アマガエル
その日、たまたま営業車で自宅近くを通った。すると買い物帰りだろう武士が、ご機嫌な足取りで歩いているのを見かけたのだ。
しかし今の私は就業中である。よって、声をかけずにスルーすることを決めたのだが……。
突然、ぴたりと武士が足を止めた。そのまま嬉しげな表情で足元を見下ろし、視線を少しずつ横にずらしていく。そして最終的に側溝で目を留め、しゃがんで中を覗き込み始めた。
カエルでもいたのだろうか。だとしたら微笑ましい光景である。そこにいたのがジャージを着た成人男性の武士じゃなければ。
自転車で通りがかったおじさんが、無邪気に側溝を覗き込む武士を見て「うおっ」と言っていた。もう少し様子を見ていたかったがそこまでだった。信号が青に変わったので、私は車を発進させた。
帰宅後。
「今日は実にいい日であったぞ!」
晩ごはん中、えびちりをたらふく食べながら満面の笑みで武士がのたまう。ふふ……そうだろうよ。当ててやろうか、武士。お前は今日、ちょっといいものを見つけたんじゃないか?
「ぬぬっ、お見事! 大家殿、千里眼の持ち主であったか!?」
ま、お前との付き合いも長いからね……これぐらいの推測は朝飯前ってもんよ。
で、何見つけたの?
「アマガエルである」
ああ、かわいいよね。
「青きアマガエル」
?
ああ、緑を青って言う昔ながらの人?
「否、そのカエルは空のように青かったのだ」
マジで? 見間違いとか別の種類のカエルとかじゃなくて?
「某もそう思ったからこそ、後を追ってみたのだ。しかしどこからどう見ても青きカエルであったぞ」
えー? じゃあ別の種類だよ、それ。ちょっと調べてみようか。
……。
え、マジで実在すんの?
え、10万匹に1匹の確率!?
え、幸運を呼び込む!!?
おいおいおい、武士! 今から行ってとっ捕まえてこい!!
「ならぬ。かの者は自然に生まれし者だ。ならば自然で生きるべきである」
そんで宝くじ買って帰るぞ!!
「捕らえる前提で話が進んでおるー。待たれよ、大家殿。かように欲深くては幸も逃げてしまうぞ。それに……」
それに?
「10万匹に1匹など些細なこと。ここにおる某は、数多生まれし人のうちのたった一人であるぞ」
でもお前幸運呼び込まないじゃん。
「某との日々が幸であろう?」
自分で言うんだ……。




