向いた。
「大家殿、やはり某にこれは合わんと思うのだ」
お、そう? なんで?
「口に雪を詰め込んだかのようだ」
口の中で処理できる情報量じゃなかったか……。そんならこっちの歯磨き粉使ってみる? 前に試供品としてもらったけど、好みじゃなくてまるまる残ってるんだ。
「ほう、愛らしい猫の絵が描かれておるな」
新しい歯磨き粉を手に取ると、早速武士はにゅーんとチューブを絞った。そしてためらいなく歯ブラシを口に突っ込む。瞬間、目を見開いた。
「うまい! 甘い! 菓子か、これは!?」
子供用の歯磨き粉だよ。りんご味。菓子じゃないよ。
「ううむ、ううむ……これはよい! いくらでも食べられるぞ!」
だから食いもんじゃねぇんだって。歯磨き粉なんだよ。
「もう一杯!」
かけそばじゃねぇから! 腹壊すぞ!
以降、武士はずっと子供用の歯磨き粉を使っているのです。




